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99・トランスポーター

「悪いな。遅くなっちまったか」


 陽に焼けた顔をヴェルベッタに向けながらロメウがいった。台詞とは裏腹な、悪びれた様子のない口調だった。


「いえ、いいタイミングだったわ」


「そりゃ良かった。んじゃこれ、約束のお届け物だ」


 ドサッ!!


「ぐひゅっ!」


 乱暴に投げ出された袋から奇妙な声が漏れてくる。オレ達が驚く中、落ち着き払ってヴェルベッタがいった。


「ちょっとちょっと。もう少し丁寧に扱いなさいな」


「ギャアギャアうるさかったんで、眠らせてから袋に放りこんできたんだ。今ので目が覚めたろ」


「だからってこれ……他に何かなかったの?」


「そのまま担いできたんじゃ目立ってしょうがないからな。ま、気にしないでくれよ」


 肩をすくめるロメウに、ヴェルベッタが呆れの混じった笑みを返した。


「よ! また会ったな、ルキト」


 モゾモゾと動く袋を見ていると、陽気に声をかけられた。こちらに向けられた右目が、いたずらっ子のように細められている。


「なんで、あんたがここに?」


「いったろ。届け物だよ」


「それ、何が入って……」


「ぐぅ~……! う”うぅ~……!」


 袋の中身が人間だろう事は、皆にも分かったはずだ。

 そしてそれが誰なのか、オレはなんとなく予想がついていた。


「証拠だよ、証拠」


「証拠?」


「ああ」


 ロメウが頷いた。

 そして、口を結ぶ紐を解いた袋を、勢いよく上に引っ張りあげた。


「夕べの騒ぎの……なぁ!」


 ズルッ……


「!!??」


 ゴドンッ!!


