表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
被告人、前へ  作者: 速水詩穂
11/14

被告人、前へ、3

 



 突然響いた悲鳴に振り向くと、二メートル先で女性が恐怖に頬を引きつらせて僕を見ていた。

 しまった。

 ぼんやりしているうちに太陽の角度が変わり、自分にも光が当たってしまっていた。僕はあわてて駆け出すと、近くの花壇の影に隠れた。心臓が痛い。頭まで届く脈の音は、体が正常に機能している証だった。

 証だった。親にもらった体がここにある。僕はここに生きている。間違いなく生きている。のに。

 僕は花壇の影でうずくまると、足音が過ぎ去るのを待った。未だ大きく脈打つ心臓に対して、息を潜めるのはつらいかと思ったが、なんのことない。そんなこと感じる間もなく、女性は過ぎ去った。

 大げさにかかとを鳴らす音だけが、やけに強く耳に残った。


 初夏だった。ようやく気温は安定したものの、雲の多い日が続く。そのまま梅雨入りしてしまいそうだ。

 はっとする。気がつくと景色が一様にオレンジに染まっていた。僕は目を細めると、光の浸食し始めた花壇を後にし、建物の壁をつたって影に向かった。

 ようやくこの時間が来た。僕は足早に歩を進めると、建物の裏側に出た。とあるアパートの敷地内、東側にある階段の下に、白い体を確認する。もはや周りのことを気にする余裕などなかった。僕ははじかれたように駆け寄ると、その体に触れた。ちょうど階段の裏、あおむけで倒れているのは、僕の姉だった。

 〈お姉ちゃん〉

 僕はもう二度と口を開くことのない姉に向かってつぶやいた。世間から見れば、ごくありふれたことに違いない。生まれてくるものに死に逝くもの。ただ、一度に生まれる数によって、命の比重に違いが出るのは理不尽だ。同じように悲しむものがいて、それは当前のことなのに。

 僕の姉は虫けらのように殺された。たった一瞬、光の下を通っただけで、毒ガスを浴びせられ、命からがら逃げ出した先、ここで力尽きたのだ。僕自身、姉の後に続こうとしていたが、つんざく悲鳴に驚いて一瞬ひるんだ。光と影のさかいを目の前に、僕はまだ影の中にいた。そうしてたった一瞬。たった一瞬が生死を分けた。それほどまでに「光」とは尊いものなのだろうか。たった一瞬の光が姉の命に相当するなら、それなら僕は一生分の闇を受け入れてやろうと決めた。

 〈お姉ちゃん〉

 僕はその白い腹を見やった。似た生き物はいるけれど、その腹はみな黒一色だった。僕と姉の腹は白く、三本の線が中央でクロスする文様をもっていた。足は細く、今は力なく投げ出されている。ああ




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