密告
「なぁ、拐功ってどんな奴か知ってるか?」
月見酒を楽しみながら隣の鈴妃に聞いてみると、少し頬を火照らせた彼女の瞳に俺が映った。
「なぜ?」
「王様の側近だってのは知ってんだけど、それ以外はな~と思って、話したことも無いし。」
鈴妃はうーん…と考え込み、話し始めた。
「拐功殿は、昔から遊瑧さまの側にいて、わたくしが彼と関わる事を酷く嫌がっていたわ。」
空になったお猪口に透明な液体を注ぎ入れ、少し口に含ませた彼女は、溜め息を吐いた。
「遊瑧さまと歳もあまり変わらないから、兄弟のように思っているのかもしれないわね。でも、臣下であることは変わりないから、その辺もしっかりと弁えている方よ。」
「兄弟ね……。」
「それで?実際どうして拐功殿のことが気になったの?」
酒のつまみとして持ってきた、干物をかじりながらそう聞かれ、俺はあの事を言おうかどうか迷った。
「拐功が王様を裏切ることがあると思うか?」
俺がそう言うと、ぶっと吹き出した鈴妃は大笑いしだした。
「多分だけど、この國でもっとも遊瑧さまを裏切らないのは拐功殿だと思うわ。」
「なんで。」
「兄弟のように思っている方をあなたは裏切れる?」
「兄妹?裏切れるけど。」
俺の顔を見た鈴妃は苦笑いし、「貴方の場合は特殊だったわね」と言った。
「拐功殿は遊瑧さまを慕っているのよ。」
「し、慕ってって…まさか…!!」
「あ、恋愛的な意味ではないわよ?主君として誰よりも忠誠を誓っているということ。遊瑧さまの事を尊敬しているのよ。彼の為なら、何だってするでしょうね。」
「私が見てきた拐功殿はそういう人よ」と言った鈴妃はお猪口に残った酒を一気に煽った。
「拐功殿はわたくしを嫌っているけれど、わたくしは結構彼の事が好きなのよね。」
「多情な女だな…。」
「違うわよ。人として好きなのよ。尊敬すべき所が沢山あるもの。それに男として愛しているのは黒烏だけよ。」
「はいはい。いちいち惚気ぶっこんでくんな。」
「何よ。冷たいわね。幸せのお裾分けをしてあげようと思ったのに。」
「生憎、他人の色恋に幸せを感じる優しい心の持ち主じゃないんでね。」
「あら、可哀想に。貧しい心の持ち主だこと。」
お互い目を合わせどちらからともなく笑い出してしまった。
他愛ないことで笑い合うこの時間が結構好きなのはきっと俺だけじゃないと思う。
別に不幸な家に生まれた訳じゃない(嶺崋という妹がいたことは不幸だった)が、こんな風にゆっくりと時間が過ぎていく感覚が気持ちがよかった。
部屋に戻り、嫁入り道具を入れた箱から剣を取り出した。
最近振っていないから、かなり筋力が落ちたな。
動きが鈍い。
「何だ。我妃は殺したい相手でもいるのか。」
入り口で突然声がして驚いた俺は自分の足に剣を落としそうになった。
「驚かすなよ。王様。」
「愛妃の顔を見に来てみれば物騒なものを振り回しているのでな。それで、誰を殺りたいんだ?」
ニコニコと俺に甘い微笑みを向ける奴の腹黒さときたら…。
俺はひとつ溜め息を吐き出すと鞘に剣を戻した。
「別に。誰も。ただ、身体が鈍った感覚がして嫌だっただけだ。」
「そうか。嫌がらせしてくる他の妃でもいるなら処刑してやるぞ。愛する嶺妃のためなら。」
「物騒なのはあんたの方だよ。あと、愛とかキモいからやめろ。」
俺は妹以上に嫌いな女ってのはいないから、殺りたい女なんて今のところいねーよ。
この世の誰よりも妹が嫌いだからな。
「酒の匂いがする。飲んだのか。」
俺に近寄ってきた王様が不意にそう言った。
「さっきな。月見酒をしてたんだ。」
「あいつとか…?」
こちらに視線を向けず、聞いてくる辺り、そこを気にしているのが自分でも恥ずかしいんだろうな。
「まあな。」
「お前、本気で惚れてるんじゃないだろうな。」
疑いの眼差しが刺さり、げんなりしそうになる。
「安心しろよ。俺は巨乳好きだけど、あいつとは友達以上になりたいとか思わねーから。」
「別に心配なんてしていない。」
つーん、と言った王様の表情は何処と無く安堵が窺えた。
拐功のことを言った方がいいかは正直まだ迷っている。
もしかしたら王様自信が拐功に命令して何かやらせているのかもしれないし…。
どちらにしろ、言うに越したことはないかな…。
「あのさ、拐功って最近なんか変じゃねーか?」
俺の発言に王様は一瞬驚いた顔をしたが、そのあと少し考え込むように顎を指で掴んだ。
「この前、後宮の内庭であいつが変な奴と話してんのを見たんだよ。そんでもって、話していた所にはいかにも何か隠蔽しましたって跡があったし。」
拐功が裏切る可能性は低い、そう思っているから考えているのは分かる。
だが、小さな滴が波紋を描き、やがて全てに影響を与えるように、小さな疑いを見逃せば、やがて大きな代償を支払いかねない事態になる事もある。
この一年、この男が皇帝となり、國は貧困に苦しむ事がなくなる程に潤った。
凄まじい経済発展と国土拡大は今までに類を見ない程だと宰相が言っていた。
こんな世がいつまでも続けばと、誰もが思った。
だから不穏分子は叩き出して、白昼にさらされなければならない。
「わかった。この事は他言するな。」
王様の真剣な顔に俺は頷き、拝礼した。
お久しぶりです。




