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119・ゴールドフィンガー

 言葉以上に説得力のある、いい表情だった。

 顔を見て決断した。


「よし乗った。それでいこう」


 自信の根拠は分からない。ただ、自惚れやハッタリじゃない事だけは分かった。

 ならば任せてみる価値はある。

 オレの答えに、マリリアが眉をしかめた。


「いやいや、だから危ないんじゃないのって話を……」


「平気だよ。男が一度口にした事にできませんでしたは通らないからな。だろ?」


「もちろんだ。分かってるじゃねぇか」


 白い歯をむき出しながらロメウが笑う。

 会話の意味が分からなかったんだろう。マリリアが不思議そうに首をかしげた。それを見たヴェルベッタが、小さく笑いながらいった。


「じゃ、始めましょうか」


「結界を解いたらすぐに光弾が飛んでくる。迎撃は頼んだぞ、ルキト」


「了解だ。逆にいいのをぶち込んでやるよ」


 軽口をいいながら結界を解除する。

 攻め手を欠いたザロメはまた独り言をいっていたようだったが、すぐにこちらの動きに反応した。

 ゆっくりと、長剣(ロングソード)が青く染まっていく。

 意識を集中し、オレも魔力を昂めていった。


「ザー・アーキロン・インロウ・ヴァルト・モウ……」


 突き出した両手の先、古代語(エンシェント・ルーン)が魔法陣を描き出した。


「煌々(こうこう)たる()(びと)の手、光を生み、集め、束ね、(かた)め、穿ちしは輝きの軌跡なり……」


 詠唱を続けながら両腕を広げた。魔法陣が分裂し、上下左右にも現れる。

 共鳴した魔力の紋章が五つ、黄金の輝きを放ち始めた。


「汝、至高なる者の貫けぬはなし!!」


「ぁああぁぁぁっ……!!」


 ブオォッッ……!!

 ボボボボボヒュウウゥッッ……!!!


 詠唱の終わりと同時だった。

 振り下ろしたザロメの刃が複数の光弾を生み出した。

 迎撃すべく、完成した光の矢をオレは解き放った。


光金輝流乱弓(アヴィーチャー)!!」


 ズアアアアァァァーー……ッッ!!!


 カッッッ……!!!


 ドゴゴゴゴゴオオォォーー……ッッ!!


 空中で衝突した双方の魔力が爆ぜ、光と熱が渦を巻く。震える大気が見る間に黒煙で覆われていく。


 ゴゴゴゴゴ……


 破壊の余韻が地鳴りのように響く中、次の攻撃に備えた。

 光金輝流乱弓(こうごんきりゅうらんきゅう)を撃てる回数は、全部で五回。一度に複数の魔法矢(マジックアロー)を射る事ができる反面、使用回数に制限がある。それまでにアタックが成功すればオレ達の勝ちだ。

 背後を確認すると、ロメウはまだ動いていなかった。


「ならば……」


 ここは一気に畳みかけて、ザロメの意識をオレに向けた方がいい。

 今度は、こちらから撃って出る番だ。


「派手に行くぞっ!!」


 二つ目の魔法陣が輝きを増す。霞のように視界を遮る煙の向こう、青い光が微かに見えた。

 再び、魔力の衝突で空が揺れた。


 ドドドォオオオォォーー……ッンン……!!


 ゴゴ……ゴゴゴゴゴ……


「もう一発だ! 行けるか、ルキト!!」


 頃合いと判断したんだろう。背後からロメウが声をかけてきた。


「もちろんだっ!!」


「よしっ! 頼んだぜヴェルベッタ!!」


「いつでもいいわよっ!!」


 二人のやり取りを背に、第三射を放った。

 三度(みたび)、目も眩むような光と肌を炙る高熱が、黒煙と共に青い空にぶちまけられた。

 連射速度はこちらの方が勝っているんだろう。今度の衝突はザロメの方に近かった。

 好都合だった。


 ゴオォ……ゴゴゴゴゴ……


 見上げる先、ヴェルベッタの力を借りて跳んだロメウの背中が、視界を掠めてすぐ煙の中へ消えた。

 魔法を解除し、煙る上空を凝視する。

 お膳立ては完璧だった。

 しかしーー


 ギイイィ……ッッン!!


「ぐっ……おぉっ……!!」


「!!?」


 聞こえてきたのは、刃を合わせる音。

 そして、苦痛に発したのであろうロメウの声だった。


 しくじった!?