「ぐう”うぅぅぅ~~……っ!!」


 頭から床に落とされたのは、包帯まみれの人間だった。

 猿ぐつわを噛まされ、両手足はしっかりと縛られている。


「これは……」


 ヒューバーが片膝をつき、悶絶しているその人物を覗き込んだ。

 ぐるぐる巻きにされた包帯の隙間、僅かに見える顔を確かめると、大きく目を見開いた。


「ザ……ザーブラ……!!」


「ん”ん”ん~~っ!!」


 くねくねと身を捩りながら、ザーブラが苦悶の表情で応える。

 必死で何かをいっているようだったが、猿ぐつわを噛まされた口から出てくるのはくぐもった呻き声だけだった。


「……どういう事ですか、これは」


 ロメウに目を向け、ヒューバーが押し殺した声を出した。

 しかし、問われた本人はというと、いたってのんびりとしている。


「あれ? 説明されてなかったのか?」


「説明ですって?」


「事件のだよ」


「ルキトさんから経緯は聞きました」


「だったら分かんだろ。こいつを絞り上げて吐かせりゃ、一件落着だ」


「なぜ、あなたがザーブラを……?」


「頼まれたからさ」


 誰に、と聞く必要はなかった。ヴェルベッタの表情が言外に語っていたからだ。

 ヒューバーが口を開こうとする前に、屈みこみながらロメウがいった。


「まぁ、色々と喋ってもらうには死なれちゃ困るってんで、治療して運んできてくれっていわれてな。ちっと薄汚なくなっちまってるが、話はできるからよ」


 引きむしるように猿ぐつわを外す。

 途端に、ザーブラが喚き始めた。


「いいぃぃぃっ……!! いだいいだいいだいいいぃぃ~~っっ!!!」


「ザ、ザーブラ殿……」


「が、がらだがっ……! っっぐあぁっ……!! あ“あ”ぁ~~っ!!」


「あれ? 痛み止めが切れちまったか」


 見下ろしていたロメウが、意外そうにいった。腰に手をやり、顔をしかめてため息をつく。


「あのヤブ……一日くらいは大丈夫だっていったじゃねぇか……」


「きき、貴様らっ! 何をぼさっとしてるのですっ! は、早く……治療をっ……!!」


「うるっせぇなぁ、ったく。えぇ~っと……」


 苦痛の声を上げるザーブラを尻目に、ロメウが懐を探り始めた。

 しかし、目当ての物がなかったのか、今度はベルトに下げた革袋に手を突っ込んだ。


「いけね。どこやっちまった? ん~……あぁ、あったあった」


 取り出した手から、細い針のような物が覗いていた。それを、無造作にザーブラの右肩へ突き刺す。

 この世界の注射器なんだろう。親指で底を押し込み、中に入っている恐らくは鎮痛剤を体内へ注入している。

 すぐに効果は現れた。

 大人しくなったザーブラは、肩で息をし始めた。


「ぐっ……くはぁ……はぁ、はぁ……はぁ……っ!」


「これでよし、と。じゃあ自警団の旦那、後は任せたぜ。洗いざらいウタわせてやってくれや」


「ぐくっ……そぅ……貴様ぁ……ふ、ふざけた真似をぉぉ……!!」


「おいおい。助けてもらっといてそりゃねぇだろ」


「何が助けたですか! 怪我人を殴りつけて気絶させるなど言語道断です! あまつさえ、こんな所まで連れてくるなど非常識にも程がありますっ! わたしが誰か分かっているのですかっ!!」


「元気みてぇで何よりだ。その調子で、せいぜい事件解決に協力してやるこったな」


 ザーブラの剣幕を意にも介さず、ロメウが顎をしゃくる。

 バトンを渡されたヒューバーが、わずかに困惑した表情を浮かべた。

 しかし、すぐに気を取り直したかのように事務的な口調でいった。


「ザーブラ殿。昨夜の件でお伺いしたい事があります。申し訳ありませんが、本部までご同行願います」


「同行ですって? 何故わたしがそんな扱いをされなければいけないのですか!」


「重大事件の容疑がかかっているからです。非合法薬物の不法所持、不法投与、拉致監禁、暴行傷害、殺人、そして、国家反逆罪です」


 冷静な声で羅列された罪名に、ザーブラが言葉を失う。

 しかし、すぐに目を見開いた必死の形相で食ってかかった。


「ば、馬鹿な! 何を根拠にそんな根も葉もないいいがかりを!!」


「現場に立ち会った人物から、あなたの犯罪行為に関する証言を取ってあります。その真偽を確かめさせていただきたい」


「証言? そんなもの嘘に決まっているでしょう! どこの馬の骨とも分からない輩とわたしの言葉、どちらを信用するのですか!?」


「立場や肩書きは関係ありません。正しき者の(げん)をのみ、わたしは信用します」


 きっぱりといい切った言葉から、ヒューバーの矜持が見て取れた。

 意思の固さが分かったんだろう。さしものザーブラも、すぐには二の句を継げずにいた。

 だが、それで観念する潔さなど、持っているようなヤツじゃない。


「ヒュウゥ~バアァァァ~……! わたしにそんな口をきいてただで済むと思っているのですかあぁぁ~~……!!」


 自警団の団長を恫喝する奴隷商人――ザーブラが好き放題できた理由が、この台詞に集約されている。


「分かっていますよねえぇ……わたしの後ろに誰がいるのかはあぁぁ……!!」


「…………」


「ん? オレの事か?」


 悪あがきにヒューバーが顔をしかめていると、不意にロメウが口を出した。

 腕組みしながら見下ろす右目には、面白がっているような光が宿っている。


「はぁ? 何をいっているのですかあなたはっ!?」


「あぁ、いや、後ろにいるなんていうからよ、オレの事かなぁなんて思ってな。違ったか?」


「当たり前です! ふざけるんじゃありませんっ!!」


「ジョークだよ、ジョーク。そんなにキレんなって」


「くだらない冗談など聞いている暇はないんですよ!!」


「そりゃこっちも同じだ」


 ロメウの声が低くなった。

 ゆっくりとしゃがみ、ザーブラの目を覗き込む。


「テメェの能書きに付き合ってる暇はないんだよ。連行されるのが嫌だってんなら仕方ねぇ、ここで尋問を始めるか? ただしその場合、助っ人に協力してもらう事になるけどな」


「助っ人?」


「さっきいってた証人だよ」


 上げた目を、ロメウが向けてきた。

 オレは立ち上がり、床に転がるザーブラを見下ろした。


「!!!??」


 包帯と脂汗まみれの顔が一瞬で凍りついた。残った左目が、眼球が零れ落ちそうな程に見開かれている。


「なな、な……なんで……おおお前が、こ……ここ、こ、ここここに……!!??」


 机の向こうから現れたのは、人の姿をした悪夢――ザーブラの目にはそんな風に写っているんだろう。ソファの後ろを回って近づいていくと、不自由な身体で必死にもがき始めた。


