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後宮恋物語  作者: あいまいみー
第一章 出逢い
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私を生んで欲しかった


目が覚めると煩く聞こえていた雨の音は小降りになったのか心地よい雨音に変わっていた。


上等な布団に包まれていると分かったとき一瞬何があったのかと思ったが傍らに眠る小さな女のコを見たことによって思い出した。


「姫さま……」


頬を撫でていると、うっすらと可愛らしい目が開いた。


「あ!!黒烏!!起きてはダメよ!!まだ顔の腫れも引いてないわ!」


「大丈夫です。姫さまが手当てしてくれて大分楽になりました」


「そう…ならいいけど…。」


俺が笑うと安心したように、姫さまも笑ってくれた。


「これで来世はきっと傾国の美女になっているはずだわ!わたくし」


「傾国の美女って…」


そういえば四の姫の玉蘭さまは姉姫さまよりも劣った見た目を気にしていると聞いたことがある。


そんなことはないだろうに…。

俺からすれば十分に可愛らしい方だ。


何か言おうと思って口を開いたときに、荒々しい足音が部屋に近付いてきた。



「だ、旦那さま…姫さまは具合が悪いらしいのでお会いになるのは…」


「黙れ念珠!!あの馬鹿娘、罪人を匿っているのだろう」


扉の向こうでは念珠の必死で太清を止める声が聞こえるが、押し退けられたのかきゃっという小さな悲鳴の後にバンッと部屋の扉が開いた。


「…父上…」


「玉蘭!!貴様その男が刑罰を受けている最中であることを理解していて、自室に連れ込んだのか!!」


玉蘭の胸ぐらを掴み上げ酷く険しい顔つきの太清を黒烏は止めに入ろうとするが、



「そうです。この者は他の者の罪を被り罰を受けているといっていたので、わたくしの判断でここに寝かせています。真実に罰を受ける者ではないのに怪我をし、熱を出していましたので」


平然とそう言った玉蘭の目はまるで怒り狂っている父親を見下すようであった。


「愚鈍な小娘が!!親のやることにたてつくとはいい度胸だな!!」


バシンッと大きな音をたてて玉蘭は頬を叩かれ、その小さな身体は壁にぶつかった。

叩かれた衝撃で口内が切れたのか、口の端から細く筋をつくり血が流れていた。


「だ、旦那さま!お止めください!姫さまは何も悪くないのです!私が…」


「奴婢が私に申し出出来ると思っているのか!!」


ドガッと手当てされた頬を殴られ、黒烏は床に倒れた。


太清は倒れている玉瀾を何度も何度も蹴飛ばし、玉蘭はその痛みに堪えるように目を瞑りながら歯を食い縛っていた。


痛い………。


痛いよ……。


父上はたとえ姉上たちが同じような事をしても手をあげたりはしないだろう。

父上が私に手をあげるのは私には何も期待していないから…。

姉上たちのように楽器を上手く引けないし、麗筆でもない。気品もなければ、淑やかさもない。努力を重ねても並み程度にしかならない私は本当に出来が悪い。

いらない子だったのだ私は…。


気が済んだのか私を蹴るのを止めた父上は無惨に乱れた私の髪を鷲掴みし、私の顔を覗き混んできた。



「本当に醜い娘だ。紫瀾(しらん)から生まれたとは思えないほどにな」


紫瀾とは私の実の母親でこの人の妾だ。二年前にこの世を去ったけれど、別に悲しくなんてなかった。

母親とは名ばかりで私の世話などは全くしなかった。愛情などというものを紫蘭という女から感じたことはなかった。


今考えれば最初から終わっている人生じゃないか。

私の母親があの女で、父親がこの人の時点で。


愛なんて注がれていないのだから、自分と姉たちを比較するところから間違っていた。


きっと'あの人'がくれた優しさのせいで勘違いしたのね。


同じ土俵にたってもいないのに対抗心を燃やすなんて阿呆な私。



「…わたくし、父上の事大嫌いです」


強く睨み付けると、父上は私が言い返したのが意外だったのか少し驚いていた。


「構わん。私も貴様のような娘は嫌いだ。いや、要らなかった。」


やっぱり…。


こんな父親の側でこの先も生きていかなければならないのなら、いっそ死んでしまおうかな。

黒烏を助けてあげたんだし、私きっと今よりも幸せになれるわよね?


