122・愛は大穴の中に
ド……ドドド……
ドドドドドドドドドドッッッ……!!!
ッッバァアアアァァァーー……ッンン!!
「きゃあああぁぁぁぁ〜〜っっ!!」
走る蜘蛛が震源地となって生み出す振動。大地を揺らす張り手。そして、マリリアの絶叫。
まるで、災害に追われているかのようだった。
迫力満点の追いかけっこはモグラ叩きの要素も加わり、まさに命がけのアトラクションになっている。
「う“ウゥ“うあ“アァあ“あァァァ〜〜っ!!」
ドバアアアァァァーー……ッンン!!
「きゃああぁ〜〜っ!! カンベンしてよおおぉぉ〜〜〜っっ!!!」
さっきと同じ、とはいったものの、一つだけ違う事があった。
左二本の足。棘鞭だ。
ビョーウに斬り落とされたんだろうそれは、長さが半分くらいになっている。どうやら、元通りに再生する事はできなかったようだった。
とはいえ。
一撃喰らえば致命傷になるのは変わらない。飛んでくる破片でさえ、大きい物はオレの身体以上もあるのだ。
「もおおぉぉぉ〜〜!! イィヤァだああぁぁぁ〜〜〜っっ!!」
一方で、マリリアが上げる絶叫は一回目と変わらない。セットになっているだろう泣き顔も、労せず想像できた。
「あとちょっとだから、我慢しろよ」
「ちょっとってどのくらいよっ!!?」
「結構走ったし、そろそろ着くだろ」
「そのそろそろがどのくらいかって訊いてんのよっ!!」
「……さぁ」
「お家に帰してええぇぇぇ〜〜〜っっ!!」
ドドオオオォォォーーッンンン……!!!
本気でビビっているマリリアには悪いが、正直、オレには余裕があった。
鞭が短くなった事で、高速の遠距離攻撃がなくなったのが理由の一つ。
そしてもう一つの理由が、かけられた魔法だ。
身体強化の効力は絶大で、速度、体力、力が大幅に上がっている。これだけ走っても息切れすらしない、驚異的な上昇だった。
さらに、五感そのものが敏感になっている。風切り音や空気の流れ、殺気などを感じ取る事で、見なくとも次の攻撃を予測できる。
これなら追いつかれる心配はないし、攻撃を躱すのも容易い。
後はつかず離れず蜘蛛を引っ張って行き、このままの勢いで割れ目に落とす。
一見すると巨大な化け物に追われている危機的状況ーーしかしその実、勝利への一本道を爆走しているのと変わらない。
と、思っていた。
そう。
この時までは。
「ウ“ぅ……うゥ“う“ぅぅ……う“ゥぅ……!!」
「!!? な、なにっ!??」
「どうした?」
「様子が変よ! あいつ、顔が痙攣してる!!」
「走りすぎて気持ち悪くなったんじゃ……」
「ボおォ“ぉえエ“え“ぇぇ“ェぇ〜〜っっ!!」
「っっ!!???」
ビュルルルルルルルルーーッッ!!
「い“い“っっっ!!??」
「うっ……わっ……!!」
べシャシャシャシャァァァーーッッ!!
じゅうううおぉぉぉ〜〜っ……!!
咄嗟に横へ跳び難を逃れた。体勢が崩れそうになる。
「ぐっ……く……!!」
踏ん張り、バランスを取り直した。ここでコケたら、それこそ即、ゲームオーバーだ。
「なな、な……なんなのよ、あれ……??」
「さっき吐いてた体液か!?」
肩越しに確認すると、ちらっと見えたのは白い液体だった。
撒き散らされた地面から、煙が立ち昇っている。
「!!? まさか……」
「えぇ“エエ“ぇ“ェええ“ぇ〜〜っ!!」
ビュルルルルルーー……ッッ!!!
「ひいいいぃぃぃぃ〜〜っ!!」
「う……わっ……っと!!」
ビトビトビトビトトトト……ッッ!!!
じゅじゅじゅうううぅぅぅ〜〜……っっ!!
「糸を吐いてるのかっ!!」
「糸なのあれっ!? 地面が溶けてるわよっ!!?」
「蜘蛛は捕まえた獲物の内臓を溶かして吸うって聞いた事がある。おそらく、溶解液が混ざってるんだ」
「お尻から出すんじゃないの普通!??」
「あれに普通を求める方が間違ってるだろ」
そういえば変態する前にも、口から糸を吐いていた。
それが、ゴライアス・デスマスクの能力なのか、奴のオリジナル能力なのかは分からない。
ただ、わかっている事が一つだけあった。
それはーー
「お“ぉべエェえ“えェぇえ“ぇぇ〜〜ッっ……!!!」
ビチビチビチビチビチッッッ……!!!
じゅおおおおぉぉぉ〜〜……っっ!!!
