104・keep open up the spider way
「ギッ……キキキッ……」
「ギ……チ……ギチギチギチギチギチ……」
新たな獲物の出現に、子蜘蛛達がザワつき始めた。刺激されたのは食欲なのか、あるいは闘争本能なのか。ガサガサと蠢く様は、貪欲な歓喜に沸く捕食者のそれだった。
「ルキト! ティラ!」
ここから先、ヤツらを通す訳にはいかない。マリリアの呼びかけに、振り向く事なくオレは応えた。
「こっちは任せろ! お前は結界に集中するんだ!」
「分かったわ!」
ティラに顔を向けると、力強く頷き返してきた。その両手、構えている武器が目に入った。
左手にあるのは、奴隷城で見た短槍のような剣だった。
一方で、右手に持っていたのは……
「旋棍?」
なるほど、隠密が使う武器としては理にかなっている。携帯しやすく、近接戦闘に向いているからだ。
一方で、扱いにはある程度の修練が必要だが、襲いかかってきた子蜘蛛に応戦した動きでティラの習熟度がわかった。
「ギシャアアアァァァァーーッ!!」
ギイイィィーー……ッン!!
「ふぅっ!!」
ゴッ……!
パンッッ!!
突き出された前脚を剣で捌くと同時に右腕を振るう攻防一体の動きーー鮮やかな交差法だった。カウンターで入った旋棍の一撃で、子蜘蛛の頭が粉々に砕け散る。
「なんだ、あの威力……?」
力任せの攻撃では生み出せない破壊力だった。そう思ってよくよく見てみると、棍の背、ちょうど把手が結合している部分に石がはまっていた。ライトブラウンの淡い光が、旋棍全体を包みこんでいる。
「ティラさん、右手のそれ……」
「“破砕の旋棍”といいます。メルメス•ストーンに込められた土の魔力が生み出した振動を撃ち込む仕組みになっています」
「なるほど、だから粉々に……あ、ひょっとして、途中にあった岩を砕いたのも……」
「はい。そのために持ってきたのですが、まさか蜘蛛を相手に使うとは思っていませんでした」
「でも、持ってて幸いでしたね。あの数が相手じゃ……」
「キシャアァァーーッ!!」
「ジャシャアアァァーーッ!!」
ブォッ!!
ザシュシュシュシュ……ンンッ……!!
「一刀はちょっとキツい」
「確かに」
オレの言葉を肯定するかのように、子蜘蛛達がうじゃうじゃと集まってきた。どこにこれだけ潜んでいたのかと思うくらいの数だった。
「思ったよりも中に入りこんでたみたいだな、こりゃ……」
「しかし、全て倒さなければ道は開けません」
「ですよね。なら……」
直剣を構え直した。腰を落とし、下半身に力を込める。
「闘ってやりますかっ!!」
ボッ……!!!
大きく振った刀身から、真空の刃が乱れ飛んだ。
斬り刻まれた数匹が体液を飛び散らせたのを合図に、子蜘蛛の殲滅戦が始まった。
ザシュシュシュシュシュ……ッンンンッ……!!
剣を一振りするたび、魔力の斬撃が複数の獲物を仕留めていく。
風牙繚乱は効果持続型の付与魔術だ。魔力の供給がある限り、風刃を生み出し続けられる。
攻撃を飛ばせるアドバンテージを最大限に活かすため、フットワークで距離を取りながらオレは応戦していた。
「ふうぅ……」
「ギイィーーッ!!」
「ギチギチギチイィッ!!」
「はあぁっ!!」
ビュボッッ!!
ザススススス……ッン!!
「キイィーーッギキキイイッ……!!」
「おっと……!」
ザシュシュッ……!!
「ギキキキキッッ!!」
「ギイイィィィィーーッ!!」
「ギュギギギイイイィィーーッ!!!」
「あぶねっ!!」
ザザザザシュッンンッ……!!!
