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後宮恋物語  作者: あいまいみー
第二章 後宮での日々
36/59

追憶


『君、そこで何を売っているんだい?』


草鞋(わらじ)です……。御一ついかがですか?お兄さん。』



少年は虚ろな目で前に立つ小綺麗な青年に草鞋を持ち上げて見せた。


青年はしゃがみ、少年と目線を合わせた。


『随分と汚い格好をしているが、なかなかの上玉じゃないか。』


まるで値踏みをするように顎を掴まれ、ジロジロと見られる。


『あ、あの…………。』


『君、金が欲しくない?』


その言葉に少年は大きな目を見開き、しっかりと目の前の彼を捉えた。


ふっと笑った青年はガシリと少年の腕を掴んだ。


『草鞋はいらない。代わりに、君を買おうかな。』



腕を引かれ、立たされると近くに停まっていた車に無理やり押し込まれ、すぐにその場から動き出した。


『どこに行くんですか…。』


『良いところだよ。きっと君を幸せにしてくれる。』


不気味なその雰囲気の漂う青年に恐怖を感じた少年は扉を開けて降りようとしたが、



『おや、ダメだよ。怪我をされたら商品にならなくなるだろ。』


『嫌だ!!誰か!!誰か助けて!!』



必死で助けを求め声を張り上げたが、口を布で塞がれ、徐々に意識が遠退いていく。



薄れ行く意識の中で、不適に笑う青年の顔がとても恐ろしく見えた。



――――――――――――――――――――

――――――――――――――



悪夢に目を覚ました黒烏は額を流れる冷汗を拭い、両膝を抱えた。




「どした……?」



寝ぼけ眼の彗翔が目を擦りながら起きた。



「何でもない……。少し水を飲んでくる…。」


「…………あっそ。」






井戸から水を汲み上げ、頭からかぶった。


気持ち悪い……。



吐き気がする……。



終わったんだと分かっていても、俺は未だに……。


震える身体を両腕で抱き締めた。






「水飲むのに失敗したのか。ビショビショだぞ。」


後ろから声がして、すぐに彗翔だと分かった。


「ほら。手拭い。ったく……夜中に水浴びでもしたくなったって、っうぉい!!!」


渡された手拭いを手に取りすぐに投げつけた。


「人の善意を無駄にするなんて…!!!絶交だ!!お前とは絶交してやる!!」


「好きにしろ。煩いからどっか行け。」



鼻息荒く去って行こうとする彗翔は数歩歩いては振り返り、数歩歩いては振り返りを繰り返す。


「ほ、本当に絶交するぞ!!」


「好きにしろと言っているだろ。」


「本当に本当なんだからな!!」


「…………。」


面倒な奴だ……。いったい何歳になるんだよ…。


煩いからさっさとどっか行け……。



俺の方から声をかけるのを待っているのは分かっている。


だから敢えて声をかけない。





暫くして、俺の態度が変わらないことが分かったのか、彗翔は観念して戻ってきた。




「なぁ、何をそんなイラついてるわけ?」


「…………。」


「お前、酷くうなされてたぞ。また、昔の夢でも見たんだろ。」



彗翔は俺の過去を断片的に知っている。






彗翔の家は黄仙の中では金持ちの分類に入る家だった。

俺とは天と地ほど違う生活をしていたが、活発で差別なく人を平等に見る性格の彗翔は家を飛び出しては近所の同い年ぐらいの子供とよく遊んでいた。


俺もその中の一人だった。




ある日俺がいなくなったと妹に言われた彗翔は、何日も村中を探し回ってくれていた時期があったらしい。



久しぶりに家に戻った時に俺は彗翔にぶん殴られた。



『……ってーな…。何すんだよ…。』



俺の睨みに少しも狼狽えず、奴はしゃがみこむと俺を抱き締めた。



『ごめん…黒烏…ごめん……。』



俺の変わりように何かを察したのか、彗翔は涙を流しながらそれだけ何度も繰り返し言っていた。







「昼間、旦那様に言われた事が引っ掛かってるからそんな夢を見るんだ。」


「…………。」


「李のおっさんと面識があるんだろ。」


「………なんで知って…。」


「お前、明らかに昼間の話聞いたときから様子がおかしかったからな。」


「…………。」


「お前は李のおっさんに会うな。」



昼間、旦那様に「明日、黄仙から李氏が訪ねてくる。警護を一層強化しろ。」と言われ、冷汗が止まらなかった。


男の名前は李芳悠(り ほうゆう)という。

黄仙で悪逆非道の領主と呼ばれたそいつは、俺の上客だった男だ。



恐ろしかった。

泣き叫んでも誰も助けてなどくれない。

寝台に腕を縛り付けられ、太く汗ばんだ身体が自分の上で動いていた時のことを思いだし、胃液が込み上げてきた。



「おい。大丈夫かよ。

明日は李のおっさんに見つからないところで邸の警護をやれ。」


「……いや、俺は……。」


「やれ!俺はよく分からんが、お前のそんな姿見せられたら、心配になる。」


「…………。」


「あの時……俺はお前に何もしてやれなかった…。だから今度こそお前を助けたい!俺を頼れよ!」


「彗翔……。」



あの頃だって俺を心配して捜したのは家族とこいつだけだった。


そして俺に何があったのかを知ってもこうして手を差しのべてくれ、親友だと言ってくれる。



何を恐がっているんだ俺は……。


過去に囚われて動けなくなるなんて…。


「悪かった。ありがとうな。」


「おう!それにあれは昔の事だ。李のおっさんは大きくなったお前に欲情しないだろうよ。」


確かにあいつは`少年´というのが好きだったみたいだから、今の俺を見ても何とも思わないだろう。


それを考えると少し気持ちが楽になった。










――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――



(るい)、本当にここにいるんだろうな。」


馬車に揺られながら、酒を飲むどっぷりと太った男は同席している青年に言った。


「はい。

確かな筋からの情報ですから。芳悠さま。」


扇子で顔を隠しながらそう答えた青年は不適に笑った。






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