四阿のお茶会 後編
「門番からお前が来たと聞いてないが、どうやって入ったんだ。」
遊瑧が茶を啜りながら聞くと、茶菓子を頬張りながら覇匡はニコリと笑った。
「胡蝶と来たんだよ。まあ、あとは皇族の僕に、あんな見習い門番が逆らえるわけないからね!」
胡蝶という言葉に反応した遊瑧を玉蘭は不思議そうに見つめた。
「つか、俺こいつ見たことないんだけど、本当に王様の弟なわけ?」
机に肘をつきながら親指で覇匡を指す灑崋はも最早、覇匡を敵と見なしたようだった。
妃が後宮に入るための儀式である、『入宮の儀』が約一年半前に催されており、そのときに皇族は皆参加しなければならないという決まりがある。
玉蘭も参加したはしたが、隅の方で一人自分の食事をしていただけだったので、誰が参加しているかなどは分かっていなかった。
一方の灑崋はそのときに見た皇族の顔は覚えており、その中に覇匡がいた記憶はなかったのだ。
「『入宮の儀』の時は熱を出していたので、参加しなかったんです。僕は死んでも行きたかったんですけど、兄上に部屋の扉を杭で打たれ、閉じ込められてしまったので、行けなかったんです。」
「何でそこまでして行こうとしてんだよ……。」
「え!だって!お姉さんみたいなすっごく綺麗な女の人が一気に集まってる宴なんですよ!!僕も今年で十歳になったし、男児たるもの、女遊びの一つや二つ覚えておかないと、後々困りますからね!」
「いや、お前その歳で女遊びしようとしてたのかよ……。しかも、兄貴の女でとか、マジ引くわー……。」
どん引いている灑崋の言いたいことはもっともなのだが、彼も彼で「女は胸」とばっかり言っていて、玉蘭を引かしているため、人のことは言えないのである。
苦笑いしながらお茶を啜り、玉蘭は思った。
うちの可愛い興暿がそんなこと言ったら、わたくし、倒れてしまいそうだわ……。
男児たるもの、誠実かつ、紳士的に女性へ近づくべきだわ。
それはそれとして、玉蘭はチラリと隣に座る遊瑧に視線を移した。
どういう状況なのか、彼は私の手をずっと握っているのだ。
しかも他の二人に見えないよう、机の下で……。
時々、こうして分からない行動をするから戸惑ってしまう。
「ところで、お姉さんは二胡がお上手なんですよね?」
キラキラと目を輝かせながら灑崋の手を掴んだ覇匡だったが、その手を思いっきり払われ、塵をみるような目で見下ろされていた。
「男が俺に触んな。特にガキは嫌いなんだよ!!お前みたいに話の通じない奴ばっかだからな!」
「僕はお姉さんの二胡を聴かないと死んでしまいます。お願いです。弾いてください。」
「ほら、既に会話出来てねーよ!!帰れよもう!!」
何を見せられているのかしら……。
止めないのかな?と思い、また隣をチラリと見上げると遊瑧は退屈そうに茶器の縁を指先で撫でていた。
場所を移動しただけで、無法地帯なのは変わらないということか……。
「つーか!俺は二胡なんか弾けないわ!!そういうことならそこにいる鈴妃に頼め!!」
「え!!??兄上の寵妃は二胡が上手いと聴いたのに、違うのですか!!??」
「俺は寵妃じゃねーよ!寵愛を受けてるのは鈴妃の方だ!!」
や、やめてくれ……。
寵愛を受けていると決まったわけでは無いのに、遊瑧さまの前でそんなことを言っては、勘違い女として、また仲が悪くなってしまいそうだ……。
怖くてもう、隣を見れない……。
「え………………、この醜女さんが寵妃……?え、というか、お姉さんの侍女か何かなのかと思ってました。」
「醜女っつーな!!美人だろーが!!つーか、さっき鈴妃ってちゃんと自己紹介してただろうが!!」
「あ、すみません。僕の耳と目は美しい見た目のもの以外受け付けないので。」
「てめーの性格が一番汚ねーよ。」
どう反応していいのか困る二人のやり取りに、入っていけない玉蘭は黙りを決め込むことになってしまった。
すると…………………
「覇匡、余の寵妃は醜女ではないぞ。」
思わぬ言葉が出たことに、その場にいる誰もが遊瑧を凝視した。
今……なんて言った……?
寵妃…………?
大きな目を見開く玉蘭に遊瑧は優しく微笑んだ。
うっかりすると男でも惚れてしまいそうになるその笑みに玉蘭も頬が熱くなるのを感じた。
「彼女の二胡は他の者に聴かせない事にしたんだ。諦めて、帰れ。」
愛しそうに玉蘭の垂れ髪を掬うと、そこに口付けた遊瑧に、覇匡はバンッ!!と音を立てて立ち上がった。
「あ、兄上のように美しい者にはもっと美しい者が似合いますよ!!何故その女!?」
「別にいいじゃねーかよ。兄貴がどんな奴を好きになろーがよ。」
「お姉さんなら僕だって納得しますよ!!天女のようにお美しいのだから!!!でもそこの女は胸以外になんの取り柄も無いような女なんですよ!!」
「おい!!クソガキ!!聞き捨てならねーな!てめー、乳の良さも分からず女遊びしようとしてたのか!?そんなクソガキは生まれる前からやり直してこい!!」
自分の事に言われているのは分かるのだが、今は目の前の色気たっぷりの遊瑧さまだけで、手一杯なの!!!!