親蜘蛛と違い、産まれたばかりの子蜘蛛達は身体がそれほど固くないようだった。再生能力も持ってはいない。
そういった意味では闘いやすかったが、いかんせん数が数だ。落石で狭まった地面を押し寄せてくる様は、さながら動く道のようだった。
「ギチギチギチチチチッ……!!」
「ギキッ……キッ……ギイィ……ッ!!」
「ギキイイィィーーッッ!!」
「くっ……思った以上に厄介だな……」
正面からひたすら押し寄せて来るだけの攻撃が、数の暴力で相当のプレッシャーになっていた。正直、二人で退路を確保するのはかなりキツい。
しかし、目の端に映るティラはというと、無心に子蜘蛛を狩っていた。任務を遂行するのに余計な感情は持ち合わせていないーーそんな風に見える闘いぶりだった。
「しゅっ!!」
ザンッッ!!
「ギシュシュシュッ!!」
ギキンッ!!
「しぃっ!!」
ゴパンッ!!
「ギキキキキッ!!」
「はぁっ!!」
ザスンッッ!!
近接戦闘に特化した二刀流で、躊躇う事なく敵の懐に踏み込む。流れるように無駄のない体捌きで、次々と襲いかかってくる蜘蛛を仕留めていく。
結界の中、目を丸くするマリリアの顔が容易に想像できた。
「あれが、暗水衆の闘いか……」
ティラの実力は、諜報部隊とは思えないレベルだった。その辺の傭兵団くらいなら一人で無双して見せるだろう。
あんな人材を他にも抱えているのだ。五公星が持つ権力の大きさを見せつけられたような気がした。
「ギキキキキシャァーーッ!!」
「ギイィキキキキイィィーーッ!!」
「っと!」
ザザザシュッ……ンッッ!!!
プログラムされた戦闘マシーンのような動きに奪われかけた目を、凶暴な肉食の牙が覚ましてくれた。
呑気に見とれてる場合じゃない。
弱音を吐いている場合でもない。
どのみち、切り開かなければ活路は見いだせないのだ。
ならば、闘い続けるしかない。
手を出し続けるしかない。
巨岩の下に埋まっている鼠達と闘った中央付近と違い、奥まったこの場所は広さがなかった。詰め寄られて囲まれでもしたら逃げ道がなくなってしまう。
体力・魔力共にオレはまだ大丈夫だったが、問題はティラだ。先程からフルで動いている事を考えると、どこまで押さえられるか分からない。闘いを長引かせるのは得策とはいえなかった。
リスクは伴うが、ここは一息に魔法でカタをつけるべきか。
そう思い始めていた時、状況に変化が訪れた。
ズズッッ……ンンン……!!
「っ!?」
「!!?」
地面が大きく揺れたのだ。砂と小石、剥がれた岩石が頭上から落ちてくる。
子蜘蛛達の進軍が止まった。
異変を察知したティラが、こちらに走り寄ってきた。
「はっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「ふうぅ〜……はい、問題ありません」
肩で息をし小さいダメージは受けているものの、大きな怪我はなさそうだった。すぐに呼吸の乱れを収め、周囲をぐるりと見回す。
「今の、揺れは……」
「外で動きがあったみたいですね。援軍が到着したのかもしれません」
「という事は、ここも長くは持ちませんね」
「はい。ソッコーで逃げないと……」
ドズ……ッンンン……!!
ガラガラガラ……ッッ!!!
「っ!!」
「……ヤバいですね」
危機的な状況ではあったが、悪い事ばかりではなかった。激しい振動と落石に、子蜘蛛達がパニックを起こしていたのだ。
これまでの捕食行動から一変して、バラバラと散り始めている。
「しめた! ヤツら退いていくぞ!」
「チャンスです。わたし達も脱出しましょう」
「ティラさん、下がっててください」
「何をするつもりですか?」
「ダメ押しです。こっちに逃げてこないようにしときます」
「分かりました」
ティラが離れたのを確認して付与を解除し、直剣を鞘に収めた。
前方では、逃げ場を求めて焦っている子蜘蛛がウロウロしている。ここから脱出するためには、ヤツらを完全に追い払う必要があった。
片膝になり、オレは地面に両手をつけた。
「ヴァイ・メルゴア・ゾルシアン! 炎壁を成せ、地竜の息吹!!」
詠唱で集中した意識をさらに研ぎ澄まし、魔力を増幅させる。
浮かび上がった魔法陣が地の底から灼熱の息を召喚した。立ち昇るそれはすぐに蜃気楼となって、眼前の蜘蛛達を揺らした。
フオォ……オオオォォォ…………
「灼口炎流壁!!」
ボゥッッ!!
