103・Bursty Birth Spiders
ガサガサガサガサガサッッ……!!!
不気味な足音を立て、親蜘蛛の下から大量の子蜘蛛が這い出してきた。
すでにレッグスパンが二メートル程ある巨体は、産まれたばかりでありながら大蜘蛛と呼ぶにふさわしかった。
「おいおい、なんだよあのデカさは!?」
「それ以前に蜘蛛って普通、卵から孵るんじゃないの!?」
「この状況で出産したという事は、自分の身を守るためでしょう。我が子を兵隊替わりにするという発想が、すでに普通ではありません」
「頭や身体能力がおかしいのは鼠どもと同じじゃが……あやつ、出産の機能すらおかしくなっておるのか」
「!!? 見て、あれ!!」
何かに気づいたヴェルベッタが指差した先――子蜘蛛の一部が巣穴に入って行くのが見えた。
「マリリア達の後を追っておるようじゃのぅ」
「マズいぞ! アイツも子供を操れるのか!」
「マズいのはこっちも同じみてぇだ! 見ろ!!」
「ギギギッ……シャアアアアァァァァーーーッッ!!!」
ガサガサガサガサササササササ……ッッ!!!
まるで、号令のような仕草だった。
前脚を振り上げた親蜘蛛が鳴き声を上げると、数百はいるであろう子蜘蛛達が一斉に呼応し、こちらに向かって動き出したのだ。
複数の足音と共に、巨大な蜘蛛の大群が押し寄せてくる様は圧巻だった。
「こりゃ、援軍を待ってる余裕はなさそうだぜ!」
「迎え撃つわよっ!! 魔法・弓部隊は遠距離攻撃! 仕止めそこねた分から前衛部隊が各個撃破! 一人で無理なら複数であたってちょうだい!!」
ヴェルベッタの指示に、魔法使いと弓使いが一斉に攻撃を始める。その向こうでは、陣形を組んだ近衛隊も矢を放っていた。まっすぐ向かってくる子蜘蛛達になす術はなく、攻撃を食らってバタバタと力尽きていく。
しかし、数が数だ。とてもじゃないが全てを倒す事などできない。
大半が、勢いを殺す事なく突進してきた。
「チィッ! あれじゃティラ達を助けに行けねぇぞ!!」
「どのみち、一人二人で行ってどうにかできる数じゃないわ。すぐ混戦になるから、接近戦が苦手な射手達を何人か救助に……」
「オレが行きます!!」
咄嗟に志願していた。ヴェルベッタとロメウが同時に顔を向けてくる。
「あなたが……?」
「はい! あっちは任せてください!」
「それでしたら、わたくしもお供します!」
「なれば、わらわもゆくとするかのぅ」
「いや、二人は残ってくれ。オレが一人で行ってくる」
申し出を断ると、グラスが驚いたような顔をし、眉間に皺をよせたビョーウが何かをいおうとした。しかし、言葉が出てくる前にロメウが声を荒げた。
「バカヤロウ! お前だけでどうにかできるわきゃねぇだろうが!」
「あれだけの大群と、さらにボスが控えてるんだぞ。ここの戦力は裂かない方がいい」
「大群なのは中も同じだ! 無駄死にする気か!」
「入ってったのは一部だ、なんとかなるよ。だから、オレ達が戻る前に……」
前方では、遠距離攻撃を抜けてきた子蜘蛛と前衛部隊の闘いが始まっていた。今のところ食い止めてはいるが、すぐにヴェルベッタ達の力が必要になるだろう。
「あれを片付けといてくれよ。グラス、ビョーウも。ここは任せたぞ」
「で、ですが……」
「大丈夫。ちゃんと無事で帰ってくるから」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのでしたら」
「ふむ。お主のいい分にも一理あるの。よかろう。さっさと済ませてこい」
グラスはまだしも、ビョーウがごねなかったのは意外だった。
さっきから妙に機嫌がいいように見えるのと、何か関係があるんだろうか。
