話したい
夏景帝が皇子、曹遊瑧には近頃悩みの種があった。
「あ、遊瑧さまー!」
遊瑧は未来の後宮に入る女性のご機嫌取りとして、各家にたまに訪れる。
そのなかでも紹家を訪れたときにそれは起きる。
今日も愛想笑いで紹家当主とその娘の翠華の機嫌を取り、そろそろお暇しようかと思い、回廊を歩いていると向かい側の回廊から大きな声で大きく手を振る少女が一人。
その声を聞くと何故だか凄く緊張するのだ。そして変に動悸が速くなる。
少女は今年の初春に俺が端女と貶した一つ下の紹家四の姫、紹玉蘭である。
あんな風に面と向かって女性を貶したことは今までなかった遊瑧にとって、あそこで素の自分をさらけ出したのは一生の不覚だった。
遊瑧にとって女性とは煩わしいもので、出来れば関わりたく無いのだ。なので、出来るだけ穏便に事を進めるために女性には紳士的でいることを心がけていた。
あんなことを言った手前、再びこの家に来て彼女と対面する事が正直嫌だったのだが、思いの外本人はケロリとしていた。
言われた直後は放心状態だったくせに…。短期間で何か自信に繋がるものでも出来たのか…?
「遊瑧さま、少し背が伸びましたね!」
俺の前まで走ってくると俺の側近である枴功が間に入った。
「おい小娘、皇太子殿下に馴れ馴れしくするな。分を弁えろ」
「な、何よ!わたくしと遊瑧さまのお話の邪魔しないで!」
「皇太子殿下が貴様と話すことなどない。消えろ」
「あ、挨拶とか世間話とかだけよ!そらもダメなわけ!?きっと遊瑧さまだってわたくしと話したいと思っているわ!」
「貴様の一方的な気持ちだ!殿下は話などしたくないんだよ!だいたいなんだその口の聞き方は!!」
近頃紹家に来るといつも同じやり取りを見る。
遊瑧的には別に玉蘭と会話しても構わないと思っているのだが、枴功的には駄目らしい。
暫くすると玉蘭は黙りこんでしまった。
今日も枴功の勝ちみたいだな。
よって今日も玉蘭と話す事は出来なかった。
「そこをどけ小娘」
俯いたまま回廊の端に寄った玉蘭を枴功は鼻で笑うと「お待たせして申し訳ありません」と言い俺を誘導した。
横を通りすぎるとき横目で彼女を見たが、暗い顔をして俯いたままだった。
「まったく、あの端女はいつもいつも…。殿下の事を好くなんて本当に身の程知らずですね。」
好く…?紹玉蘭が…俺を…?
「は、はあ!?そんなわけ無いだろうが!!…何で余を好きだと思ったんだ」
「だってあれだけ毎回毎回煩く「遊瑧さまー!」なんて言ってたら誰でも思いますよ」
そんなわけない…そんなわけないと思うのに………。
身体の中で沸き上がる感情が何なのか分からないけど………。
「…枴功!!余は忘れ物をしてきた!先に行っていろ!」
「え!?で、殿下!!!」
気づいたらもと来た道を走り出していた。
まだいるだろうか。
枴功…一方的な気持ちじゃ無いんだ…。
部屋の角を曲がり、先ほど彼女と会った回廊に辿りついたがそこに玉蘭の姿は既に無かった。
遊瑧はその場にしゃがみこみ溜息をついた。
どうしてこんなにも話したいと思うのだろう…。
どうしてこんなにも会いたいと思うのだろう…。
どうしてこんなに…彼女の事を考えてしまうのだろう…。