開廷
言葉について。
思い出すのは端正な横顔。最前列。私はいつだって教室の隅からその姿を見上げていた。
〈言葉を使う、だなんておこがましい〉
身振り手振りを交えて、大の大人が訴える。
〈人類に次いで言葉が生まれたわけじゃない。言葉があったから人類が生まれたんだ。コミュニケーションなくして生きることのできない人類が、言葉によって生かされている人類が、「使う」だと。まるで道具のように〉
細く長い手足。先生は薄地の白いシャツがよく似合った。講義をする彼は、指揮者のようだった。
〈そうやって言葉を軽視するから、自動販売機がしゃべり出すなんて奇怪なことが起こるんだ〉
私にはオーケストラのよさが分からない。けれども、直にその演奏を聴くことができたなら、こんな衝撃を受けるのだろうか。私は一瞬で彼の虜になった。
先生は全身で話をする。外国の生徒を相手取る仰々しさで、その様子は一部生徒の間で宗教と呼ばれていた。
〈言葉に生かされていることを忘れるな〉
確かにある種、宗教かもしれない。彼の軸となっている哲学は、私がイメージしていた灰色の世界ではなく、もっと刺激的で、知れば知るほど輝きを増した。カリスマ、とはこういう人のことをいうのだろう。
『いつだって謙虚であれ。生まれた根っこを感じていろ』
先生の言葉は、そうして形を変えて、私の中にしみこんだ。
親愛なる先生へ。
あなたの意思を、一人でも多くの方に知っていただきたいのです。
おこがましくも私から告訴させていただきます。
『言葉を使う、と形容すること』
裁判は、ここから始まる。