まぁ、すんなり納得してくれたなら、それに越したことはないけど。
「うん。よろしくね」
「いや、ちょっとま……!」
「いいでしょう。任せるわ」
「ヴェルベッタ! お前、何いってんだ!?」
「心配なのは分かるけど、できない事をできるなんていう子じゃないわ。でしょ? ルキト」
「はい!」
「しかしだな……」
「マリリアちゃんもいるんだし、三人ならなんとかしてくれるはずよ」
「…………」
「信用なさいな、ロメウ。ティラを信用したのと同じように、ね」
「……分かったよ」
空を見上げ、ロメウが大きく息を吐いた。顔と、真剣な眼差しをオレに向けてくる。
「男が一度口にしたんだ。できませんでしたは通らねぇ。必ず、全員で無事に帰って来い。いいな?」
「もちろんだ」
力強く頷いて請け負うと、ロメウが頷き返してきた。そして、混戦の様相を呈してきた戦場に顔を向けながら、気持ちを切り替えるようにいった。
「さて、んじゃあオレ達はあっちに参戦といくか」
「はい! 参りましょう!」
「虫ケラ相手に闘いも何もあったものではないが……まぁ、準備運動にはなるかのぅ」
「っしゃあ! 行くぜっ!!」
気合いの入った掛け声で、三人が同時に駆け出す。しかし、何故かヴェルベッタはついていかなかった。
不思議に思っていると、おもむろにこちらを向いて腰を落とした。指を組んだ両手が、身体の前で足場を作っている。
「ショートカットして行きなさいな、ルキト」
構えながら、背後を見上げるような仕草をする。ウィンクされ、いわんとしている事が分かった。
「え? いいんですか?」
「下からじゃ大変でしょ? 空なら邪魔もいないわ」
「分かりました! ありがとうございます!」
数歩下がって助走をつけた。飛び上がり、組まれた手に右足を乗せる。
「ぬううぅぅ……っ!!」
身体が持ち上げられるのに合わせて力を込めた。力強い掛け声が、豪快に響き渡る。
「おおぉりゃあああぁぁぁーーっ!!!」
ブオオォーー……ッッン!!!
ヴェルベッタが全身を大きく反り返らせた。背後に投げられる力を利用し、オレは大きく跳んだ。
「うっ……おっ……!!」
眼下に、繰り広げられる戦いが一望できた。
自力で跳んだ分を差し引いても、やっぱりヴェルベッタの怪力は尋常じゃない。人一人をここまで投げ飛ばせる細剣使いなんて、そうはいないだろう。
しかし、この作戦はありがたかった。なぜなら、どさくさに紛れて飛翔を使う事ができるからだ。
「どさくさ紛れついでだ。お土産も置いてくか」
子蜘蛛、冒険者、近衛隊。今や三者が入り乱れ、戦場は混戦になっている。あれなら、呪文の発動に気づかれる事もないだろう。
そんな希望的観測を持ちつつ、意識を集中した。詠唱を紡ぎ、魔力を高めていく。
「シルリオス・エ・ゼルザン・リリーザ! 雷鳴よ腕に抱け!」
古代語の一節で、頭上に八つの媒介用魔方陣が現れた。そこから発せられた雷が、爆ぜながらもう一層の巨大な魔方陣を描き出す。
パリッ……
パリ……パリ……
パリパリパリッ……!
「地のことごとくを穿ち、貫く、其は天帝の槍牙なり!」
パリパリ……バリッ!!
バリバリバリバリリリリリッッ……!!!
魔力に満ちた魔方陣の発する雷が空気を引き裂いた。
味方のいない子蜘蛛達の密集地点に狙いを定め、オレは呪文を発動した。
「雷導閃空槍!!!」
カッ……!!!
ピシャアアアァァァーーーッ!!
蠢く子蜘蛛達の頭上に、雷の槍が降り注ぐ。大地を抉った雷撃が爆散して広がり、周囲にまで甚大なダメージを与えていく。
ズギャギャギャギャギャアアアァァァァァァーーーッ!!!
