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106・神のみぞ知る世界

 徐々に、覚醒していくのが分かった。意識を取り戻して最初に感じたのは、頬に当たる草の感触だった。

 ゆっくりと目を開く。

 眼前に、青く高い空が広がっていた。


「ん……んん……」


 目を細めて上半身を起こした。

 頭上からは陽光が降り注ぎ、広がる草原を風が渡り、鳥のさえずりが聞こえ、新鮮な空気が森の匂いを運んでくる。

 しばし呆然として、ようやく今ある状況を把握した。


「これ……ひょっとして……」


 空間……転移……?


 土と埃が舞う洞穴内から一転、開けたこの場所に移動している理由など、他に思いつかない。

 そしてそれが誰の仕業なのかも明白だった。こんな真似が出来るのは、あの場に一人しかいなかったからだ。


「!!? みんなは……」


 振り返ってみると、マリリアが倒れていた。

 その向こうでは、同じくティラと調査隊員達が倒れているのが見えた。

 あわてて駆け寄った。抱き起こすと呼吸をしているのが分かった。どうやら、気絶しているだけのようだった。


「マリリア! おい、マリリア!」


 揺さぶり、軽く頬を叩く。閉じていた目がうっすらと開いた。やがて宙を彷徨っていた視線と意識がオレを捉えた。

 ぼぅっとしながら、マリリアが呼びかけに応えた。


「……ルキト……?」


「無事か……良かったあぁ……」


「い……つつっ……」


「!!? どこか怪我でも……!?」


「ううん……大丈夫……」


「そうか……起き上がれるか?」


「うん……」


 頭を何度か振る様子を見る限り、意識もはっきりしているようだった。

 ほっとしていると、ティラが動くのが分かった。

 マリリアをそのまま座らせ、走り寄った。


「ティラさん! 大丈夫ですか!?」


 手を貸そうとして屈むと、ティラは自力で起き上がった。座りこんだままひとしきり周囲を見回し、顔を向けてくる。


「こ、ここは……一体、何が……?」


「どうやら、空間転移で脱出したみたいです」


「空間転移? 誰がそんな真似を……」


「マリリアですよ」


 背後を指差しながらいったオレの言葉を受け、思い出したようにティラはいった。


「確か、岩が倒れてきて、わたし達は動けずにいたはずでは……あの一瞬で、転移の魔法を?」


「いえ、それだけじゃなかったんです。あいつが使ったの」


「それだけではない? 他に何かしたのですか?」


「……それは……」


 本当の事をいうべきか、逡巡した。

 信じてもらえるかが分からなかったというのが理由の一つ。

 そしてもう一つの理由が、マリリアの正体に関する出来事でもあったからだ。

 無詠唱による時間停止だけでも十分異常であるのに加えて、さらに空間転移まで使っているのだ。

 つまり、詠唱なしで二つの魔法を同時発動させた事になる。あんな真似、人間に出来るとは到底思えない。

 ならば考えられる結論は一つ。


 あいつは、やっぱり……。


 だとすれば、軽々(けいけい)に話すのはマズい。マリリア本人が隠したがっている以上、正体がバレる可能性のある情報を漏らす訳にはいかないからだ。

 答えあぐねるオレを、ティラがじっと見ていた。仮面の下、訝しむ顔が目に浮かぶようだった。

 気まずい沈黙が流れた。


「えっ!!? ちょっと待ってよ!?」


 しかし、それを一息で吹き飛ばしてくれたのは、誰あろうマリリアだった。

 振り返ってみると、立ち上がってキョロキョロしながら、さらに声を張っている。


「どこよここ!? なんでこんなとこにいるのっ!!?」


「……は?」


「……え?」


 予想だにしなかった台詞に、オレとティラは同じ反応をしていた。

 ここがどこなのか?

 なんでこんな所にいるのか?


