箱の中身
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あの涼の宴の日を境に玉蘭の生活は一変した。
肌に触れる風が秋に近づくのを感じながら、玉蘭は二胡を弾いていた。
うっすら目を開ければ、窓から月を見上げる夫の姿がそこにあった。
あの日から遊瑧は夜になると玉蘭の部屋を訪れるようになった。
後宮勤めの侍女たちは「寵妃さま」と玉蘭を呼ぶようになり、寵妃の交代が密かに囁かれていた。
灑崋はその事を何とも思っていないようで、逆に遊瑧と玉蘭の仲が善くなったことを喜んでいた。
灑崋とは違い、歴とした女である玉蘭は当然進御すると思っていたのだが、遊瑧は特に何もすることは無く、ただこうして二胡を聴いているだけである。
彼は私の事を嫌っていたのにどうしたのだろうかと思ったが、そこを敢えて聴くとまた怒られてしまうのではと恐くて聞けなかった。
二胡の演奏が終わると暫く談笑し、遊瑧は自身の部屋に帰った。
ふうと溜め息を吐いた玉蘭は胸に手を当てた。
彼といると緊張する。
何が彼の勘に障るのか分からないから、言葉選びも気をつけないと……。
しんっと静まりかえった部屋で玉蘭は本棚に近寄った。
首から紐で下げていた糸を着物から出すと、先には小さな鍵がついており、それを木箱の穴に挿し込み蓋を開けて中のものを取り出した。
手に持たれたそれは、誕生日に貰ったあの日から大切にしている簪だ。
彼は今どうしているだろうか……。
思い出さない日などないほどに、今も彼を愛している。
黒烏……。
風の噂で聴いた、紹家であった事件に黒烏は関わっていたそうだ。
幸い、彼自信は無事だったようだけど……。
心配で仕方ない……。
こんなとき…彼を側で支えてあげられたらどんなにいいか……。
届かない距離にいることがこんなに歯痒いなんて……。
玉蘭は簪を持ったまま机に向かい、墨をおろすと毎日の日課にしている日記を書き始めた。
もう日記も3冊目になった。
ここに来てから日記を書くことで今の自分を保ってきた。
ただここで息をするだけの人生を送っている私にとってこの行為は慰めのようなものなのだ。
いつか彼がまた私に逢いに来てくれることだけを夢見て……。
大して代わり映えのしない日々だけど、彼は笑って聴いてくれると思う。
「姫さま、まだ起きていたんですね。」
「もう、寝るわ。」
「主上は今夜とお帰りになられたのですか?」
「ええ。」
私の言葉に念珠は「そうですか」と答えると、机に置いてある書物を本棚にしまい始めた。
「あ、それ……。」
「また、夜通し読もうとしていたのでしょ。駄目ですよ。先月だって、それで体調崩したんですからね。」
「うぅ……。」
何も言い返せないのは、彼女の言うことがもっともだからだ。
この後宮に来てから決して悪い事ばかりでは無かった。
書庫に行けば沢山の異国の書物があり、勉強も捗る。
そして、何より灑崋という友人が出来たのが最も私にとって喜ばしい事だった。
ひょんなことから彼の秘密を知ったが、結果として仲良く出来ているのは、彼がとても優しい人だからだと分かっている。
それに、あまり詳しいことは聞かないけど苦労人っぽい……。
日記を書き終えた玉蘭は簪を箱に仕舞い、鍵をかけた。
寝台に横たわり、静かに目を閉じた。