風切り音がない分、棘鞭や張り手よりも躱すのが厄介だという点だった。
「キモいキモいキモいいぃぃぃ〜〜っっ!!!」
流石にこれは、同意せざるを得なかった。
血だらけの女ゾンビが、口から吐瀉物のように溶解性の糸を吐き散らしているのだ。アリーナ席で見せられているマリリアにしてみれば、トラウマになってもおかしくはない。
「早く着いてええぇぇぇ〜〜っ!!」
ドバアアアァァァーー……ッッン!!!
「きゃああぁぁぁ〜〜っ!!!」
「マリリア! 後ろは追って来てるかっ!?」
「そ、そんなの土煙で分からないわよっ!!」
「よく見ろっ! グラスがいなきゃ奴にとどめが刺せないっ!!」
「んん〜〜っ……! あ! 来てるみたい!! 薄っすら影が見えるわっ!!」
「よぉしっ!!」
狙いを定められないよう、ジグザクに走った。図体のわりに動きが早いとはいえ、スピードならこちらが上だ。
不慮の事故さえ起きなければ、このまま逃げ切れるだろう。
とはいえ、長引けば長引けくほど、危険が高まるのも事実だった。
「クソっ! 想定してたより距離があるな……」
「ねぇ……思ったんだけどさ……」
「ん? なにを?」
「これ、わたしがいる意味なくない? ルキトが水晶を持って走れば釣れたよね?」
「あぁ……いわれてみればそうだな。なんでいるの? お前」
「あんた分かっててやってるでしょっ!!!??」
「エ“エ“えぇア“ァあ“あ“あァァァ〜〜っっ……!!」
ドドオオォォォーー……ッッン!!
「きゃああぁぁっ!! ふざけないでよもおぉ〜〜っ!! 人でなしいいぃぃぃ〜〜っっ!!!」
「そういうなって。旅は道連れっていうだろ?」
「死出の旅になんか付き合いたくないわよっっ!!!」
「ボおおぉォエ“えぇ“ェ“ェぇぇぇ〜〜……っっ!!」
ビトビトビトビテビト……ッッ!!!
ぶじゅじゅじゅじゅううぅぅぅ〜〜……っっ!!
「びいいぃぃぃ〜〜っ!! 助けてえぇっ!! 神様ああぁぁぁ〜〜っっ!!!」
「それ……ゼウスがオーマイガッ! っていってるのと同じなんだけど……」
「ゼウスでもマウスでもサタンでもいいから!! 助けてよおおぉぉぉ〜〜っっ!!!」
「まぁ……お前的にいいなら……うん……」
自分の素性を忘れたマリリアが叫びまくる中、尚も走った。
鞭、張り手、そして、糸。
バリエーション豊かな攻撃が次々と繰り出される。砕かれた地面から、濃灰色の破片が散弾のように飛び散る。
草木がほとんど生えていないこの一帯は、黒っぽい灰色の岩で覆われていた。おそらく、流れ出した溶岩が冷えて固まったものだ。
硬度が高い火山岩を苦もなく粉々にするパワーは、さながら生ける掘削機だった。こんな生物を生み出した教団の技術と、何より思想は危険極まりない。
今後、国を上げての対処がリーベロイズにとって最優先事項になるだろう。
「……ん?」
下り坂は走りにくい反面、先が分かりやすい利点がある。
見下ろした視界の先、ようやく目的のものがあった。
「見えてきたぞ! あれだっ!!」
「!!? 着いたの!?」
「あぁ! 到着だ!」
近づくにつれ、その巨大さが分かった。縦横の幅は共に三十メートルといった所か。亀裂というより、穴に近い形状をしている。
「よしっ! 飛ぶぞっ!!」
「えぇっ!? と、飛ぶっ!!??」
「つかまってろよぉっ!!」
ボッッ……!!
「きゃあああぁぁぁ〜〜っ!!」
走ってきた勢いのまま、飛翔を発動した。そのままの高さで亀裂の向こうに向かう。
眼下には、ぽっかりと開いた巨大な穴が見えた。深さも相当あるんだろう。底までは陽の光が届いておらず、真っ黒い空間が広がっていた。
「あれなら確かに、登ってこれなそうだな……」
「っていうか……」
「ん?」
「ホントに、飛んでる……」
「このくらいで驚くなよ。神様なんだろ?」
「人間にホイホイ飛ばれたんじゃ神達だってたまったもんじゃないわよ。それをこのくらいって……あんたやっぱり、普通じゃないわ……」
「お前にだけはいわれたくないけどな。それより、蜘蛛は落ちたか?」
「!!? そうだった!」
下ばかり見ていたんだろう。
話を向けると、マリリアからはっとしたような反応が返ってきた。
「えっと……うわ、凄い土煙……ん〜〜……よく見えな……えっ!!??」
「どうした?」
「落ちてないわっ!!」
「へっ!?」
「穴の手前で止まっちゃってる!」
「マジか……」
見晴らしのいい地形が裏目に出た。蜘蛛が、大地の裂け目を早くから察知してしまったのだ。
また、通常種より知能が高いという点も要因になったんだろう。
「ど、どうすんの、あれ!?」
「仕方ない。戻ってなんとか落とそう」
ひとまず対岸に着地し、マリリアを降ろした。
飛び越えてきた穴の向こうでは土煙がもうもうと上がっている。その中に、巨大な影が確かにあった。
「お前はここにいてくれ。行ってくるから」
「何いってんの! わたしも行くわ!」
「どうした急に。さっきまでピーピー泣いてたくせに」
「泣いてないわよっ! ここでリタイアしたら今までの苦労が無駄じゃない!」
「気持ちは分かるけど駄目だ。待ってろ。いいな?」
「ち、ちょっと……!」
ボッ……!!
