嘘つき
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「姫さま!急ぎ、大広間にお越しください!」
邸の騒がしさに起こされていた玉蘭は既に桶で顔を洗い、着替えを始めていた。
「どうしたというの念珠」
「で、殿下…!殿下より早馬で書状が今朝がた届いて…それで…!!」
そのあと続けられた言葉に玉蘭はすべての思考が止まり、その場から動けなくなった。
“一週間後にある即位式の…“
“翠華さまでなく玉蘭さまが…“
……らん、玉蘭!!」
ハッとして顔を上げるとそこには心配そうに私を見つめる母上の姿があった。
どうやって来たのだろうか。いつの間にか大広間に来て、部屋の隅に立っていた。
「母上……」
「玉蘭、大丈夫か…?」
その声にドワッと涙が溢れ、澪鮮の胸の中に玉蘭は納まった。
「は、母上…わ、わたくし……」
「旦那さまがもうすぐ来るわ。話はそれからよ…」
「…………。」
暫くするとドタドタと走って大広間に翠華が入ってきた。その姿は今まで見たことないほどに悲惨なもので、髪はボサボサ、化粧は涙でほぼ剥がれていた。
私の姿をその視界にとらえた翠華は近寄ってくると、思いっきり私の頬を叩いた。
その場に倒れ混む私をすかさず踏みつけながら発狂し、罵声を浴びせてきた。
「お前!!!!!殿下に色目を使ったのでしょ!!!!汚い汚い汚い!!!!」
ゴホゴホと咳をしながら立ち上がろうにも、翠華の踏みつけに勝てなく、何度も頭を床にぶつけた。
そんな翠華を止めようと澪鮮が両腕を掴むも、彼女の勢いは収まらない。
「やめなさい!翠華!!玉蘭が死んでしまうわ!!」
「離して!!!!こんな害虫死んでしまえばいいのよ!!!死ね死ね死ね!!!死んでしまえ!!!」
絶世の美女と言われた姉の姿はそこには無かった。
怒りに狂う鬼のようなその姿を玉蘭はただただ呆然と眺めていた。
「玉蘭!!貴様!!!」
大広間に入ってきたのはいったいいつぶりに顔を見たのだろうか。父上だった。
同じ邸に住んでいるとは思えないほど、この人に会うことはここ何年も無かった。
久しぶりに見る父親の手には握り潰された紙があった。
翠華に叩かれた頬と同じ方を今度は握り拳で父親に殴られ、玉蘭は再びその場に倒れこんだ。
「玉蘭!!」
悲鳴のように玉蘭の名前を呼んだのは澪鮮だった。
「旦那さま、やめて!!やめてください!!」
翠華を抑えながら澪鮮は必死に父に叫んだ。
「玉蘭、貴様。お前はなんて女なんだ!!!姉の婚約者を取るとはそれでも人の子供なのか!!人道というものが無いのか!」
「わ、わたくしは…何も……」
何もしてないのだ……。本当に……。
「お前は翠華が可哀想だとは思わないのか!!婚姻まで努力し、やっと来週後宮に召せられるというのに!!それを横取りするなんぞ鬼のような女だ!!!」
口のなかが切れて血が口の端を伝っていく。
努力?そんなものその女がしていたようには到底見えないけれど?
横取りも何も私は後宮になんて行きたくないわよ。
殿下に召されたって……何かの間違いでしょ…。
「紹太清」
入口で父上を呼ぶ声がしてそちらを振り向くと、そこには拐功が立っていた。
皇太子付きの側近。最も殿下と長くいて、信頼の厚い臣下だ。
「か、拐功殿……」
「それ以上彼女に危害を加えれば打ち首は免れないぞ」
拐功の言葉に太清は玉蘭から離れた。
拐功はただ座り込む玉蘭の前までくると、今まで見たことないほどの上品な笑みを浮かべ彼女の手をとった。
「紹玉蘭殿、皇太子殿下があなたを後宮に召すと仰られました。一週間後の即位式に間に合うように後宮入りの準備を済ましておいて下さい」
「拐…功殿…わ、わたくしは…!!」
「皇太子殿下の命に背けば族誅ですよ。分かっていらっしゃいますよね?紹玉蘭殿。」
族誅……。
皇帝の命に背き、罪人となった者に与えられる刑罰で、罪人の親族またその近親者が殺される。
「ではまた参りますので荷物をしっかり纏めておいて下さいね」
そう言うと拐功は大広間から出ていった。
方針状態の私は強い力で突然腕を引っ張られた。
驚いて見ると、私の腕を引っ張るのは父上で私の自室まで着くと外から南京錠をかけられ閉じ込められた。
「ち、父上!!」
「お前はここから出るな!!後宮には翠華をあげさせる。殿下の御心を改めてもらう」
そんなことが出来るのか……。
出来なければ族誅で皆死んでしまうのに……。
私だって後宮などに行きたくなどない……。
だって私……私は…………。
寝台にうずくまり、ただ時が過ぎるのを待った。
後宮に私が入る……。
黒烏…………彼はもうこの事を聞いたのかしら……。
あれだけ煩かったんだ。もう耳に入っているはずだ。
