兄妹
レチナの商人から買った香辛料で灑崋はご飯を作るそうだ。
私もお手伝いしようと思い、調理場に行ったのだが、何故だか「座って待ってろ」と言われて追い出されてしまった。
「灑崋ってば、意地悪だと思わない?念珠。」
「灑崋さまは正しい判断をされたと思いますよ。姫さま。」
回廊で座り込んで口を尖らせながら玉蘭が言うと、澄ました顔の念珠が腕組しながらそう言った。
「何故!?」
「私も最初は姫さまは料理に不馴れなだけだと思って見ていましたが、あそこまで酷いと正直才能が無いようにしか思えませんでした。」
「そ、そんな事…!!無いとは…言えないかも……。」
「ご納得頂けましたか。ご自身を過大評価されていないようで良かったです。」
玉蘭はあれからもワンタン作りをずっと練習していた。
それこそ灑崋は料理に関してはかなりの腕なので、習っているのだが上達しているようには思われなかった。
挙げ句の果てには、「これはもう無理だ。諦めろ。」とまで言われた。
溜め息を吐いて庭園の池を見ていた。
この頃一気に気温が下がり息が白く見えるようになった。
冬はもう目の前である。
遊瑧さまはあの日から私の所に来なくなった。
意識的に避けているのは分かるし、その行動に私自身も助かっている。
正直何を話すべきか分からない……。
どういう意図でされた口付けなのか…。
私の中で勝手に夫婦であっても友人のような関係を築いていると考えていたが、そうでは無かったのだろうか……。
話し合うべきだと分かっていてもその気になれないのが今の私だった。
「失礼します。お伺いしたいことがあるのですが、嶺妃さまはこちらにいらっしゃいますか?」
ぼーとしていると、話しかけられ、そちらを向くと一人の少女が立っていた。
長い髪で顔が見えないためどのような面差しをしているかは分からないが、灑崋の声にとてもよく似ている気がした。
「嶺妃さまは今、調理場にいらっしゃいますけど、集中しているようで話しかけても聞こえませんよ。わたくしの方で用件を聞いときましょうか?」
「あ、えっと……大丈夫です!!失礼しました!!!」
怪しむように目を細めた玉蘭にビクビクする少女はそそくさと立ち去ろうとしたが、その行く手を念珠に遮られた。
「お待ちください。失礼ですが、お顔とお名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」
念珠の言葉に固まった少女がどうしようかとおろおろしていると、「おまたせー」とニコニコ顔の灑崋が現れた。
「いやー、食べたこと無いような味だけど、かなり美味しいの出来たわ。」
「あら、早く食べたいわ!」
ふと、誰かがいることに気づいた灑崋はその場で立ち止まり、焦った顔をしていた。
「あ、あら…?誰かいたのね?おほほほほ…。」
男のような言葉で話していたことを誤魔化すように笑う灑崋にその少女は突進し、抱きついた。
「灑崋……!!!」
「ぐえっ!!」
その少女を受け止めきれなかった灑崋はその場に尻餅をついてしまった。
念珠も玉蘭も突然の少女の行動に反応が遅れて、それを阻止出来なかった。
「ってーな!何だよ!!」
「灑崋…灑崋……!!!」
涙混じりの声と共に呟かれるその声に、うった尻を擦る手を止めた灑崋はゆっくりと少女の肩を掴み、自身から離した。
「…………嶺崋……。」
大きな目を丸くした灑崋は目の前で泣きじゃくる妹の姿に言葉を喪った。
最後に見たときよりも痩せ細り、美しいと絶賛されていた髪も以前ほどの艶を失っていた。
言葉では散々に言っていた灑崋だったが、そんな妹の姿に胸が締め付けられた。
「お前……どこ行ってたんだよ…。どれだけ心配したと思ってんだ……。」
ずっと両親に灑崋が「嶺崋を探せ」と言っていたのは自身が後宮から出たいということよりも、たった一人の妹が何よりも心配だったからであった。
世間を知らずに育てられ、甘やかされていた彼女が外の世界で無事に生活出来ているわけが無い。
どれだけ苦労をかけられても、灑崋にとって嶺崋は大切な妹だった。
強く嶺崋を抱き締めた灑崋は悲痛な声で何度も嶺崋の名前を呼んだ。
そんな灑崋の姿を見た玉蘭は酷く衝撃を受けていた。
「…………そっか…。灑崋は本当は……。」
小さくそう呟いた玉蘭には誰も気づかなかった。