「い”い”いぃぃぃ~~っ!! こここ来ないでっ! たた、た、たす、助けてっ、助けてえぇああぁぁぁ~~~っっ!!!!」


 這いずる芋虫の傍らでしゃがみこんだ。尚も足掻く肩を掴み、仰向けに転がした。


「どこに行く気だ?」


「やややややめてやめてやめて!! 許してください許してください許じでぐだざい“い”いぃぃぃ~~っっ!!」


「そんなにビビるなよ。たかが馬の骨相手だろ?」


「いい、いや、あれは、ああ、あの、うう、嘘です嘘です! 許してくださいっ!!」


「なんだ、嘘ついてんのはオレの方じゃなかったか?」


「そ、それ、は、ああ、あ……ああああぁ……の……っ……!!」


 ザーブラの全身が震え出した。カチカチと歯を鳴らす口の端からは、涎が垂れている。

 これ以上は追い込まない方が良さそうだった。やりすぎて、失禁でもされちゃかなわない。


「いいか。オレはもうお前と関わりたくない。だからこれ以上、何もしない。代わりに、お前がヒューバーさんに協力するんだ。何をすればいいかは分かるな?」


「ぁぐっ……! うっ……ううぅっ……」


「あれ? 教育が足りなかったか?」


「!!?」


 目を細めてそういっただけで、ザーブラがびくっと身体を震わせた。

 どうやら、教育(トラウマ)は十分に足りているようだ。


「はな、話します!分かりましたからっ! 話しますからあぁ~っ!! 」


「お前がやった事を、正直に、全部、洗いざらい話すんだ。もし嘘や隠し事でオレが疑われるような目にあったら、その時は…… 」


 ザーブラに顔を近づけた。小刻みに震える瞳を見据えながら、オレは静かにいった。


「再教育だ」


「!!!?」


「いいな?」


「ひぃっ! いひぃっ……! ひいいぃぃっ……!!」


 頭がどこかに飛んで行きそうな勢いで、ザーブラの首が何度も縦に動いた。この様子なら大丈夫だろう。

 顔を上げて目を合わせると、ロメウがニヤリと笑った。


「それでは、ザーブラの身柄を預からせていただきます」


 声をかけられたオレは、立ち上がって一歩下がった。ヒューバーが扉に向かい、軽くノックする。部下が顔を覗かせた。


「ザーブラ氏を連行する。怪我をしているので、担架と、運搬用に何人か呼んできてくれ」


「了解しました」


 走り去る部下の足音が遠ざかっていく。

 見送ったヒューバーが、踞って震えるザーブラに目を落とした。


「しかし、これは……少々やりすぎのようですね」


 まさか殺すつもりだったという訳にもいかない。

 返事に困っていると、軽い調子でロメウがいった。


「それだけしっかり教育したって事だろ」


「教育、ですか……」


「おかげであんたの仕事もはかどるってもんだし、ま、いいんじゃねぇか?」


「だと良いのですが」


「なんか、問題があるのか?」


「……この方が、本当に観念したのかどうか。正直、疑わしく思っています」


「あぁ……なるほどな」


 付き合いが長い分、良く分かっているんだろう。ザーブラが、ゴキブリ並みに諦めが悪い事を。

 こいつにとっては約束など、ハエの羽ほどの重さすらない。


「まぁ、こんだけ脅しときゃ大丈夫だろうよ。なぁ、ザーブラの旦那」


 呼び掛けに返事はなかった。

 耳に入っていないのか、はたまた、聞こえないフリをしているのか。

 ザーブラが、僅かに口の端を吊り上げたように見えた。


「……まさかとは思うが、だんまりを決め込もうってハラじゃねぇよな?」


「…………」


 やはり、反応はない。故意である事は明白だった。

 ロメウが、腹の底から絞り出したようなため息をついた。


「馬鹿だなテメェは。自白してりゃ、ちったぁ罪も軽くなったってのによ……」


 再び、懐から何かを取り出す。

 手にしていたのは、ボールペンくらいの細い棒だった。先端に、傘のような円形の筒がついている。


「それは……魔法道具(マジックアイテム)?」


「あぁ。先っぽにあるのはメルメスストーンだ」


「なんの魔力が込められてるの?」


「今教えてやる。効果発動(アクタベクト)


