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後宮恋物語  作者: あいまいみー
第一章 出逢い
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母親


最近、玉蘭は何かを隠しているようだ。


横で二胡を練習する、血の繋がらない娘を観ながら澪鮮は溜め息を吐いた。


後宮入りが決まった翠華や嫁入り先の決まった二の姫と三の姫は最近では着飾ることにしか労力を費やしていないようだ。


度々それを怒ると反抗さえしてくるようになった。

旦那さまに無駄にお金を娘たちに注ぎ込むなと言えば宥められて、全く聞く耳を持とうとしない。


我が娘ながらなんて恥ずかしい子達なのだろうと思う。


そんな中でも末の娘の玉蘭だけは幼い頃と変わらず努力家で真っ直ぐ育ってくれた。


血の繋がりは無いものの、本当の娘のように育ててきた。





ある日旦那さまが一人の女を連れて来た。

三の姫の懐妊中だったため身体はダルく、更に最近帰りの遅い夫を怪しんでいたらこの始末だ……。


王宮から帰ってきた旦那さまを迎えようと、必死に起き上がって門まで来たのになんと言う仕打ちだろう。


「ただいま澪鮮。彼女は紫瀾だ」


「どうもこんばんは~奥様。ご主人の恋人の紫瀾です」


着ているものや漂う香りからして遊郭の女だ。

紫瀾は青ざめる私の顔を嘲笑うかのように自らの腹に手を当てた。



「太清さまの言った通りだ~。奥様の方が早そうですね」



早い……?


ちょっと……嘘でしょ……。




「澪鮮、紫瀾の腹には俺の子がいる。療養のために今日から我が家に住まわすことにした」



一気に血の気が引いていきその場に倒れそうになったのを近くにいた侍女が支えてくれた。


「奥様~大丈夫?」


顔を覗き込んできた紫瀾の顔はとても愉快なものを見ているようだった。


「澪鮮、体調が優れないなら寝ていろ」



あなたのせいで倒れそうになっているのよ!?

