手料理
「ね、ねねねねね念珠!!!!どうしましょ!!中からタネが溢れてしまっているわ!!!」
「だから言ったじゃないですか!!そんなに詰めたら皮が切れるって!!」
「だ、だって~……黒烏に沢山食べて欲しかったんですもの……」
「だったら個数を増やせば良かったんですよ……」
夜、ひっそりと灯りの灯った台所では玉蘭と念珠が大騒ぎをしていた。
グツグツと煮込まれる液体は良い匂いを放ってはいるものの、中に浮くワンタンからはタネが漏れて、挽き肉だらけの汁になってしまっている。
「あ~もう……折角喜んで貰えると思ったのに~……」
「姫さまが私の指示を無視するのが悪いんですよ」
「はい……」
明らかに失敗と言える鍋を覗き込み玉蘭は溜め息を吐いた。
こんなんじゃ愛想つかされて、他の女に乗り換えられてしまうわ……。
事は数日前、たまたま黒烏と翠華付きの侍女が話しているのを玉蘭は見かけてしまった。
侍女は頬を染めていて、明らかに黒烏に好意があるように見えた。
侍女の手には竹箱が乗っており、中にはおむすびが入っているようだった。
黒烏は最初は断っているように見えたが、侍女の迫力に負けたのか最終的には貰い、その場でおむすびを食べ始めた。
玉蘭の中で初めて嫉妬というものが芽生えた瞬間だった。
何よ!!美味しそうに食べて……あのぐらいわたくしだって作れるわ……。
気にしない気にしないと思えば思うほど、あのときの光景が何度も頭の中で再生される。
こうなったら!!と思い玉蘭は立ち上がった。
『念珠!!!おむすびを越える食べ物って何!!!??』
『何ですか急に……そうですね…私はおむすびよりもワンタンですかね』
『ワンタンね!わかったわ!念珠!ワンタンの作り方を教えて!』
『は…はぁ…』
と言うやり取りがあったのであった。
「まあ、坊やならきっと美味しく食べてくれますよ」
「わかってる…けど……」
きっと黒烏は喜んでくれる……。でも綺麗に作られたワンタンを心から嬉しいと思って欲しかった。
これじゃあ、あの侍女の方が良くできると引き立て役になってしまっただけじゃない……。
「姫さま…。き、気持ち!気持ちの問題ですから!!ね?持って行ってあげましょう?きっとお腹空かせてますよ」
「…………うん」
「あ、姫さまだ」
彗翔の言葉に黒烏は瞬時にそちらを見たが、誰もいなかった。
「うっそ~!」
「……殺るぞ?」
「すみません。だってさ~さっきから駄々漏れなんだもんよ~お前の脳内が~」
呆れたように黒烏を見る彗翔は今日何度目かの溜め息を吐いた。
別にいいんだよ?親友が恋人の初手料理に浮き足立つのは……?だけどそれを少しも隠そうとしないあいつのニヤニヤが腹立つわけだよ!!!!