 ロメウがそういうと、筒の中から光が漏れてきた。

 と、同時に、何かが聞こえてくる。



『……察しの……り! 生産工場ですよっ! 可愛……イビィちゃん達のねぇっ!!』



「!!?」


 聞き間違えるはずもない。

 それは、あの忌まわしい奴隷城の地下室で交わした、悪夢の会話だった。


「これは……」


「音を吸収・再生できるアイテムだ。会話はバッチリ録音されてるぜ」


「なっ……!!???」


 身体を丸めたままピクリともしなかったザーブラが、バネ仕掛けのように頭を上げた。

 驚愕に塗りつぶされた顔は血の気が引いて、さながら蝋人形のように蒼白だった。


「なんですこ……ぐぁっ!!」


「黙って聞いてろ」


 背中を蹴りつけられ、ザーブラが再び悶絶し始めた。

 しかし、気にかける者は誰もいなかった。



『……けるなっ! 自分の欲望の為にいくつの命を奪ってきたんだ!!』


『さあぁ~? 分かりませんねぇ。使った餌と材料の数など、数えているはずがないでしょう?』


『餌……? 材料だと……?』


『そおぉですっ! 使ってあげたのですよっ! わたしの為に産まれてきた肉どものっ! 穴という穴を! 上から下まで! ぜえぇ~んぶねえぇっ! 知ってますかぁ? 意外となんでも入るんですよぉっ! 雌の肉穴にはねええぇぇ~~!!!』


