晩酌
新皇帝即位日を一週間後に控えた夜、遊瑧は月見酒をしながら拐功からの報告書を眺めていた。
「黄仙の奴婢か……」
紹玉蘭と仲の良いとされていた一兵は黄仙という都の北に位置した作物の育たない痩せた土地で、ろくな教育環境も無いため、良い人材も育たない、簡単に言ってしまえば国に何の貢献も出来ない場所なのだ。
件の奴婢は黒烏というらしい。
家族構成は父と既に他界した母、妹と弟の五人。
父親は仕事をする気がなく家で寝たきり。そのため幼い頃より家計を支えたのは黒烏が身体を売って手に入れた金だったらしい。
歳が満ちて都で働けるようになったため、友人と共に出稼ぎとして紹家の兵隊に志願し、雇用されたか……。
遊瑧は持っていた紙を放り投げ盃に酒を注いだ。
仲が良いと言っていたが、友人とかその程度のものでは無いのはこの報告書を見れば明白だった。
何度も目撃される逢瀬の現場や数年前の四の姫の行方不明事件の時も共に邸に帰ってきたところを同僚が見ていたらしい。
盃を煽り、月を見上げた。
目を閉じ、瞼には過去の記憶が映し出される。
『遊瑧さまー!』
満面の笑みでこちらに手を振る少女は自分にとって何なのか分からない。
会えば嫌な動悸に襲われ、会えなくなれば気になって仕方ない。
あの笑みが他の誰かにも向けられていると想像するだけで心臓が引き千切られたように痛む。
「一人酒か、遊瑧」
暗がりから声がしそちらを向くとそこには父帝である晏尚が立っていた。
「父上」
「誰でもいいから付き人を二人以上付けろと言っているだろう」
「帝位欲している出来の良い兄弟がいればそうしますよ」
冷めた声色の遊瑧に晏尚は苦笑いをした。
「どれ。私にも注いでくれるか」
「ええ。どうぞ」
酒器を傾け、晏尚の持った盃に透明の液体が注がれていく。
「それで…?」
「はい?」
「何をそんなに悩んでいるんだ」
「悩み…?悩みなんてありませんよ」
澄ましたように遊瑧がそう言えば、晏尚は笑い混じりに酒を飲みながら言った。
「息子の変化ぐらい、私にだって分かるよ」
思いがけない言葉に口に運ぼうとした手が止まり、遊瑧はただじっと父帝を見つめた。
「話してみろ。お前よりは色んなものを見てきた」
諭すように言われ、遊瑧はゆっくりと口を開いた。
「ある女の事を考えると無性に胸がざわつくんです。会えば煩わしくて嫌なのに、会えないと気になって仕方ない」
「………。」
「だけど一つだけ分かるのはその女が思い通りの道をたどる事がどうしても許せない。幸せそうな顔をするあいつを見たくない……」
真剣に話す遊瑧に晏尚は酒器を傾け、酒を注いでやった。
「その女はお前の後宮に入る女なのか?」
「いえ、後宮には来ません」
晏尚は「ならば」と言い、酒を煽った。
「ならば早急に後宮に召すよう手配しろ」
その言葉に遊瑧は意味が分からなく眉を寄せた。
「お前のその感情を私はよく知っている」
「何なのですか」
「だがな、それは自分で気づけないと意味が無いんだ。人は思い込めばそれに囚われて他の考えをしなくなる。だからゆっくりとその感情の正体を突き止める為に近くで彼女と接してみることが必要だ」
父帝の言葉はいつも他人を納得させる力を持っている。
確かに答えを貰えばそれに囚われて、その感情がたとえ違かったとしも勘違いで思い込んでしまうだろう。
つまり何事も自分で答えを見つけないことには何の意味も無いのだ。
「ありがとうございました。父上。俺はこれで失礼します」
「ああ。遊瑧、これからのこの国を頼んだぞ」
「はい」
自室に戻った遊瑧は書状を書き、早馬で紹家にそれを届けさせた。
「後宮入りを紹翠華から紹玉蘭に変更する。」
この書状の内容に、翌朝紹家は騒然となった。
その騒ぎに玉蘭も黒烏も目を覚ますことになる。




