11・ガバ神様のスキル
ノエルに状況を知らせるべく、オレ達は先に地上へ戻った。
声をかけようとしたまさにその時、エイの化け物が墜ちてきた。
ドッパアアアアァァァー……ン……!!
『うわっ!』
『キャアッ!』
湖面に叩きつけられる音と共に発生した城壁のような高波が波紋状に広がり、ノエルに迫ってくる。
しかし肝心の本人はというと、微動だにせず空を見上げているだけだった。
『おい! ノエル!』
『あ、危ない!』
同時に叫んだ。
それが聞こえたのかどうか、前方を見もせずにノエルは左手を突き出した。
すると、眼前の波がぴたりと動きを止めた。
いや、目の前だけじゃない。
湖全体に広がっていた波全ての動きが、まるで時間が停止したように止まったのだ。
そしてそのまま緩やかに崩れ、元に戻っていった。
『す、凄い……』
女神であるグラスが感心するのも無理はなかった。
あの莫大な量の水を片手で制御するなんて、オレの目から見てもバカげたチートっぷりだ。
『あいつ、水の魔法が得意なの?』
『いえ。全属性を使えますので、得手不得手はないと思います』
『なら、他のも……』
『はい。あのレベルです』
つまりその気になれば、噴火させたマグマを操る事も、地殻変動を起こして地震を発生させる事も、落雷の雨を降らせる事も、竜巻どころか台風を作り出す事すらできるだろう、って事か。
『全属性の魔法を会得できる能力があって、さらに特殊スキルも持ってるなんて、王道のチートだな……』
まぁ、そのぐらいじゃなきゃチートとは呼べないんだろうけど。
しかし、グラスの口から出たのは、意外な言葉だった。
『いえ。ノエル様に魔法属性はありません』
『属性がない?』
『はい』
『え? でも、全部使えるんでしょ?』
『それは、〈神才〉というスキルによるものです』
『しんさい?』
『はい。神の才、と書きます』
『天才、じゃなくて?』
『天才が〈神から与えられた才能〉であるのに対して、神才とは〈神が持つ才能〉そのものの事です』
『って事はつまり、神様と同じ才能を持ってるってわけ?』
『はい。むしろ、資格を持っている、といった方が正しいかもしれません。なにせ、森羅万象の創造主と才能面では同格という事ですから』
『なるほどね。魔法やスキルを生み出した存在と同じ才能を持ってるってんなら、そりゃ身につけるのに時間も努力も必要ないし、属性うんぬんなんて関係ないか』
その気になれば神にすらジョブチェンジできちゃう、いわゆる『万物の法則ガン無視系チート』か。
間違って殺したヒキニートをお詫びに英雄にしちゃうってのも大概だけど、それに輪をかけたデタラメっぷりだ。
『世界の運営までガバって、クソラノベの神々ってのはどうなって……』
『ルキト様! あれを!』
独り言が、グラスの声に遮られた。
いわれるまま見た空から、何かがゆっくりと墜ちてくる。
映像がズームすると、人間の少女だと分かった。
『なんで女の子が?』
『先ほどのブラックドラゴンです。力を失って人の姿に戻ったのだと思います』
『ん? ドラゴンから人型に……戻る?』
戻るなら人型からドラゴンに、じゃないの?
『ノエル様が術式を施しているのです。普段は人間として日常生活を送り、必要な時にはドラゴンの姿と力を取り戻せるように』
『仮の姿と本来の姿を逆転してるのか』
『そうしないと、一緒に暮らしにくいから、とおっしゃってました』
『そりゃ確かに、その通りだ』
話してる間にも、少女はゆっくりと降下してくる。
やはりダメージは大きいみたいだ。
フリルがついた白いワンピースの腹部がズタズタに裂け、下半身まで赤く染まっている。汗に濡れた顔は、紙のように真っ白だった。
『ノエルは回復魔法使えるのか?』
『はい。使えます』
『そうか。なら、任せて大丈夫だな』
ノエルが立ち上がり両手を前に出すと、少女の身体が引き寄せられた。どうやら彼女をゆっくり降ろすために、上を気にしていたようだ。
「イヴ。聞こえるかい?」
両腕で抱き、声をかける。うっすらと目を開けて、力なくイヴが答えた。
「ごめん……なさい……イヴ……負けちゃった……」
「謝る事はない、よく頑張ったよ。偉いぞ」
「本当……?」
「本当だとも。さ、すぐに治してあげるから、ゆっくり休むといい」
「うん……」
イヴが再び意識を失った。傷を癒そうと、ノエルが腹部に手をかざす。すると突然、水面が山のように盛り上がり、巨大な生物が水柱を上げながら飛び出してきた。
「ギョアアアアアアーーッ!!」
それは、異形の四天王――エイの化け物だった。
空中に浮いた巨体から、大量の水が滴り落ちている。しかし、イヴの攻撃で受けたはずの傷は残っていない。水中で回復してきたようだ。
再び生まれた大波を先ほどと同じようにノエルがいなすと、歯ぎしりのような声が降ってきた。
「ギギギイイイアァァーッ! ドラゴンごときがこのヒルケルスス様にフザケた真似しやがってええぇぇ! ブッ殺してや……」
「貴婦人の呪縛」
「!!?」
怒りをぶちまけ終わるのを待たず、ヒルケルススの動きが止まった。
ノエルが口にしたのは、呪縛の呪文のようだった。身体に浮かんだ草花の刺繍が、五体を締め上げている。
「ギ……ギギ……ギ……」
一見すると優雅にさえ見える呪文だったが、実際は相当に強力なのだろう。必死に身体を捩ろうとしているヒルケルススに、微動だにする事すら許さない。
「少し静かにしてくれないかい? この娘を治療したいんでね」
相手を一瞥すらせず、ノエルは治療を始めた。緑色に光る癒しの魔力が、傷口に吸いこまれていく。
すぐに、イヴの顔にほんのりと赤みが差してきた。早く短かった呼吸も、穏やかな寝息に変わった。
「もう大丈夫だ。ゆっくりお休み、イヴ」
汗で額に張りついている前髪を優しく左右に分けてやり、イヴの身体を絨毯に横たえる。
「貞淑令嬢」
右手をゆったりと振りながら、ノエルは呪文を唱えた。すると、光る衣がふわりと現れ、イヴの身体を包みこんだ。
どうやら、単体用の局所結界みたいだ。
「さて」
必要な処置を終えたノエルが、ゆっくりと立ち上がった。
マントを翻し正面に向き直る。
ここにきて、ようやくまともにヒルケルススを見ていった。
「本番のお相手はわたしがしよう。娘が世話になったお礼も含めて、ね」