『テ……メェ……』



 胸糞の悪い会話が室内に響き渡る。

 ロメウが汚物を見るような目をザーブラに向けている。

 耳を塞ぎたくなるような内容が、聞く者全ての眉間に深い皺を刻んでいる。



『裂けて使えなくなったら餌に! 使い物になるなら繁殖用の子宮に! リサイクルしてあげるのですよおぉっ!! どおぉ~です! 素晴らしい事業でしょうっ!!!』


『なら教えてあげましょう……国を()るんですよっ!!』


魔獣(こいつら)の大群がいれば国を落とせるじゃないですか! 王になるのですよ! この! ザーブラ様がねえぇっ!!!』


『見なさい! この強さを! 魔獣兵団を率いたわたしに敵などいないのですよおぉぉっ!!』



「……こう見えて、オレぁ慈悲深いんでな……」


 再生を止めたロメウが、独り言のようにいった。

 ヒューバーに向き直り、アイテムを差し出す。


「一応、最後のチャンスはやったんだが、無駄だったみてぇだ」


 受け取ったヒューバーが、手の中を見つめている。

 ややあって、目だけをロメウに向けた。


「どこで、これを?」


「あそこにいたのはルキトだけじゃなかった、ってこった」


「あなたもいたのですね?」


「ノーコメントだ」


「治療を頼まれただけではない。そもそも、ザーブラを連れ去った刺客があなただったのですか」


「それも、ノーコメントだ」


「……仕方ありません。では、本部まで……」


「おぉっと、そいつぁ勘弁してくれ。オレから引き出せるモンは何もねぇぜ」


「そういう訳にはいきません」


「固てぇ事いうなよ。貴重な情報を提供したんだ。それで良しとしとこうや」


「わたしに、規律違反をしろ、と?」


「そうじゃねぇって。うっかり見逃す事くらい、誰にでもあるだろ?」


「故意にするのは、うっかりとはいいません」


「だから! 固てぇ事いうなってん……」


「はい、ストップ」


 ヒートアップしそうだったやり取りを、ヴェルベッタが止めた。

 ヒューバーに目を向け、諭すように語りかける。


「あなたの立場は分かるけど、今回の所はそれで手を打ってちょうだい。取引材料としては十分でしょ?」


「ですが……」


「彼に協力してもらった理由はおいおい説明するから。少しややこしい話になるんで、それはまた別の機会に」


「…………」


「まずは、この件を片付けちゃいましょうよ。もし必要ならいってくれれば協力するわ。それまで、わたしに預けてちょうだい。ロメウと……ルキトを、ね」


「待ってください。ルキトさんもですか?」


「だって、話す事は全部話したじゃない。後はザーブラから自供を引き出すだけでしょ。何か問題ある?」


「いえ……それはそうなのですが……」


「こっそり逃がすなんて真似はしないから信用して。わたしはあなたのお姉さんでしょ?」


「…………」


「……お姉さん……?」


 何気なく出てきた言葉に、疑問符つきの呟きが漏れた。

 ロメウが耳打ちをしてくる。


「兄弟弟子なんだよ、あの二人」


「えっ! そうなの?」


「ああ」


「ヴェルベッタさんの師匠か……すげぇ気になる……」


「強烈だぜ。実力も、キャラもな」


 小声で話していると、ヒューバーが視線を向けてきた。オレとロメウの顔を交互に眺めた後、息を吐きながら肩の力を抜く。


「……仕方ありません……」


 堅物に見えるこの男も、『お姉さん』には叶わないらしい。僅かだが、表情が和らいだように見えた。


「お言葉に従いましょう」


「よろしい」


 ヴェルベッタが笑みを浮かべた。

 話がまとまったちょうどその時、ノックする音がした。

 扉の外では、別の二人に担架を持たせた先ほどの隊員が待っていた。

 さすがに観念したのか、担架に乗せられたザーブラは、一言も発しなかった。


「それでは、わたしはこれで失礼します。結果は後日報告にまいります」


「えぇ。後はよろしく」


「こちらこそ、お二人の事をよろしくお願いします、ヴェルベッタさん」


 ウィンクを返されたヒューバーが、一礼して部屋を出ていった。

 扉が閉まると、マリリアが目を輝かせた。


「さすがマスター! あの石頭を説得しちゃうなんて!」


「確かにちょっと固いけど、悪い子じゃないのよ」


「あの若さで自警団を率いているのだ。相応の厳格さは必要なのでしょう」


「なかなか、肝も座っておるようだったしのぅ」


 珍しいビョーウの褒め言葉に、グラスが小さく息をつく。


「むしろ、わたくしが肝を冷やしましたよ……」


「大袈裟なヤツじゃ。あのくらい、戯れに過ぎぬわ」


「お遊びで冷や汗かかされたんじゃ、たまったもんじゃないわね……」


 とりあえず、当面の問題は一段落。

 緩んだ空気の中、しかしオレには見過ごせない問題があった。


「やっぱり、あれはあんただったのか……」


 そう問いかけると皆の視線がこちらを向いた。

 ザーブラに従っていた影の刺客。

 その正体は――


「ヴェルベッタさんの、間者だったんだな」


 ロメウだったのだ。

 マリリアがいっていた『最小限の人員』の一人だった、という訳だ。


「なんだ、オレだって思ってたってのか?」


「そんな気がしてたよ」


 こちらの裏をかくような影の、掴み所のない闘い方を見ている内にチラつき出したのだ。てっきり、奴隷泥棒だと思っていたロメウの顔が。

 当初はただの勘でしかなかった。

 しかしそれは、マリリアと会って確信に変わった。


「まぁ……半分当たりで、半分外れ、ってとこだな……」


 頭をボリボリとかきながら、ロメウは言葉を濁した。


「協力者には違いない。だが、現場にゃあいなかったぜ」


「いなかった? でも、さっき……」


「いたのはお前だけじゃなかったっていっただけだ。オレがいたなんて一言もいってない」


「今さら隠す事もないと思うけどな」


「別に隠しちゃいないさ。本当にいなかったんだからな」


「…………」


 これだけ状況証拠があるにも関わらず、頑なに認めようとしない理由はなんなのか。

 探るような視線を向けると、ロメウが肩をすくめた。


「そんな目で見んなって」


「あんたじゃなかったら、誰なんだ?」


「オレが知ってるわけないだろう」


「そんなはずはないよな。ザーブラの治療を頼まれたんだろ?」


「本人から直接だなんていったか?」


「じゃあなにか。ザーブラを連れ去った影が一度誰かに預けて、その誰かに頼まれたってのか? 流石にそれは不自然だ」


「……参ったな……」


 ロメウが大きなため息をついた。

 オレのいっている事が間違っていないのは、言葉に詰まっているのを見れば明らかだった。


「本当にあんたじゃないってんなら、正体が誰なのか教えてくれよ。二度も襲撃されたんだ。知る権利くらいあるだろ?」


「そいつぁ確かにその通り……なんだけどよ……」


「分からないな。そうまでして認めないのはなんでだ? 今さら嘘をついても……」


「嘘じゃない」


「!!?」


 突然だった。ロメウとのやり取りが背後から遮られたのだ。

 その声に、驚愕した。


「彼のいっている事は、本当だ」


 聞き覚えのある合成音声のような声だったからだ。

 振り向いた先、立っていたのは仮面の刺客だった。

 束の間、言葉が出なかった。


「……そうか……」


 ようやく理解が追い付くと、目を見開いたままオレはいった。


「……あんただったのか……」


 ゆっくりと、ティラが仮面を外した。

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