愛しそうに紫瀾の頭を撫でながら、旦那さまは私の横を通りすぎた。



「何なんですか!!あの女!!旦那さまも最低です!!」



長く私の付き人をしてくれてい侍女は自室に私を届けてくれると私以上に怒りをあらわにしていた。


「陛下に言いつけましょう!!そして離縁状を叩きつけてやりましょう!!」


晏尚に言えば離縁状だけでは済まないわよ……。皇帝自ら旦那さまとあの遊女を打首にしてしまいかねない。



「わらわは大丈夫よ。ありがとう」



本当は全然大丈夫じゃない。

死んでしまいたくなるほど絶望している。

それでも逃げたくはない。

結婚したときに覚悟はしていたことだ浮気なんて。




二か月後、三の姫が生まれ、その一月後に紫瀾の子供が生まれた。


旦那さまは帰ってくればすぐに離れに行き、毎夜紫瀾と過ごしていた。


紫瀾の生んだ子供は玉蘭と名付けられたらしい。



三の姫は生まれたその日ですら父親に会ったことが無いのに、後に生まれたあの子は毎晩抱いて貰っていると考えると憎くてしかたなかった。


なんであの子の方を可愛がるの…。

一日でいい…一週間のたった一日でいいから三の姫や他の姫たちと過ごしてあげてほしい…。

私との時間をもっと大切にしてほしい…。



あの子がいなくなれば…




私は鏡台に置かれた鋏を持ち、離れに向かった。


この時間なら旦那さまもいるはず…。目の前で家族を蔑ろにしたことを後悔させてやる。



回廊を速足で歩いていると何処からか赤子の泣き声が聴こえた。

三の姫は侍女のところにいるから大丈夫のはず…。



離れに近づくにつれその声は大きくなり、角を曲がった時だった…………。



回廊の床に捨てられたかのように放置された赤ん坊がいた。

纏っている布は酷く汚れていて、おしめを変えていないのではないかと思う程の臭いだった。


私は慌ててその子を抱き上げて湯殿に向かい、ぬるま湯でその子を洗ってあげた。


赤子の肌は赤く腫れ上がり爛れていた。やはりおしめを暫く変えていないことが分かる。


清潔な布で優しく拭いてやると、泣きつかれたのか眠った。




離れにいたってことはこの子…まさか……。



泣きたくなった。

私はこんな扱いを受けるこの子を殺そうとしたの…。

おしめを変えて貰えず、泣いたら部屋から出される……そんな扱いを受けるこの子を殺そうとしたの…。



『ごめん……ごめんね…』



すぅすぅと眠る赤ん坊を抱き上げて澪鮮は涙を流した。


この子は何も悪くない……この子には何の罪も無い……。


母親から愛情を貰うことの無いこの子を憐れんだのか愛してほしい人から見て貰えない自分と重なったからなのか私はこの子を育てることにした。


日々の生活で玉蘭はすくすく育っていった。

私に笑いかけるあの子に親子の情を感じるようになっていった。


たとえあの子が私を"母上"と呼んでくれなくても……。




数年後あの女が死んだ。


旦那さまは酷く打ちのめされていて、暫く床から出られなくなっていた。

仰々しい葬儀の最中泣きじゃくる旦那さまよりも私は玉蘭の反応の方が気になってしかたなかった。



玉蘭はどんな気持ちなのだろうか…。面倒を見なかったとは言え実の母親の死……幼いこの子には辛い出来事で無いだろうか……。


火葬される実の母親を見ながら玉蘭はどう思ったのだろうか…。



その晩庭園の池に玉蘭がいるのをたまたま見かけた。

月を見上げる彼女の表情は無を表していた。


『玉蘭、そんなところで何をしているの』


『……澪鮮さま』


『風邪をひくわよ』



近づき自分の羽織をかけてやると、玉蘭は私の顔を真っ直ぐ見た。


『わたくしをこうやって気にかけてくれるのはいつだって澪鮮さまであの人ではなかった…』


『……玉蘭…哀しいのなら泣いていいのよ』


『違うんです……全く哀しくないから哀しいんです 』


『哀しくないから哀しい?』


『はい。本当にあの人はわたくしの中で何でもない存在だったのだと分かって……』


『…………。』


『喪失感が無いんです。昨日までの日常と何一つ変わらない気しかしないんです。あの人がいてもいなくてもわたくしの世界は何も変わらないんです。………最低ですね…仮にも産みの親が死んだというのに…』


『玉蘭……』



心配そうな表情とは裏腹に澪鮮は内心歓喜していた。

玉蘭はあの女ではなくわらわを選んでくれた。

そう思ったからだ。


『最低ではないわ。きっとまだ実感が無いだけよ。いずれ哀しみが沸き起こってくるわ』


『そうなんでしょうか……』







澪鮮の中で生まれた小さな思いは年を増すごとに大きくなっていった。

玉蘭の全てを把握していなければ気が済まない。この子には自分がいなければならない。


毎日監視するように玉蘭の行動全てを把握し、制限させていた。






二胡の練習が終わると玉蘭は素早く片付け、自室に戻った。

後を追うように出ていった澪鮮は物陰から彼女の部屋をじっと見張った。



するとそこに軽装の青年が訪れた。

あれは昔玉蘭が助けてやった一兵……?



玉蘭は扉を開け、青年を中に招き入れた。


まさか…あの子……!!


慌てて澪鮮は物陰から飛び出し玉蘭の部屋の扉を開けた。



「澪鮮さま……?」



扉の先には寄り添う二人の姿があった。


旦那さまがあの女を連れてきた時よりもその光景は衝撃的だった。


わらわが大事に大事に育てた玉蘭を一兵ごときが汚したのか…。



「あ、えっとこれは……!その……」


真っ赤になって慌てる玉蘭に澪鮮はいつものように綺麗に笑いかけた。



「大丈夫よ。安心して」



澪鮮の笑顔に安心したのか玉蘭は胸を撫で下ろした。

その隣にいる青年も安心したように苦笑いした。



「いつからそういう関係だったの?」


「え、えっと……いつかな黒烏?」


「そういう関係の定義が何かによりますけど…」


「どちらから迫ったの?」


「そ、それはわたくしから……」



恥ずかしそうに手を挙げる玉蘭を愛しそうに見つめる青年は本当に玉蘭を愛しているように見える。


澪鮮は一瞬ギリッと奥歯を噛み締め、再び玉蘭に笑顔を向けた。




「玉蘭、喉が乾いたから白茶を入れてきてくれる?」


唐突な澪鮮の言葉に玉蘭は瞬きするもすぐに「はい」と言って部屋を出ていった。




部屋に残った二人の間には冷たい空気が流れていた。


澪鮮からはさっきまでの笑顔は消え顔を半分以上隠す扇の上から汚いものを見るかのように目を細めた。



「玉蘭はわらわの大切な娘じゃ」


「……はい」


「いずれはあの子を幸せにしてくださる方に嫁がせるつもりじゃ」


「…………はい」



澪鮮の言葉に黒烏はうつむき、固く拳を握った。


「それは他の誰かであってお前ではない」


「…………奧さま!…恐れながら私は姫さまを…玉蘭さまを愛しています!」


「愛しているから何だと言うの。わらわにとってお前の想いなどどうでもいいのよ」


「…………。」


「玉蘭の気持ちも一時の迷いよ。すぐに終わりにしなさい」


「……!!奧さま私は!!」



詰め寄ろうとする黒烏に澪鮮は扇を向け、制した。


「身の程をわきまえよ。貴様にあの子を幸せにするだけの力があるとは思えん。即刻この関係をやめないと言うのなら、邸から出ていって貰う」




それだけ言うと澪鮮は部屋を出ていった。



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