ゴオオオァアアアァァァーー……ッッ!!!
「ッギ!!??」
「ギィッッ!!?」
「ギャシャアアァァーーッ!」
「ギキキキキッ……!!」
「キキイイィィーーッッ!!!」
呪文が完成すると、燻っていた地竜の息吹が瞬時に燃えあがった。高く吹き出す炎の障壁が獲物を容赦なく飲み込んでいく。断末魔ごと火だるまになった兄弟達を残し、残りが一斉に逃げていった。
「よし! これでオーケーだ」
脅威が去ったのを見届け、オレはティラのいる場所まで走った。
「お待たせしました!」
「…………」
「ティラさん? どうかしましたか?」
「……飛行、風、炎。あれだけの魔法を使いこなし、なおかつマスターと渡り合える剣術と武術も使える人なんて、初めて見ました。ルキトさん、あなた、一体……」
「……話は後にしましょう。今は、ここから逃げるのが先決です」
そういうと、ハッとしたような反応が返ってきた。表情を隠す仮面が小さく下に動く。
「そうですね。まずは脱出しま……」
「あんた達!! 何してんのよっ!!」
背後から大声で呼びかけられ、揃って振り向いた。結界の中、マリリアが血相を変えて叫んでいる。
「上が崩れるわっ!! このまま脱出するから早く結界に入って!!!」
つられて見上げると確かに、天井部分がいつ落ちてもおかしくない程にぐらついていた。
考える前に身体が動いていた。駆け出したオレにティラもついてくる。
「マリリア! 一瞬……」
結界を解いてくれ!!
いいかけた、その時。
ドズズズッ……ッンンン!!!!
「うっ……わっ!!!」
「っ!!?」
ひときわ大きく地面が揺れた。バランスを崩しそうになり、慌てて足を踏ん張る。なんとか転ばずにすんだもののオレとティラの動きが止まった。
反射的に見上げた先。
目に飛び込んで来たのはーー
ズ……ズズ……ズッ……
バラバラ……バラバラバラ……ッッ!!
「!!!?」
最悪の光景だった。
「いけないっ! 天井が抜けますっ!!」
「そこから逃げろマリリア!!」
「えぇっ!!? そんな事急にいわれてもっ……!!!」
ズズ……ズッ……ズズズズズ……ッッ!!
ガンッ! ガズンッ!!
ガガガッ……ンッ!!
「きゃっ!!!」
「間に合いません! 落ちてきますっ!!」
「ちいぃっ!!!」
ボッッ!!
飛翔を発動した。
視界を埋める、屋敷ほどもある巨大な岩盤がマリリアの頭上に迫っていた。結界内で、調査隊員達が恐怖とパニックの悲鳴を上げている。
唱えている暇などなかった。
ドズンッ!!
ガンッ! ガガンッ!!
ズズズズズズズズ……
ガラガラガラガラガラッッ……!!!
極限の集中力ーー瞬時に増幅させた魔力を込め、オレは無詠唱で呪文をぶっ放した。
ズズズズズガガガガガ……ッッ!!
「きっ……!!」
ドオオオオォォガガガガガアアアァァーーーッッ!!!!
「きゃああああぁぁぁーーーっっ!!!」
「乱煌咬顎螺炎羅!!!」
ボッッッ……ォォオゴオオオォォアアアアアアアァァーーッッ!!!
「いっ……けえええぇぇぇーーっっ!!!」
ギャドドドドドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴゴッ……ッッッ!!!!