 聞きたいのはこっちだよ。


「お前……覚えてないの?」


「覚えてって……何を?」


「いやだから、どうやってここに来たか」


「分からないわよ。なんか、大きな岩が倒れてきて、ヤバいってなって、ふっと意識がなくなって、それから……目を覚ましたらここにいたんだから」


 ティラと顔を見合わせた。仮面の下ではきっと、端正な顔が困惑の色に塗りつぶされているだろう。


「まさか、ルキトが連れ出してくれたの?」


「違うよ。連れ出してくれたのはお前」


「え?」


「お前が空間転移で皆をここまで運んだんだよ」


「わたしが? 空間転移で?」


「そう。本当に覚えてないの?」


「…………」


 眉根に皺を寄せたまま、マリリアは黙り込んでしまった。

 どうやら、嘘をいっている訳じゃないらしい。本当に、無意識だったようだ。

 と、いう事は、つまり。


 時間を止めたのも、無意識でやったって事だ。


 言葉がなかった。

 火事場の馬鹿力なんてもんじゃない。生存本能だけで神の領域まで達したなんて、人間と呼んでいいレベルを超えている。

 こうまで超越されては、もはや疑う余地などない。

 事ここに至って、今までの勘違いにオレは気がついた。


「そう……だったのか……」


 マリリアが普通じゃないのはチートだからじゃない。

 神だからだ。

 それゆえ、グラスは知らされていなかった。当然だ。女神の仕事は転生者を受け入れる事であって、神を受け入れる事じゃない。

 天界の上層部、神々の真意がなんであるかなど知る由もない。その大いなる意思から成す行いがなんであるかなど想像すらできない。

 今、分かっているのはただ一つ。

 カロンに降臨した神、その正体は……


「お前……マジか……」


 マリリアだったのだ。


「あれ、嘘じゃなかったんだな……」


 オレの反応を見たマリリアが、はっと我に帰った。そしてすぐに、胸を反らしながら会心のドヤ顔を浮かべた。


「ま、まぁ、ね! わたしが本気を出せばこんなもんよ! 転移魔法の一つや二つ、チョロいチョロいっ!!」


 この台詞の恐ろしい所は、一つや二つっていうのが転移魔法だけじゃなかったって事だ。

 上位魔法のさらに上、最上級の大魔法を含んだ二つを、自覚すらせず使って見せたのだ。

 予定通りだといわんばかりの態度に、普段ならツッコんでいただろう。しかし、そんな気すら起きない程にマリリアの、いや、神の力は常軌を逸していた。


 住む世界が違う。


 グラスに対してさえ抱かなかった感情がふつふつと湧いてくるのを、オレは感じていた。


「あ! ところで、みんなは無事だったの?」


 そんな事などつゆ知らず、伸び上がるようにオレ達の背後を見ながらマリリアがいった。

 つられて目を向けると、気絶していた調査隊の数人が起き出している所だった。お互いが声を掛け合い、安否の確認をしている。


「くっ……痛っつつぅっ……」


「おい、大丈夫か?」


「ああ、平気だ……」


「それより、ここは、どこなんだ……?」


「外に……脱出できた……?」


「た、助かったのか、オレ達……!?」


「皆さん、怪我はありませんか!?」


「君は……確か、蜘蛛と戦ってくれてた……」


「あぁ。どうやら、大した怪我はせずに済んだようだ……」


「そうですか……」


「あ、あなたがわたし達を助け出してくれたのですか?」


「いえ、僕じゃありません。彼女です」


 そういって指差すと、(みな)の目がマリリアに向いた。

 やがて口々にかけられたお礼の言葉に、手を振りながら応えている。


「いえいえ、いいのよこのくらい! 当たり前の事をしただけだからっ!!」


 高々だった鼻をさらに高くしたマリリアを眺めていると、足元に何かが転がっているのに気がついた。

 半ば草に埋もれているそれを、オレは指差した。


「マリリア。そこにあるの、何?」


「え? そこにある?」


「足元。なんか転がってんだけど」


「あ、ホントだ」


 それは、水晶のような塊だった。

 ハンドボールくらいのサイズで、全体的にくすんだ色をしている。表面は削られて、デコボコになっていた。


「なんだろ、これ?」


 マリリアが拾い上げると、塊が微かに光を帯びた。しかし、消えかけの電球のように点滅したかと思うと、すぐに光は消えてしまった。


「あれ? 今、光った?」


「光ったわね。けど……消えちゃった」


「お前が洞穴から拾ってきたのか?」


「まさか。いわれて初めて気づいたのよ?」


「水晶……ですかね。ボロボロだけど、原石ではないようです」


「加工してあったのを、後から削ったみたいな感じね」


「なんでこんなとこに落ちてんだろ。水晶が採れそうな岩場なんて周りにないのに」


「魔法でついてきてしまったのでしょうか?」


「いや、空間転移は普通、指定した物以外は対象から外されます。あの緊急事態なら人だけを運ぼうとしたはずですから、身につけている物しかついてこないと思います」


「では、マリリアさんが持っていた、という事ですか?」


「一緒に転移してきたなら、そうなるんですけど……」


「何いってんの。わたし、こんなの知らないわよ?」


「…………」


「偶然落ちてただけでしょ。気にするような事じゃないって」


「それはそうなんだけど……」


 曖昧に頷いてはみたが、どうにも引っかかった。上手くいえないが、ただの偶然じゃない何かがあるような気がしたのだ。