もうもうと立ち込める土煙の中、亀裂のように地面を覆う雷撃が見て取れた。これで、子蜘蛛の大半は始末できただろう。
天災のような惨劇を前に親蜘蛛は固まっていた。気づかれる事なく、オレはそのまま巣穴に入った。
中に入ると、やはり通路はあちこちが崩れていた。
入口付近に姿がない所を見ると、子蜘蛛達は全て奥まで入りこんでいるんだろう。狭い通路を、足元に注意しながら走った。
しかし、少し進んで妙な事に気がついた。路を塞ぐ落石の一部が粉々に砕かれているのだ。
それも、ただ叩いて砕いたという感じではなかった。もっと細かい、それこそ、砂になるまで磨り潰したような破壊の跡だった。
「これは……マリリアの魔法か?」
疑問に思ったが、今はゆっくり考えている暇などない。岩を砕いて作られた路を、さらに奥に向かって走る。
やがて、視界が開けた。
見覚えのあるそこは、ラットレース達と闘ったあの空間だった。崩れた岩で正規ルートの入口付近は完全に塞がれ、広さ自体が全体の半分程になっている。
その奥、壁のように視界を遮る巨岩の向こうから、声と音が聞こえてくる。同時に、岩肌に張り付く子蜘蛛の姿も見て取れた。
まずは、マリリア達と合流した方がいい。
飛翔で上から見下ろすと、マリリアが結界で調査隊を守り、ティラが応戦している所だった。
「よし! 間に合った!」
ティラの周囲には、子蜘蛛の死骸がいくつも転がっていた。鮮やかな身のこなしで攻撃を避けつつ、また一匹仕止めた所だった。
とはいえ、やはりこちらにも相当の数が侵入してきている。まともに剣で闘っていてはきりがない。
「ならば、まともじゃない方法で駆除するとしようか」
剣を水平に構え、刀身に左手を添えた。集中し、詠唱を唱える。
「大気に臥する蒼乱の獣 目覚めて鋼に風刃を宿せ キル・イール・ヒウリー・イーロン……」
ゴッ……!!
ヒュオオォォォ~~……ッ!!
付与魔術が、直剣の刀身に風を纏わせる。それはすぐに流れる気流となり、真空の刃と化していった。
ビュオッ……!!
オオオオオォォォォォーー……ッッ!!
「風牙……」
飛翔を解き、身体が落下する勢いごと掲げた直剣を振り下ろした。
吹き荒れる魔獣の蒼牙が、子蜘蛛達に襲いかかる。
ボッッ!!
「繚乱!!!」
ヒュザザザザザザザザザザザザッッ……ッンン……!!!
「!!!?」
ブオオォ……ォォォッッ……!!
一振りで、ティラの周辺にいた子蜘蛛達がバラバラになって落ちた。
続けて、結界に向かって真空の刃を飛ばす。
「シッ!!!」
ボボボボボッッ……!!
ザザザザザザザザシュッ……!!!
「!!!??」
……ンンンッッ……!!
「助けに来たぞマリリア」
「ルキトおおぉぉぉ~~っ!!」
結界にへばりついていた子蜘蛛の死体が滑り落ちると、マリリアの背後からも歓喜の声が聞こえてきた。壁際に身を寄せあっている調査隊は、見た所、大きな怪我はなさそうだった。
「ルキトさん!」
「怪我はありませんか、ティラさん」
「はい、大丈夫です」
「間に合って良かった。子蜘蛛がこっちに入っていった時は、あせりましたよ」
「あの蜘蛛達は、まさか……」
「ゴライアス・デスマスクの子です。氷雪の杖で攻撃したら、産んだんです」
「迂闊でした。そのような能力があったなんて……」
「ヤツは普通じゃない。考えなしに闘っても、倒すのは無理です」
「分かりました。後程、改めて討伐作戦を立案しましょう。しかし、その前にアレをなんとかしなければなりませんね」
周囲にいた分は始末できたものの、それでもまだうじゃうじゃといる子蜘蛛達が、こちらを睨んで蠢いている。
調査隊の事を考えると、追われながら逃げ切るのは難しいだろう。
「全部始末しましょう。オレ達だけならともかく、あれだけの人数を守りながらじゃ突破できそうにありません」
「承知しました」
躊躇なく答えたティラが、両手の武器を構えて前に出る。
その横に並び立ち、オレは直剣を握り直した。




