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105・BURRRRRRRN!!!

 ゴオォゴゴゴゴゴォオオオオォォォォォーーー……ッッッ!!!!


 災害クラスの強大な力が地面を激しく揺さぶった。

 土石(どせき)が高波のように巻き上げられ、津波と化した土煙(つちけむり)が轟音と共に迫ってくる。

 動けなかった。

 目の前に広がる惨劇の巨大さに、頭と身体の機能が麻痺してしまったかのようだった。

 大量に飛び散る石と砂、土の塊から無意識に顔を守るーー辛うじてできたのはそれだけだった。


「う……そだろ……」


 絞り出した声は乾き、(かす)れていた。しかし、そんな事を気に留めている余裕などなかった。喉が潰れんばかりに、オレは叫んだ。


「嘘だろおおぉっっ!!! マリリアあああぁぁぁーーーっっ!!!!」


 絶叫しながら走った。疲労を忘れて。苦痛も忘れて。土煙をかき分けた。土石の塊を乗り越えた。マリリアの元に。それだけが頭にあった。尚も押し寄せてくる土色の津波が行く手を遮った。転がってくる岩が行く手を遮った。絶望が姿を成した逆境の中、必死でもがいた。

 怖かった。

 自身の身に降りかかる危機が、ではない。

 仲間を失う事に。大切な人を失う事に。伸ばした手から、命がすり抜けて行ってしまう事に。ただ、恐怖した。


「死ぬなぁっ!! 死なないでくれええぇぇぇーーっっ!!!!」


「駄目です! ルキトさんっ!!」


 本当は分かっていた事ーーしかし、それを受け入れられなかったオレを、認められなかったオレを、ティラが後ろから羽交い締めにした。


「放してくださいティラさん!!」


「いけません! まだ全部崩れきっていないっ!!」


「なら早く助けないとっ!! 今なら、い、今なら、間にあ……」


「現実を見てくださいっ!!」


「!!!!」


「あれに個人の結界で耐えるのは不可能です! 不用意に近づいては巻き添えになってしまいます!!」


「だから見捨てろっていうのか!! あいつは仲間なんだぞっ!!!」


「あなたまで死なせる訳にはいきません!! 諦めてください! マリリアさんは……!!」


「くっそぅっ!! 放せっ! 放してくれっ!!!」


「マ、マリリアさんは……もう……!!!」


「放せえええぇぇぇぇーーーっ!!!!」


『ひ……人……を……勝手……に……』


「!!!?」


「!!!!?」


 唐突に。

 しかし、ハッキリと。

 聞こえてきたのは、煙る視界の中からだった。

 崩落した岩壁の下、か細く、途切れ途切れに、しかし聞き間違えるはずのない声が、確かにしたのだ。


「マ……リリア……?」


『殺……すん……じゃ……ないわ……よ……』


「!!? マリリアさんっっ!!!」


「お前……生きてっ……!!!」


『っぐ……おっ……!! おおぉぉぉ〜〜っっ……!!』


 声がした方向から、微かな光が漏れてくる。最後に振り絞った魔力(ちから)で、マリリアが埋まっている位置を示していた。


『おおぉ〜〜!! もおぉ〜〜!! いいいぃぃぃ〜〜〜っっ!!! なんとかしてよこれえええぇぇぇーーーっっ!!!!!』


「待ってろっ!! 今いくっ!!!」


 いうより早く駆け出していた。同時にティラも駆けていた。剣は鞘に収め、破砕(はさい)旋棍(せんこん)だけを構えて。

 目を()らして光を頼りに走った。魔力をかき集めながら声を張った。


「あそこだ!! ティラさん!!」


「はいっ!!!」


「積もっている岩はオレが壊しますから落石をお願いしますっ!!」


「了解しました!!」


 分厚く層を成す岩の山に飛び乗った。両手を押しあて、左右同時に魔法を放った。


爆焔光(バズティル)²っ!!」


 ドドドドオオオォォーー……ッッンン!!


 二つの魔力が生み出した相乗効果で、魔法の威力が増した。高火力の爆発が岩石を直撃する。続けざま、爆焔光(ばくえんこう)を乱発した。


「うおおおおぉぉぉぉぉーーっっ!!!!」


 ドドドドドドドドオオオォォォォォーーーッッンンン……!!!!!