「別に……漏れてないだろ」
「自覚なしかよ……」
項垂れる彗翔に黒烏は頬を染めて掻いた。
「お二人とも!お疲れ様です」
明るい声がして振り向くと鍋を持った念珠とその後ろに明らかに元気の無さそうに二つのお椀を持つ玉蘭が立っていた。
どうして元気が無いのか分からない二人は顔を見合せ、再び玉蘭にその視線は集まり、念珠に理由を問うように移動した。
念珠は苦笑いした後にその場にしゃがみこみ、お椀に中身のワンタンを注ぎ始めた。
「はい。姫さまとても一生懸命に作ったんですよ」
「ね、念珠!!そんなこと言わないで!!!」
眉を寄せ、必死にそう叫んだ玉蘭にその場にいた誰もが驚いた。
そんなこと言ってしまったら、私の精一杯がこんな無様な物だと言っているようなものじゃない……。
ふるふると震える玉蘭に黒烏も彗翔も顔を見合せたが、お椀の中身を見たときになんとなく納得がいった。
「料理も出来ないなんて、女失格ね……ごめんなさい。こんなもの差し入れされたって嬉しく無いわよね……」
黒烏と彗翔はお椀の中にレンゲを入れ、ひとすくいし、口に運んだ。
「何でですか?凄く美味しくですよ」
黒烏がそう言うと、隣の彗翔も笑いながら「形はアレだけど美味いですよ」と言った。
「何だよ形はアレって。お前はもう食わなくていいから見張りの続きしてろ」
「何でだよ!!俺だってこんな寒いなか腹空かせて警護なんてできねーよ!!」
そう言い彗翔はお椀の中の残りを掻き込むと「おかわり!!」と大声で念珠にお椀を渡した。
「おい、図々しいにもほどがあるぞ。姫さまは俺に作って来て下さったんだからな!」
「ケチな奴だな。神様、こんなケチなやつは来世は蟻ん子にしてください」
「塵にするぞ」
「冗談だって……」
その時、ふふっと笑う声がして黒烏と彗翔はそちらを向いた。
そこにはさっきまでの暗い表情の取れた玉蘭が口元に手を当て笑っている姿があった。
その姿があまりにも愛らしくて黒烏も彗翔も頬を染めて見惚れていた。
「仲良く食べてよ」
「姫さまの作って下さったやつをコイツに食べさせたく無いんです」
「また、作るわ。今度はもっと練習してから」
玉蘭は黒烏の隣にしゃがみ、目線を合わせそう呟いた。
「わたくし、あなたに愛想つかされたらきっと生きていられないわ」
「俺が愛想つかすことなんてあり得ないですよ。姫さまが俺に飽きてしまわないかの方が恐いです」
「飽きたりなんてしないわ。決して」
見つめ合う二人の世界は桃色一色で、他に人がいることを忘れているようだった。
「また、作ってください。どんなものでも嬉しいから」
「ええ。でも、まずはワンタンを極めるわ!必ず今度出すときは綺麗なワンタンにするわよ!だからまた食べてね」
「ええ。約束します」
その後暫く雑談をすると、念珠が立ち上がり口を開いた。
「姫さま、そろそろ参りましょう。あまり長居しては仕事の邪魔になってしまいます」
「そうね。それじゃあ黒烏、彗翔仕事頑張ってね」
玉蘭と念珠はいつの間にか空になった鍋とお椀を持って帰っていった。
「あー美味かった。それにしても姫さま…何故に愛想つかされるなんて話したんだ?明らかにお前の気持ちの方がでかくて重いから仮に愛想つかすとしたら姫さまの方だろうに…」
「でかくて重いって…」
「なんだよ。間違ってねーだろ」
「まぁ、そうだけど……」
言葉にされると恥ずかしいからやめてほしい。
仮に真実がそうだとしても……。
「それともう一つ、昼間のあの男は誰かだよな……」
そう、黒烏も彗翔も最も気になるのはそこだ。
結婚とか言ってなかったか……?
その言葉を聞いた瞬間に背中をひんやりとした汗が伝った。
姫さまも十七だ。そんな話が出ても可笑しくない。
前に奧さまも良家の人を見つけたとかなんとか言っていたしな。
黒烏は焦りなのかよく分からない感情でとても気持ち悪かった。
そんな親友の雰囲気に彗翔は励ますように口を開いた。
「まぁ、昼間のやつ見た感じだと姫さまは結婚する気なんて無さそうだったじゃねーか。大丈夫だよ」
「ああ…………。」
黒烏もどこかで勘違いをしていたのだと今更ながらに痛感させられていた。
玉蘭と一線を越え、このままずっと一緒にいられる。あわよくば夫婦になんて想像もしていたぐらいだったのだ。
金槌で頭を叩かれたような感覚だった。
いい加減目を覚ませと。
お前と玉蘭の間にある壁は見ないふりをしているだけで、決して消えることは無いのだと。
夢のような時間が終わるのはもうすぐそこまで迫っていた。