 咄嗟に浮かんだ言葉が口をついて出るより前だった。黒煙が割れ、そこから何かが弾かれたように飛び出してきた。


「ロメウっ!!」


 落ちてきた身体が空中で態勢を立て直す。かろうじて足から着地したものの、がっくりと膝が折れた。


「くっ……!!」


「大丈夫かっ!?」


 剣を持ったままの右手が左の上腕部に当てられている。血が、指の隙間から流れていた。


「心配いらねぇ。ちっとミスっちまっただけだ」


 背中越しに応える声からダメージの深さは伺えない。当人も、怪我よりザロメの動向を気にしているんだろう。動かず、じっと空を注視している。

 果たして、相打ちだったのか返り討ちにあったのか。徐々に煙が晴れると、おのずと答えが分かった。


「うぅふふっ……ふ……ふふぅうふふふふふ……」


 笑うザロメの身体に、新しい傷は見当たらない。

 魔法で押しこみ、目を眩ませての奇襲をすら無傷でしのいだ勘の良さーーまるで、野生の獣を見ているようだった。


「くっそ……ダメだったか……」


「油断したつもりはなかったんだがな。思った以上に身持ちの固いお嬢さんだ」


「それ、冗談になってないぞ……」


 いかにもらしい軽口だった。そしてそれが悲壮感を感じさせない所もまた、ロメウらしい。

 一方、ザロメはしゃべり続けていた。勝利を確信したかのように、陰気な歓喜を振り撒きながら。


「綺麗……綺麗……あぁあぁぁ……宝石箱がおしゃべりを……いいました……あんなにたくさんあったのに……綺麗よって……うふふ……失くしちゃ駄目……可愛い寝顔だから……あぁぁ……もおぉう……そっとシなきゃ……駄目でしょう?」


 言葉の端々から伝わってくるのは、妄想と現実がごちゃ混ぜになっているかのような混沌ーーあるいは、彼女の精神はもはや、この世界にいないのかもしれない。


「白いお足はオルゴールに……大切に仕舞いましょう……指を絡めて……お弁当は持ったかしら……あぁ……あ……ぁぁ……小さい首がほら……回って後ろが見てるのね……湖が……冷たく澄んで……嬉しそう……ふふふぅ……泣かないで……ね? ……うぅふふふふふふふ……楽しみね……楽しみ……ねええぇぇぇ……」


 それでも消えない殺意は、使命感の故か、はたまた別の何かによるものなのか。

 追撃せんと、左手の水晶を見せつけるようにゆっくりと持ち上げていく。右手の長剣(ロングソード)もまた、ゆるゆると持ち上げられていく。


「くっ! また来るぞっ!!」


 洞窟内で無詠唱魔法を連発した反動だろう。今になって、身体のあちこちから悲鳴が上がり始めていた。

 魔力にはまだ若干の余裕があった。しかしこのコンディションでデカい魔法をコントロールできるかは、微妙だった。

 蜘蛛を仕留めるために、余力を残しておかなくてはならない。

 だが、このままグダグダ()っているわけにもいかない。

 ならば、多少強引でも接近して一気にカタをつける。

 今目の前で起きた事を考えるとあまり得策とはいえないが、やむを得ない。


「下がってくれ、ロメウ!」


 呼びかけ、促した。飛翔(フライ)で奇襲をかける前に、まずは結界で光弾を凌ぐ必要がある。

 しかし、反応がなかった。同じ体勢のままロメウは動こうとしない。


「聞いてるのか!? 早くオレの後ろに……」


「慌てるな」


 冷静な声だった。今まさに攻撃されようとしているこの場面に、およそ相応しくない声音(こわね)ーー


 なんで、こんなに落ち着いているんだ?


 焦る気持ちから、自然とザロメに目が向く。

 そこで見たのは、予想外の光景だった。


「……えっ?」


 振りかぶった長剣(ロングソード)が、これまでと違う反応をしている。

 いや、正確には、反応していなかった。青い魔力を纏っていないのだ。


「……? ……??」


 違和感に気づいたザロメが頭上の刃を見上げる。続いて、左手の水晶に目玉が向く。まじまじと見つめていた眼球がすぐに落ち着きなく動き回る。

 明らかに動揺している所へ、ロメウが声をかけた。


「探し物は、これか?」


 そういいながら、掲げた左手にあった物。

 それはーー


「……??」


 青い水晶だった。


「っ!!???」


 驚愕にザロメの動きが止まる。隙をついてロメウが何かを投げた。

 一直線に飛んだそれが当たると、ザロメの左手にあった物が割れた。勢い良く飛び散った液体が正面から顔に浴びせられる。


「……っい“……!!?」


「あ……あれは……?」


「ティラからいくつか借りておいたんだ」


 ポンとオレに放られたのは、ソフトボールくらいの球だった。

 確か、これ……


「いい“い“ぃ“ぃ“ぃぃぃーー……っっ!!」


「粘着液の入った……魔法球か……」


「さっき交換してもらったんだよ。ま、本人の許可は取ってないけどな」


 それは、すり替えられた当人にすら今の今まで気づかせない熟練の技術だった。

 つまるところ、これはーー


「スリ師の技か……」


掠手(ピックハンド)っていってな。盗賊(シーフ)の上級職なんだよ、俺」


 両手で顔を覆い、ザロメが悶えている。強力な粘着液を浴びた状態では呼吸もままならないんだろう。僅かに開いた口から、貪るような呼吸を繰り返していた。


「すまねぇな、お嬢さん」


 左手で水晶を弄び、ニヤッと笑ってロメウがいった。


「色男は手が早い、ってな。相場が決まってるんだよ」


 閉じた左目が、まるでウインクをしているようだった。

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