暗く何も見えない
土砂降りの雨の中行く宛も無くふらふらと歩いた。
暗く深い森に自ら迷い込みに行くなんて自分でも馬鹿だと思う。
何度も木の根に足を取られて転ぶを繰り返し、服も顔も泥だらけだ。
泥が体温を奪っていくのを直に感じ、雨が冷たく冷えきった肌を貫くように強く当たる。
何も考えられなくなった頭が徐々に機能しなくなるのを自然に受け入れ、ゆっくりと瞼を閉じた。
手にしっかりと握られた簪がやけに温かく感じたのは気のせいだろうか……。
「玉蘭、あの男とは別れなさい」
澪鮮さまに呼ばれて彼女の元に訪れると、悲しそうな声色でそう告げられた。
「悪いとは思ったのだけど、大切な娘を託すに値するかどうか調べさせたの。そしたら今朝これが密偵から届いたわ」
渡された文にはここ一ヶ月ほどの彼の行動と家族関係から実家の近所付き合いまでも事細かに記されていた。
その中のある一文から目が離せなくなった。
"黄仙の実家に恋人あり。名を麗媚という"
嘘…………。
更に先を読み進めるとどうやら麗媚という女性と黒烏は親同士の決めた許嫁であり、銭が溜まり次第故郷で祝言を挙げることになっているそうだ。
「彼には既に妻となる女性がいるの」
「う、嘘!!こ、黒烏はわたくしを……愛していると……」
「言ったの……?」
「…へ?」
「彼の口から愛していると聞いたの?」
あの日確かに愛していると言った。それは私が言っただけで彼は何も言いはしなかった。
抱き締めてくれる腕の力に口づけを受け入れてくれた事に私が勝手に想いが通じ合った思い込んでしまった。
「何も言われていないのね…」
「………………。」
澪鮮はそっと玉蘭を抱き締めホロホロと涙を流した。
「大丈夫よ。あなたにはわらわがずっとついているわ」
「………。」
「いつかあなたが運命の人と出会ったとき、今のあなたの想いは思い出として昇華することが出来るはずよ」
「…………。」
「あの男はあなたの長い人生の通過点に過ぎなかったと思える日が来るわ」
本当にそんな日が来るのかしら……。
恋とはこんな想いを繰り返してするものなの?
「澪鮮……さま…」
ぎゅっと彼女の着物を握ると更に強い力で抱き締めてくれた。
「わらわがいるわあなたには。ずっと側であなたを守ってあげる」
澪鮮さま……ごめんなさい…。
私きっと彼に他に恋人がいても彼を好きでい続けてしまう。
妾でもいいから側にいたいと思ってしまう…。
だから彼の口から直接教えてほしい。私の事をどう思っているのか。何となくじゃなくて、言葉として欲しい。
その日の夕暮れ玉蘭は馬小屋の裏に黒烏を呼び出した。
彼を待つ間嫌な動悸に冷や汗が止まらない。
雲行きも怪しく遠くの方で稲光が見える。今夜は嵐になりそうだ。
黒烏が彗翔に相談していたことはこれだったのかもしれない。
たまたま話し相手になってやった小娘が本気になってしまって、恋人ごっこをさせられているとかだったのかと思うと本当に恥ずかしくて申し訳なくなる。
「姫さま……?」
ビクッと肩を震わせ振りかえると黒烏が立っていた。
「姫さま……あの昼間の事でしたら……」
「一つ聞かせて欲しいの」
黒烏の言葉を遮るように言うと彼はきょとんとした顔でこちらを見ながら「はい」と言った。
「あなたの故郷に……麗媚という女性がいると聞いたのだけど…どういう関係なの…?」
私の質問に明らか驚いた顔の黒烏に身体がずっしりと重くなったように感じた。
「黄仙の実家の近所に住んでいる幼なじみです」
「幼なじみ…?」
「はい」
「本当にそれだけ…?」
更に言及しようとすると黒烏は私から視線を外して何かを隠しているように見えた。
「許嫁なのでしょ……。その方と…」
私がそう言うと彼は俯いてしまった。それが肯定なのだと分かるほどには成長している。
澪鮮さまの言ったことは正しかった…。
「そう……。そっか…………」
「姫さま……あの……」
「あなたはいずれその方と夫婦になるのね…。わたくしを人生の通過点にして……」
「…………。」
「わたくし、勘違いしていたわ。あなたの優しさに甘えて現実から目を背けて……でもそれだけあなたの事が好きだったの…」
玉蘭は黒烏の両の手を握り額を彼の胸に当てた。
夕日に反射しながら輝く滴は玉蘭の頬を滑り黒烏の胸元を濡らした。
「…………終わりにしましょう」
意を決したように出された言葉に二人の中で何かがバラバラと崩れていくようだった。
「姫さまにはもっと相応しい相手が現れますよ。その身に合った運命の相手が…」
「黒烏……わたくしは…!!!」
「もうやめてください!!これ以上はいい加減迷惑です!!!」
初めて聞いた黒烏の怒鳴った声に玉蘭は身を縮こまらせた。
「こ……くう…」
「ったく、ちょっと相手してやったらいい気になりやがって…所詮金持ち女だったな…」
ガシガシと頭を掻く黒烏に玉蘭の顔は絶望を表していた。
「いつまでも下に出てると思ったら大間違いなんだよ。馬鹿女」
それだけ言うと黒烏は玉蘭の手を払い、背を向けて歩き出してしまった。
「そう……あなた……そういう人だったの……」
残された玉蘭はその場に膝から崩れ落ち声をあげて泣いた。
そのあとの事はよく覚えていない。
気がつけば辺りは暗く横なぶりの雨が勢いよく身体を叩きつけていた。
終わったのだ。彼と私は……。
カランッと何かが足元に落ち、目で追った。
それは黒烏が私の誕生日にくれた簪だった。
牡丹の簡素な簪だけど何よりも大切な宝物……。
膝をつき、両手でそれを拾いあげる。
「う…くぅぅ……」
視界が歪みポタポタと温かい滴が簪に落ちる。
玉蘭は再び立ち上がると歩き出した。
暗く何も見えない道を…………。
急展開ヾ(@゜▽゜@)ノ




