最後の夜
「寒くないですか?」
「ええ、大丈夫よ」
邸を抜け出した二人は年前に一緒に一晩過ごした物置小屋にいた。
「懐かしい。二年ぶりかしら?」
「そうですね。そのぐらいだと思います」
所々損壊はしているものの雨風は十分に凌げるのだから問題ない。
「すみません。食べ物もこんなのしか無くて」
黒烏は薄汚れた袋から干し肉を取り出し玉蘭に渡した。
「いいえ、ありがと。これは何?」
「干し肉です」
玉蘭はそれを受け取り、食べようとするも噛みきることが出来なく、眉を寄せた。
隣を見ると、黒烏は普通に食べている。
どうしてそんな簡単に噛み千切れるのか……。
凝視する玉蘭に気がついた黒烏は笑いながら、袋の中から小さな鍋を取り出し中に水を入れた。
「姫さま、貸してください」
黒烏に持っていた干し肉を渡すと彼はそれを一口ぐらいの大きさに切り、鍋の中に入れ、炉の炎の側に置いた。
「湯煎で戻せば、柔らかくなるんです」
当たり前のように言う黒烏の後ろで玉蘭は悲しげな表情をした。
私はそんなこと知らなかった……。
そもそも干し肉事態を食べたのが初めてだったのだ。
私と彼の当たり前は違う……。
「はい、柔らかくなってると思いますよ」
「ありがとう。いただくわ」
玉蘭は器に乗せられた肉を箸で一つ一つ口に運んでいった。
干し肉はお世辞にも美味しいと言える代物では無かったけど、黒烏とまた会えて安心したせいか玉蘭は一気に空腹に襲われていたため、何の躊躇いもなく完食した。
食べ終わると二人は身を寄せ合い毛布にくるまった。
パチパチと音をたてる薪をただ静かに見つめる二人…。
「あのね、わたくしやりたいことが沢山あるの」
心地よい温もりを感じながら、玉蘭は目を閉じながらポツリと呟いた。
「何ですか?何でも叶えますよ」
優しい声が隣から聞こえ、目を開けた。
「まずはそうね…海を見てみたいわ。見たことないの…。邸の池のようなものなのかしら?魚や貝が沢山いるそうだから釣りをしてみたいの。黒烏は海は見たことある?」
「昔一度だけ…綺麗でしたよ。水面が太陽光を反射して。それに海は池なんか比べ物にならないぐらい大きいですからね」
「へー!凄いわ!ますます見たくなった!」
「ちょっ!姫さま暴れないで!いずれお連れしますから」
黒烏は笑いながらそう言ったが、
その言葉に玉蘭は何も言わず、微笑んだ。
「あとは黄仙にも行きたいわ!あなたがどんな場所で育ってきたのか見てみたい!」
「前にも言いましたが、本当に何も無いところなんで来ても面白く無いですよ」
「そんなことないわ!お父様や妹さん、弟さんにも挨拶したいわ!どんなお兄ちゃんだったのか聞いてみたい!」
「ろくなこと言わないと思いますよ。口を開けば兄ちゃんウザイやらキモいやら言いますからねアイツ等」
悪態をつきながらも、無意識に笑みの溢れる黒烏の顔を見て、玉蘭は嬉しくもあり悲しくもあった。
「兄弟仲がいいのね。羨ましいわ」
「姫さまも、興暿さまと仲良さそうだったじゃ無いですか……」
「興暿は裏表なくとても可愛いのよね」
「………………。」
「…どうかしたの?」
「いえ、何でもありません……」
姫さまは奴の本性を知らないのだから当たり前のように可愛く見えるのだろうな……。
「あとは外国にも行きたいわ!凱華国の東にある東瀛という国の使者を昔一度だけ見たことがあるの!今までに見たことない形でとても綺麗な羽織りを着ていたわ」
昔、本当に小さい頃一度だけ澪鮮に連れられて王宮を訪れたときに皇帝に献上物を持ってきた隣国の女性を見た事があった。
絢爛豪華な着物はその場にいる誰もが欲しいと思えるほどに輝いていて、目にやけついた。
「東瀛ですか……あまりよく外国は知らないのですが、行ってみたいですね」
「その使者の方は海を渡って来たと言っていたから、東瀛は海の向こうにあるそうよ!文献で調べたら金が沢山採れると書いてあったわ!誰も彼もが幸せに暮らしていて、楽園のようなところだなのでしょうね」
興奮気味の玉蘭に黒烏は声を上げて笑った。
「あとはそうね…その東瀛であなたと暮らしたい…」
少し寂しそうな声色で玉蘭が言うと、黒烏はその不安を掻き消すかのように彼女の手に自分の手を重ねた。
「あちらの国の流儀で結婚して、子供は何人欲しい…?」
「うーん…四人ぐらいですかね…男二人と女二人」
「何故?」
「俺の家は母親が早くに亡くなったから女の気持ちというのがよく分からなくて…妹にかなり怒られたんですよ。でも同性の兄妹がいれば両親に何かあったときもそれほど困らないで助け合えるんじゃないかと思って…」
「なるほど…確かに同性の兄妹がいるといいわね…あと仲良くするように躾なきゃね」
玉蘭は暗に姉たちと自分の関係では助け合いなど出来ないと言いたかった。
「あと夫婦喧嘩をしてみたいわ!」
「そうですか…?俺はあまり…」
「何を言うの!これこそ夫婦の醍醐味じゃない!」
「え~~……」
フフっと玉蘭は笑い、黒烏の肩に凭れた。
「他は……そうね…何を…しようかしら…」
密かに揺れる声に黒烏は彼女の手を強く握り、口づけた。
「姫さま…」
「ごめんなさい…夢のようだと思って……」
「夢じゃないです。全て俺が叶えます」
ポロポロと流れる涙を隠すように玉蘭は黒烏に抱きついた。
何も言わない彼女を大切なもの守るように黒烏は抱き締めた。
そのまま崩れるように横になった二人は互いを忘れないように、
温もりを、肌の感触を刻み付けるかのように抱き合った。
「何処からが夢だったのかしら……」
微睡みの中玉蘭が呟いた言葉に黒烏は答えなかった。
このときの黒烏には既に分かっていたのだ。
彼女が選んだ選択が何だったのか……。
翌朝ーーーーーーーー…
寝ぼけ眼の黒烏は隣にあった玉蘭の存在が無いことに慌てて起きた。
起き上がると、小屋の入口に立ち朝日に照らされる彼女の姿があり、身支度も全て終わっていた。
俺が起きたことに気づいた姫さまは振り返り天女のように微笑んだ。
「帰りましょ」
姫さま……本当に何処からが夢だったんでしょうね……。
始まりが分からないのに……終わりは今この時なのだと分かる。
何か言おうとするも口から言葉が出てこない。
何も言えないのだ俺には。彼女に全ての選択を託したのだから……。
「はい。姫さま……」
黒烏は苦しげに眉を寄せ、奥歯を噛み締めながはっきりと玉蘭に返事した。
その言葉に玉蘭は今にも泣き出しそうな笑顔を返すことしか出来なかった。
後悔なんてしない……。
この人の大切なものは私にとっても宝物なのだから……。
きっと何度同じ立場に立たされることがあったとしても同じ答えを私はきっとするだろう。
ありがとう。心の底からやっと思える。
私を愛してくれてありがとう。黒烏……。