 詠唱はおろか、呪文名すら発しない魔法の使用は体にかかる負担が尋常じゃない。

 構わなかった。引き換えに連射速度が上がるなら、それでいい。

 結界にのしかかっていた岩壁が次々に砕けて吹き飛んでいく。振動で落ちてきた岩は、ティラが全て処理してくれた。

 魔力(ちから)の限り魔法を連発していると、ようやく結界が姿を表した。


「マ、マリリア!! 無事かっ!!??」


 もうもうと立ち込める煙と焦げた臭いの隙間、覗いた顔からは完全に血の気が引いていた。

 その煙すら晴れると、後ろには放心状態の調査隊員達が見えた。

 よほど生きた心地がしなかったんだろう。腰を抜かして動けない者すらいる有様だった。


「……しっ……!!」


「おい! 大丈夫なのかっ!!?」


「死ぬかと思ったあああぁぁぁぁぁ〜〜っ!!!」


 結界を解き、ヘナヘナと座りこんだマリリアが、心の底のさらに底から絞り出したような声でいった。

 それを聞いて、腹の底のさらに底から安堵の息が漏れた。

 つられて、オレもその場にしゃがみこんでしまった。背後から、ティラの震える声がした。


「マリリアさん……よく、ご無事でっ……!!」


「無事じゃないわよ……ホントもう……無理……」


「それにしても……」


 対物理用の結界は、かかる負荷が大きくなるほど消費魔力量も増えていく。

 あれだけの重量を支えていたのだ。マリリアが使った魔力は膨大だったろう。


「よく耐えたな、あんなのに……」


「本当です……信じられません……」


 多数の命を救った魔力(ちから)に、オレ達は驚愕した。

 個人で耐えられる限界を超えているーーティラの言葉は間違ってなどいない。常識で考えれば、誰でもそういうだろう。

 しかし、非常識な事にかけては定評のあるマリリアには当てはまらなかった。

 言動だけじゃない。

 含有魔力量そのものから……


「ムチャクチャだな、お前……」


 知れば知るほど逆に分からなくなっていく、自称神様。

 その正体にたどり着ける時は、果たして来るんだろうか。


「と、とにかく……」


 一息ついたのもつかの間、いつまでもこうしている訳にはいかなかった。今は収まっているものの、いつまた大きい揺れが来るか分からないからだ。

 重い腰を上げてオレはいった。


「脱出しようぜ……これ以上は、ちょっとヤバい……」


「そ、そうね……」


「後ろの皆さんは大丈夫でしょうか?」


「動けないような怪我はないと思うけど……」


「見てきます」


 ティラが小走りで近づいていくと、口々に発せられる感謝の言葉が聞こえてきた。

 マリリアが見せた底力に。

 そして、再三に渡る危機を乗り越えた安堵に。

 この時、オレ達は割いてしまっていた。

 意識の、大半を。


 パラ……パラパラパラッ……


 仕方のない事、だったのかもしれない。

 何故なら、言葉にした張本人(ティラ)ですらがそうだったのだから。警戒しておかなければならなかった事を、(おろそ)かにしてしまっていたのだから。


 バラバラ……バラ……バラバラバラ……!!


 考えてみれば、それは……


「立てるか? マリリア」


 ガラガラ……

 ガラ……ガラガラガラッ……!!


 なるべくしてなった予定調和ーー必然だったのかもしれない。


「このまま……横になってたい気分よ……」


「悪いが、おんぶはできないぞ?」


 いつだって、そうだ。

 取り返しのつかない惨劇は、意識の外からやってくる。


 まるでーー


 ガスンッ!!

 ガンッ!! ゴガンッッ!!


 白日に見る、悪夢のように。


 ゴゴゴ……ゴゴ……ゴッ……


 ふっ、と。


「……え?」


 影が差してようやく、オレは気がついた。

 犯したミスに。

 今いるこの場所がーー


 ゴゴゴ……ゴオォ……ォォォォォッッ……!!


 安全地帯などではなかった事に。


 ゴオォガガガガガガガガアアァァーーー……ッッッ!!!


「!!!!??」


 まだ終わってはいなかった。

 抉れた背後の岩壁、今度はその左右にある柱のような岩がバランスを失って倒れてきたのだ。

 見上げた視界いっぱいに映ったのは、灰色の空が落ちてきたかのように巨大な岩塊(がんかい)

 そして、牙を剥いた圧倒的な”死“だった。


「しまっ……!!!!」


 手を伸ばした。マリリアに。ティラに。二人は動かなかった。動けなかった。肉食獣に出会ってしまった小鹿達。あ然と見上げている。思考が停止している。身体が硬直している。生存本能が蝕まれている。内にある何かが。無慈悲に。冷酷に。二人に告げている。


 助からない。


 抗いようのない絶望。圧倒的な絶望。しかし、受け入れがたい現実に直面したオレは、叫んでいた。

 名を。

 何故かは分からない。

 二人の名を、ではなく。

 ただ一人の、名を。


「マリリアあああぁぁぁぁーーーっっっ!!!!」


 あるいは、本能が悟ったのかもしれない。この危機を回避できる僅かな可能性ーーそれを、感じていたのかもしれない。

 他ならぬ、マリリアに。


 キンッッッッ!!!!