うっすらと開けた目には拳を振り上げる父上の姿が写った。


また殴られる!そう思って歯を食い縛ると、







「旦那さま」


入口で声がした。

視線を向けるとそこにいたのはこの屋敷の女主人である紹澪鮮が立っていた。


澪鮮は太清の正妻で玉瀾の上三人の姉と弟の母親である。


「…澪鮮(れいせん)か。出来の悪い娘の躾途中だ。用事なら後にしろ」


太清は澪鮮の言葉に止めていた拳を再び振り上げた。


「皇帝陛下より使者がいらっしゃっていますよ。早く行かなければ不敬になります。玉蘭の教育はわらわが行いますので」


太清は澪鮮に逆らうことは出来ない。澪鮮は今上陛下の姉で、降嫁により紹家に嫁いだ。

皇帝は姉である澪鮮をとても慕っていたため、澪鮮に害為すものがいれば、極刑は免れない程である。


チッと舌打ちをすると、太清は玉蘭の部屋から出ていった。


「姫さま!!」


黒烏はぐったりとする玉蘭を抱き上げて布団に寝かせた。

そこらじゅう痣だらけの身体を見ながら、自分の浅はかな行動が玉蘭に傷を与えたのだと悔やまれた。


「お前、傷はもう大丈夫ならここから消えなさい。」


肩にそっと置かれた手は澪鮮のものだった。


「で、ですが奥さま!姫さまは私のせいで…!!」


「だからと言ってお前に何が出来る。お前がいつまでもこの子といればまた要らぬ争いがおこるやもしれぬ。いいから、お前はもう舎に戻りなさい」


これ以上この子に近づくな。

そう言われているようだった。


黒烏は澪鮮の言われた通り玉蘭から離れ、舎に帰っていった。









「…ん…澪鮮さま…?」


「…玉蘭、起きたか」


「…どうして…ここに…」


「念珠が呼びに来たのじゃ。丁度旦那さまを捜していたときに」


「…父…上…は?」


「皇宮より使者が来てね、召されたから今は居ない」


「そっか…」


身体が動かない…どこもかしこも痛すぎる…

今までも殴るなどは沢山あったけど、ここまでではなかったな…。


「また無茶をしおったな。相変わらず馬鹿な娘じゃ。」


クスクス笑いながら私の頬に白い陶磁器のように綺麗な手を当てた。


「まったく…じゃじゃ馬も大概になされ。顔に傷が残ってしまえば嫁の貰い手を捜すのが難しくなるだろう」


「……お嫁になんて行けないわ…。こんな醜女誰が欲しいと言ってくれるの…。」



布団を被りながらそう言うと、優しく頭を撫でられた。


「今に玉蘭を娶りたいと言う男が沢山現れる。なんせ、わらわの自慢の娘じゃからのう」



育児を行わなかった実の母親の代わりに玉蘭にあらゆる事を教えてくれたのは澪鮮であった。

夫が他所でつくった愛人との娘であったとしても紹を名乗るのなら自分の子供だと言って、澪鮮は玉蘭を育てた。


紹家の人間で皮肉なことに一番玉蘭を大切にしてくれたのは血の繋がらないこの人だけだった。



「澪鮮さま…わたくしあれだけ折檻されたのに間違ったことをしたとはこれっぽっちも思っていないの…黒烏を助けたこと…」


身体中が軋んでいても黒烏を助けたことを後悔していない…。

あれだけの折檻をうけたのに…黒烏をあの雨のなかから救い出せて良かったと思ってる…。


「澪鮮さまが来なかったら、わたくし死んでたかもしれないのに…。ごめんなさい。自分で招いた事を自分で対処出来なくて…ごめんなさい…ごめんなさい」


怖かった……。蹴られているときの迫りくる腹部の痛み、振り上げられた男の太い腕。


涙混じりの謝罪にに澪鮮は微笑んだ。


「何故謝るの…わらわは嬉しいのよ?愛娘が慈悲の心を持ち、虐げられる弱き者を護ろうとしたことが…それを正義と思ってくれていることが…」


「澪鮮さま…」



ちらっと布団から顔を出すと優しい瞳が私を見つめていた。



この人に生んで欲しかった…私を…。

この人を姉たちのように母と呼びたかった…。


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