どう思ったのかしら…………。遂に別れるときが来たのかと簡単に割り切れていたらどうしよう……。
私……私には……彼だけなのに……。
どれだけの時間が経ったのか分からないが、扉の方から「玉蘭」という声が聞こえ、そちらに耳を傾けた。
「玉蘭……大丈夫か?」
「は、母上……」
「すまぬ、ここの鍵は旦那さまが持っているから扉越しでしか話せないのよ」
「いいえ、来て頂いただけで心強いです。母上、念珠はどこにいるのですか?」
「今は地下の牢に入れられているわ。あなたと接触しないようにと旦那さまが閉じ込めたそうよ」
「そんな……」
「念珠の事はわらわに任せなさい。それよりも今はあなたのことよ」
澪鮮の言葉に玉蘭は固まった。
「あなたはどうするの……」
「わた……わたくしは……黒烏の事を愛して……」
「それが通じない状況だということが分からないの!!勅令は無視すれば罪人となるのよ」
「………………で、も…」
「玉蘭、あの一兵とよく話なさい。忘れないで。わらわはあなたがどんな答えを出してもずっと味方よ」
「母上……ありがとうございます」
あんなに啖呵切ったように言ったのに、結局母上の言葉に救われている。
どうすれば……どうすればいいの……。
黒烏……黒烏………………。
会いたいよ……。
夜に深くなり眠ろうと夢現の中、突然耳元で声がした。
「姫さま」
目を開けるとそこにはずっと会いたいと思っていた彼がいた。
「黒烏」
顔を見て安心したのか玉蘭は黒烏の首に腕を回し、抱きついた。
「姫さま、来るのが遅くなってしまってすみません」
「どうやって入ったの……?」
「旦那さまの今夜の警護が彗翔で、口裏合わせてもらって盗んできました」
笑いながら言う彼に私も少し笑みを浮かべた。
「姫さま、話は聞きました」
しかし次の瞬間には黒烏の一言で玉蘭の顔から笑みは消えた。
「黒烏……わたくし……後宮になんて行きたくないわ……」
怯えたように震える玉蘭の身体を優しく抱き締めたが黒烏は何も言わなかった。
「わ、わたくし……どうすればいいの?」
「……………………。」
「あなたと離れたくない。ずっと側にいたいの」
「…………………。」
「ねぇ、どうして何も言ってくれないの?」
「………………姫さま…俺は」
その表情がすべてを物語っていた。
眉を寄せ辛そうな彼は私を見ないように、うつむいた。
「嘘つき………………」
ポタッと黒烏の手に滴が落ちた。
ハッとして顔を上げると目の前の彼女の大きく開かれる瞳からは止めどなく涙が流れていた。
「嘘つき!!わたくしの風になると言ったじゃない!!山の向こう海の先へ……連れていってくれると……言ったじゃない!!わたくしを生涯愛すると言ったじゃない……」
「姫さま…俺はずっと姫さまだけを愛しています」
「なら、わたくしをここから連れ出してよ!!あなたの言うその景色をわたくしに見せてよ!!」
黒烏の服を掴み、必死に訴える玉蘭の声は酷く黒烏の胸に刺さった。
彼自信も本当は今すぐにでも彼女をここから連れ出して、遠く誰も知らない土地で夫婦として生きたいと切に思っている。
だが彼にはそれが出来なかった。
それは彼には大切なものが他にもあるからであった。
玉蘭の言葉に苦し気な表情の黒烏を見て、玉蘭はその表情が意味すること全てをこの時やっと察したのだった。
「わたくし……最低ね……。あなたの大切な家族に死ねと言っているようなものじゃない……」
玉蘭と共に黒烏が逃げたということが分かれば、黒烏も罪人となり彼の一族は皆殺しにされるだろう。
「ごめんなさい……ごめんなさい……黒烏…」
「謝らなければならないのは俺です…。あなたの言う通り俺は嘘つきです。あなたを自由にして差し上げられなかった…」
涙を浮かべた黒烏の瞳に揺れる私が写る。
玉蘭は黒烏の目尻に溜まる滴を掬いとり、繕うように笑った。
誰でもいい……いつだったか私はこの邸から解放して欲しくてそう思った時があった。
でも違った…………。誰でもいいわけじゃ無いんだ……。
「もう、いいわ終わりにしましょう」
「姫さま……」
「楽しかったわ!あなたとの恋。良い思い出になるわきっと」
「さ、出ていって」と玉蘭は寝台から立ち上がり無理やり黒烏を部屋から追い出した。
「姫さま!!俺は…!!」
「さよなら。幸せになってね」
黒烏の言葉を遮るように玉蘭はそう言った。
心にもないその言葉は自分の心も抉るようだった。
でもこれ以上一緒にいたくない……。これ以上自分の醜い部分を彼に知られたくない。
扉の向こう側から足音が遠退いて行くのが聞こえ、玉蘭はその場にしゃがみこみ声を殺して泣いた。
「くっ……ぅぅぅ……」
行かないで……行かないで…黒烏……。