「おい!!醜女!!僕の美しい兄上に惚れたりしたら、お前の胴についてるそのでかい脂肪の塊を削ぐからな!!」
「鈴妃の乳が削がれる前に、てめーの下のヤツ切り落としてやるからな!!」
もう、会話の次元が低すぎて困る……。
「玉蘭。」
「は!はい……!」
初めてじゃない?
遊瑧さまが私をそう呼ぶの……。
いつも「醜女」だとか、「お前」だから名前忘れているんじゃないかと少し思っていた。
「ここは騒がしいから、部屋に行くか。どうせ、こいつらの話に終わりなど無いだろうからな。」
「は、はぁ……。」
手を引かれて立ち上がるとガシッと強く肩を掴まれた。
「ちょっと!!醜女さん!!何、僕の話無視してるわけ!?」
齢十の少年とは思えない程の剣幕に、冷や汗をダラダラとかいてあたふたしていると、肩を掴む覇匡の手を遊瑧は払った。
「覇匡、余の寵妃に触るな。」
「あ、兄上……。」
「お前にはそこの玩具を置いてってやるから、遊んでろ。」
そこと指されたのは勿論灑崋で、額に青筋が浮かんでいた。
「あのよぉ~、王様。俺にこのガキのお守りをしろっつってんのか!?冗談じゃねーぞ!!」
「僕はお姉さんがイケない事を色々と教えてくれるなら、あの醜女さんのことは今日は諦めてあげるよ。」
「何で、てめー上から目線なんだよ。シバかれてーのか。」
「じゃあ、頼んだぞ嶺妃殿。」
「あ、おい!王様!!」
それだけ言うと遊瑧は玉蘭の手を引き、邸の中に入っていった。
「さぁ、お姉さん!思う存分僕にその溜まりに溜まった欲望を解き放っていいよ!」
「俺の溜まった欲望は男にどうにか出来るもんじゃねーんだよ。失せろ。」
「えー!やだやだ!!イケないことしてよー!!!」
「知らねーよ!!つか、帰れ!!」
腰に抱きついてきた覇匡を力の限りひっぺがそうとする灑崋の頸もとにひんやりとした何かが当たった。
ビクッとなり、固まると、後ろにいつの間にか誰かが立っていたようで、頸に刃物を当てられていることに気がついた。
「貴様、覇匡さまになんたる無礼を働いている。女と言えど、許されると思うな。」
「あ、胡蝶!!」
後ろに立つ人物に気がついた覇匡は灑崋から離れ、その人物に抱き付いた。
「もう、胡蝶!どこ行ってたんだよ!迷子になるなってあれだけ言っただろ!」
「申し訳ありません。覇匡さま。」
明らかに最初見た様子だとこのガキが迷子になっていたとしか思えないんだが……。
「あ、お姉さん!これが胡蝶だよ!僕の隠密!」
目の前に立つ女は左目に眼帯をしており、肩までの短い白髪で、俺と同じぐらいの年頃に見えた。
胡蝶ね……。その名前が似合うほどに妖艶で儚げな女だと思った。
「覇匡さま、この方は?」
「この人はお姉さんだよ!」
「………………。」
頑なに名乗らなかったのは俺だしな……。
「こんにちは。嶺妃です。」
先程までの汚い声色と言葉が嘘と思えるほど、丁寧で透き通る声で挨拶した。
「嶺妃!?じゃあ、お姉さんが按嶺崋!?あ、この前の涼の宴の時に嶺妃様を見た官僚たちが口々に「惚れた」って言ってたよ!そっか~!確かにこの美貌は惚れるよね!うんうん!!」
「弟君様?そろそろそのうるさい口を閉じないとボロ雑巾突っ込みますよ?」
覇匡が明るいキラキラしたオーラを送る一方、灑崋は地獄からの遣いなのではと思わせるほど禍々しいオーラを放ちながら笑っていた。
`妃´という言葉に反応した胡蝶はその場にしゃがみ、頭を下げた。
「申し訳ありません。まさか、お妃さまだとは存ぜず、失礼をいたしました。」
「この格好してて他に何だと思ったのかしら。」
「…侍女の方かと……。」
どの程度の上等な着物かどうかを判断出来ないということは、かなり低い身分の者だったんだろうな。
灑崋はニコリと笑った。
「いいのよ。その代わりそこのガ…弟君様をお連れして王宮に帰って下さる?」
「えー!僕まだお姉さんから何にも教わってないよ!!」
「黙れやクソガキ。何かを教えてやる義理なんて俺にはねーんだよ。」
「……。(嶺妃さまの素はこちらなのかしら…)」
「それじゃあね。とーっても不快な時間をありがとう。」
そう言うと灑崋は邸に入っていった。
「あー、お姉さん行っちゃったよー。」
「覇匡さま、もう帰りましょう。公主さま方におやつを取られてしまいますよ。」
「は!!!!それはいかん!!!早く帰ろう!胡蝶!!」
「はい!!」
こうして暇をもて余した弟君の後宮訪問は幕を閉じた。
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