「っ!!!?」


 突如として鳴ったのは、金属がぶつかり合ったような音だった。

 高く澄んで響いた音は、同時に光を発生させた。

 (まばゆ)さゆえに、身体を叩かれたかのような錯覚すら引き起こした強烈な光が、白い闇となって視界を覆った。

 思わず閉じた瞼が映す闇の中、それは、断続的に聞こえてきた。


 キュ……ウウゥ……ゥゥ……ン……ンン……ンッッ……


 膨張し、密度を増し、研ぎすまされ、純度を上げた魔力が一点に集中していく音。

 生み出された膨大な力が、極限まで集約されていく音。

 見ずとも感じたのは、神聖さすら漂う純粋な、曇りのない力ーー開いた目を何度か(しばたた)かせた。

 白光が、場にある全てを包みこんでいた。


「これ……は……」


 周囲と頭上を見回して理由が分かった。

 現れた天を衝く光の塔、その中にオレ達はいたのだ。


 ズウウゥゥ……オオオオォォォォォォーー……ッッッ!!!


 まるで、神話の世界から顕現したかのような巨大さでそびえ立つ白光塔の正体は、何十層にも積み上げられた積層型立体魔法陣だった。


 オオ……オ……オォォォォォーー……


 周辺だけじゃない。地面を全て覆っている魔法陣のサイズと高さは、レイが作り出した物と比べてもなんら遜色がなかった。

 あ然とした。

 混乱と狼狽が同時に訪れた。


 この圧倒的な“存在”を、誰が生み出した?


 問を口にするより前、聞こえてきた叫びが答えをくれた。


「……っう……ああああぁぁぁぁぁーーっっ!!!」


 ドォオオオォォォォォォーー……ッッ!!!


「おっ……おぉぉっ……!!」


 明らかに人智を超えた魔力が、

 座りこんだままのマリリアから放出されていた。まるで、得体の知れない何かが憑依してでもいるかのようだった。

 この超常的な現象を引き起こしている力の源がなんなのかーー


「!!???」


 解明する間もなく、起きている異常にオレは気がついた。

 倒れてくる岩柱の動きが、徐々にスローモーションになっているのだ。

 目の錯覚か。

 最初、そう思った。

 あるいは、極限まで集中した時に物の動きが遅く見えるあの現象か。

 次に、そう思った。

 しかし、すぐにどちらでもない事が分かった。

 なぜなら。

 目の前で、完全に動きが止まったからだ。


「ま……さか……」


 岩柱だけじゃない。

 漂う土煙も、落ちてくる岩も、ティラや調査隊員達も、流れる空気も、差し込んでくる陽光でさえ、一様に動きを止めていた。

 もう一度、目を凝らした。

 間違いない。


「じ……時間が……止まって……る……?」


 我が目を疑った。

 魔術の究極ともいえる時空間融合魔術(クロノアート)、それが今、使われているのだ。しかも、詠唱すらせずに。

 こんな真似ができる術者など見た事がなかった。レイやノエルですら、無詠唱ではコントロールを失って魔力の暴走を引き起こすだろう。

 しかし、マリリアの生み出した『世界』は、完全な状態で顕現していた。


「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーっっっ!!!!!」


 流れが止まった時の中にあって、尚もマリリアは莫大な魔力を放出し続けていた。

 天を貫く光の奔流を身に纏った姿は神々しく、荒々しく、そして、神秘的だった。

 それは、まさにーー


「お前は、一体……」


 超越者のみが踏み入る事を許された神の領域に在る、人ならざる者の姿だった。


「何者……なんだ……」


「神っ!! ですがぁっっ!!?」


 光がさらに激しく渦を巻き、徐々に広がってきた。

 魔法陣の塔をすら覆いつくし、今や白い竜巻と化した魔力はさながら、止まった時ごと全てを無に帰さんとしている天の意思ででもあるかのようだった。


「なにかあああああぁぁぁぁぁーーーーっっ!!!???」


 ズウウウウゥゥオオオオォォォォォォーーーーッッッ!!!!!


「うぁああああぁぁぁぁぁーーーっっ!!!!」


 最後に聞こえたのは、マリリアと自分の声だった。

 白い奇跡の爆流に飲み込まれ、オレは意識を失った。

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