無数に召喚した炎の顎が螺旋状に絡んで獲物に襲いかかった。高熱の風を巻きながら巨岩を噛み、爆破し、砕いていく。
爆風と粉塵で煙った視界の中、爆ぜながらうねり踊るその様は、肉食の蛇が獲物を食らう姿を彷彿とさせた。
「おおおおぉぉぉぉぉっっ……!!!」
ゴドドドドドドドオオオオオオァァァァァァァァーーー……ッッ!!!!
粉々になった破片が雨粒のように降り注ぐ。もうもうと立ち込める土煙が結界ごとマリリア達を飲み込んでいく。
このクラスの呪文になると、詠唱を破棄しての発動にはかなりの負担が伴う。身体が燃えるように熱を帯び、放出している魔力の反動で筋肉が悲鳴を上げ、ギシギシと骨が軋んだ。
しかし、手を緩める訳にはいかなかった。
落ちる前に削り切れなければーー
「らあああああぁぁぁぁぁぁーーっっ!!!」
ドドドドドゴゴゴオオオォォォォォーーー……ッッッ!!!!
マリリア達の命はない。
「これで……!!!」
ボボボボボウゥゥゥッッッ!!!
「どうだああああぁぁぁぁぁーーっっ!!!」
……ッゴオオォォァァアアアァァァァーーー……ッッンンン!!!!
咆哮と共にぶちこんだ最後の火力で、ようやく巨大な岩盤が砕け散った。
ビリビリと震える空気が、破壊の規模を物語っている。
ゴドドドドドドオオオォォォーーッッ……ンン……!!!
バンッ!!
パパンッッ!!!
パンッッ……!!
オオォ……オオォォォ……
地に落ちる大量の破片。
空間を貪る破裂音。
そして、魔力の余韻。
三つを残し、炎の捕食者達は姿を消した。
「……っく……はああぁぁぁ〜〜っっ!!」
地面に降り、そのまま片膝を折った。力の抜けた身体を手で支えて空気を貪った。
「……っっは……! はっ、はっ、はっ、はっ、はあぁぁっっ……!!」
全身のあちこちから悲鳴が聞こえてくるようだった。汗で濡れた肌着が、不快に張りついて体表の熱を奪っていく。
呼吸が整うのも待たずに顔を上げ、ひりつく喉から声を絞り出した。
「マ……リリア!!無事かっ!!?」
細めた目で煙の中を透かし見る。
反応は、すぐに返ってきた。
「……だっ……」
ぉぉおおぉっ……
「大丈夫よっ!!!」
おおおおぉぉぉぉぉーーーっっ!!!!
マリリアの返事と共に歓喜の声が巻き起こった。晴れ始めた煙の中、うっすらと姿が見える。
どうやら、全員無事のようだ。
オレは胸をなでおろした。大きく息を吐くと、とたんに力が抜けた。
しかし、そんな弛緩した空気が、ティラの叫びで瞬時に引き裂かれた。
「まだです! ルキトさんっ!!」
「えっ!!??」
「後ろです!! 倒れてきますっ!!!」
「!!!??」
咄嗟に見上げた先にあったもの。
それはーー
ゴゴ……ゴッ……
「しまった! マリリアっ!!!」
ゴゴゴゴゴッ……
結界に向かって覆いかぶさるように倒れてくる、分厚く巨大な岩壁だった。
「逃げろ!! 逃げるんだっ!!!」
「えっ!!!? なになになっ……」
ゴゴゴゴゴゴゴッッ……!!
「!!!??」
「マリリアさんっっ!!!」
ゴゴゴゴゴドドドドドッ……!!!
「……っっっきっ……!!!」
「マッ………」
「きゃあああああぁぁぁぁぁーーーっっ!!!!」
ドドドドドドオオオォォォーーーッッッンンンッッ!!!!!
「マリリアああああぁぁぁぁぁーーーっっ!!!」
悲鳴と絶叫を掻き消して、視界とマリリアの姿が閉ざされた。
そこにあったのは、底なしに重く巨大な、絶望の塊だった。