 こういう時の勘は、ぞんざいに扱わない方がいい。後になって後悔する事が、往々にしてあるからだ。

 二の句を継げないオレを、マリリアが不思議そうに見てきた。こいつにしてみれば、考え込むような事には思えないんだろう。


「ま、いいわ。そんな気になるなら、持って帰って調べてみましょうよ」


「悪いな。頼む」


 取り出した布で、マリリアが器用に水晶を包んだ。端を結んで輪を作り、左肩にかける。


「これでよし、と。じゃ、マスター達の所に戻りましょうか」


「その前に、ここはどの辺なのでしょうか」


「さあ。分かんない」


 即答だった。

 運んできた当人にこういわれちゃ、どうする事もできない。


「いや、お前が連れてきたんだろうが。着地点の座標はどこに設定したんだよ」


「座標? 何それ?」


 ああ……

 そうだった……。


「無意識で発動したんでしたね……」


「転移先をデタラメに設定した可能性も十分にある、って事か……」


「最悪……ここがカロンじゃなかったとしても……」


「不思議じゃありませんね……」


 とりあえずこの場から離れて、飛翔(フライ)でこっそり現在地を確認するか。

 そう思っていると……


「……ルキト様ぁ〜……!」


 遠くからオレを呼ぶ声が聞こえてきた。

 だんだん近づいてくると、声の主は二人いるのが分かった。


「ルキト! どこにおるのじゃ! ルキトっ!!」


「ルキト様ぁ! マリリアぁ!」


「あの声は……」


「グラスとビョーウじゃない!? おぉ〜〜い! こっちよぉっ!!」


 呼びかけに、マリリアが大声で応えた。するとすぐに、木々の間から二つの人影が現れた。


「!!? いたぞグラス!!」


「ルキト様!!」


「ビョーウ! グラス!」


 息を弾ませながら、二人が駆け寄って来た。顔には、安堵の表情が浮かんでいる。


「良かった……ご無事だったのですね……」


「いらぬ心配をさせるでないわ、バカもの」


「二人とも、どうしてここに……?」


 マリリアの問いかけに、腕を組んでビョーウが答えた。


「援軍が到着したので、攻城兵器を使って蜘蛛(あやつ)を洞穴から引き離そうとしたのじゃ。しかし、衝撃で岩が崩れしまっての……」


「助けに行こうとしたのですが、蜘蛛が暴れて中に入れずにいたのです。そうこうしている内に凄い魔力が発生して、残っていた岩山を全て消し飛ばしてしまいました」


「その直後、今度はこの辺に光が落ちるのが見えての。ひょっとしてお主らではないかと思って、探しに来たのじゃよ」


 説明され、外で何が起きていたのかが分かった。

 と、同時に、ここが洞穴から大して離れていないだろう事も分かった


「なるほど。そんな事があったのね」


「心配させちゃったみたいだね。ごめん」


「まったくじゃ。ヒヤヒヤしたぞ」


「お怪我はありませんか?」


「大丈夫だよ。マリリアもティラさんも、調査隊の皆も、大きい怪我はないみたい」


「だいぶヘバってはいるけど、ね」


「そうですか……安心しました」


「それにしても……」


 調査隊員達を見、オレ達三人を見ながら、ビョーウがいった。


「空間転移を使ったのじゃろう? ルキト、お主がやったのか?」


「いや、オレじゃない。マリリアだよ」


「マリリアが? これだけの人数を一度に転送したのか?」


「そうな……」


「その通りっ!!」


 言葉を被せたマリリアが、お馴染みのドヤ顔で話に割って入ってきた。

 腰に手を当て胸を反らすこの格好が、今や決めポーズみたいになっている。


「この! マリリアさんが! 皆まとめて助け出したって訳よ!!」


「ひ、ひょっとして、あの膨大な魔力も……」


「もちろん! わたしの魔力(ちから)よっ!!」


 驚いたグラスがオレに顔を向けてきた。僅かに目を開き、ビョーウも顔を向けてくる。

 頷くと、二人は顔を見合わせた。

 転移はもちろん、最後のあれもオレの仕業だと思っていたんだろう。


「お主が、あの魔力を……?」


「い、一体、中で、何が……」


「あぁ、いや、説明は後でするよ」


 困惑する二人と、同じく困惑しているであろうティラに向かってそういうと、マリリアがノリノリで応じた。


「そうね。後でじっくり聞かせてあげるわ。わたしの! 大活躍をっ!!」


「あ、はぃ……」


「う、うむ……」


 謎のハイテンションにグラスは無論、ビョーウすら引きぎみだったが、ともあれ今はまだ、やらなければいけない事がある。


「で、では、ヴェルベッタ様達の元に戻りましょう」


「まだあっちはカタがついておらぬからのぅ。話は、全てが終わってからじゃ」


 ようやく、大蜘蛛を討伐する為の準備が整ったのだ。本番は、ここからだ。

 そう結論づけて歩き出そうとしたオレ達に、ティラが声を掛けてきた。


「それでしたら、皆さんはお先に行っててください」


「え? ティラは来ないの?」


「わたしは調査隊の方達と一緒に行きます」


「あ、そっか。一応、護衛がいるもんね」


「分かりました。彼らをよろしくお願いします」


「了解しました」


「よし。行こう!」


「はい!」


「うむ」


「じゃ、後でね、ティラ。気をつけて帰ってくるのよ?」


「マリリアさんも、お気をつけて」


 ティラと調査隊の面々に見送られ、オレ達はその場を後にした。

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