食い下がるマリリアを残し、再び飛んだ。
穴の半ばほどまで戻った所で、馬群が見えた。追って来たヴェルベッタ達だ。蜘蛛を飛び越えて合流し、なんとか穴に突き落とすーー高度を上げ、見下ろせる位置に来たその時だった。
ドドドドドオオオォォーーッッ……ンンン!!!
「!!??」
蜘蛛の背面が爆ぜた。
攻撃の正体はすぐに分かった。魔法部隊だ。
「ぅう“ぅあ“アァああ“ぁぁぁ〜〜っ……!!」
異変を察知した巨体が反転する。途端に、次の攻撃が顔に直撃した。
振り向きざまに食らった魔法で身体がよろめく。踏ん張ろうとした所に火矢が降り注ぐ。払おうと振る手の動きでさらにバランスが崩れる。
気づけば、蜘蛛が穴の縁まで追いつめられていた。
「バぁばばァアあぁう“ウ“ぅあア“ぁ“ぁぁ〜〜っっ!!」
「よし! あと一押しでいける!!」
最後の一撃に協力すべく、皆の所に向かった。
しかしその途中、よく通る声に静止された。
「ストップよ! ルキトっ!!」
「!!?」
「蜘蛛から離れて!!」
馬を降り、限界まで身体を捻って構えるヴェルベッタだった。
遠目にも、膨大な量の剣気が飛黄星に集中しているのが分かった。
大技が来る!!
咄嗟に上空へ逃れた。
直後、極限まで高めた剣気が轟音と共に放たれた。
「ラヴッッ……!!」
ブオォッッ……!!
「デラーーックスウウゥゥゥーーッッッ!!!」
ズウウゥゥオオオォォォォォーーーッッ……!!!
横一文字に振った飛黄星から、巨大な斬撃が飛んだ。
サイズ、スピード、そして質量。その全てが、個人で放てるレベルを遥かに超えている。
城門ですら城壁もろとも吹き飛ばしそうな、三日月型の殺傷兵器ーー
「うぉっ……あっ……!!」
ズドオオオオォォォォォーーーッッ……ンンン!!!
「エ“え“ぇえ“アアぁ“あアあ“ぁァ“ァァ〜〜〜っっ!!!」
直撃したなら、無事ですむはずがない。
ンンン……ンン……!!
正面からモロに受けた蜘蛛の巨体が、成す術なく後ろに押しやられた。半ば宙にせり出した身体がバランスを失い、そのまま穴にずり落ちていく。
ズズ……ズズズ……
ガラガラガラッ……!!
「い“イ“ぃッ……ア“アぁぁァ〜〜っ!!」
ガンッ!! ガズンッ!
ズズズズズ……ズズ……!!
「ァぅあ“あぁう“うぅ“アァッ……!!」
ガガンッ!
ガガッ……!
ガラガラガラガラガラッッ……!!
「アバァう“あァあ“あ“ァぁァ〜〜っっ!!」
ガガガジャジャジャアアアァァァァァーー……ッッ!!!
「あ“ギィアァァ“ぁ……あぁ“……ぁァ〜〜……!!」
ガラガラガラガラガラッッ……!!
「……ァァ……ぁ……ァ………」
ドドドドドドドドドッッ……!!!
岩肌に爪を立てる必死の抵抗も虚しく、落石もろとも巨体が穴に消えた。
叫ぶ声は徐々に小さくなっていき、すぐに聞こえなくなった。
「やっ……た……」
獲物を飲みこんだ大口が、変わらずぽっかりと開いている。
それはまるで、自然の摂理を冒涜した不死を消し去ろうとする、大地の意思ででもあるかのようだった。
ウォオオオオォォォォォーーッッ……!!!
歓声が聞こえてきた。
見ると、冒険者達の中央でヴェルベッタがガックリと膝をついている。
しかし、こちらに向けた顔は笑顔を浮かべていた。
「とんでもなく、重い愛だったな……」
あの巨体ですら大穴に叩き落とした愛情ーー巨人族並の体格と器量がなければ、受け止められそうになかった。




