中秋節
今日はまた父上や姉上たちは出掛けていていない。
王宮で行われる中秋節の宴に参加しているのだ。去年までの中秋節には父上と澪鮮さまだけが呼ばれていたが、今年からは皇太子殿下の客人も呼ぶことになったらしく、その為姉上たちも行っているのだ。
回廊で一人立たずみ、玉蘭は溜息を吐いた。
中秋節が今日催されることを知ったのは父上たちが出掛けてからであった。
父上が私に声をかけないのはいつもの事だからもう気にするのも止めた。
それに遊瑧さまが私を呼ぶなと言ったのかもしれない……。たまに我が家にいらっしゃったときに挨拶しようと思って声をかけるのだが、いつも側近の枴功に邪魔されるのだ。もしかしたら遊瑧さま本人が枴功に命令して私も避けているのかもしれないし……。
人に嫌われるのは慣れているから、今さら一人二人増えたって何とも思わないわ。
空を見上げると日は黒い雲に覆われて、日中だというのに暗く感じる。
あまり天気もよくないし、今日は月が見えないだろうな……。
少し肌寒くなった私は部屋に上着を取りに行こうと思い、自室に向かって歩いていると、遠くから「姫さまーーー!!!」と呼ぶ声が聞こえた。
この声は念珠?
どうしたのかしら……。あんなに慌てるなんて珍しい……。
「どうしたの念珠」
「ひ、姫さま!!急ぎお戻り下さい!!」
「な、え、?どうしたというの?」
「でででで殿下付きの宦官が「四の姫を王宮に召せ」とお出でになったんです!!」
殿下付きの宦官が……私を…?
え、何故?あ、もしかして私が置いていかれるのを気にして今日も邸に残ってくれている澪鮮さまを王宮に呼ぶためかしら?
私を呼べば澪鮮さまがここに残る意味も無くなるものね。
「分かったわ!すぐに行きましょ!」
「はい!って姫さま脚速すぎます!!」
走って自室に戻り、持ってあるなかで一番上等な深衣に身を通し、出来るだけ速く且つ綺麗に仕上げて貰った。
頭の簪はボロボロの物だけれど…。
「紹玉蘭さま、お待ちしておりました。門の前に車を停めてあります。こちらへどうぞ」
「ええ。ありがとう」
王宮に行くのはとても憂鬱だ。
自分を嫌っている人間しかいないのだから…。
何が楽しくて行かなければいけないのよ…。
誘導されるように宦官の手を取り、門を出ると門兵がこちらに頭を下げて跪いていた。
横目に見なくても分かる…黒烏だわ…。
日中ずっと仕事だと言っていたから会えないと思っていた玉蘭だったが、思わぬ形で会えたことで憂鬱が一気に晴れた。
「玉蘭、その簪はなんじゃ。ボロボロではないの」
車の中で向かい側に座る澪鮮さまが眉間にシワを寄せながら言った。
「その…これ以外に持っていなくて……」
「まったく……旦那さまは翠華ばかりにお金を使うから…。これを使いなさい。念珠挿しておやり」
そう言うと自分の髪から一つ抜いた簪を念珠に渡した。
「ありがとうございます」
「いいのよ。あなたは欲が無さすぎるわ。もっと強欲に生きないとダメよ」
「…そうですね」
妾の子供として生まれた時点で多くを望んではいけない。少し前までは姉上たちと張り合っていたりもしたけれど、今はそんな気持ちにすらならない。
私は正妻の子供ではないのだから……。
「最初に主上に挨拶するから一緒にきなさい」
「はい」
主上の前で跪き敬礼をし、中秋節の祝いの言葉を言わなければならない。
澪鮮さまのあとに祝いを申そうとすると、私の言葉など待っていないかのように、玉座から下りてきた皇帝は澪鮮さまの手を取り、立ち上がらせた。
「姉上、お久しゅうございます。なかなかお会い出来なくて、寂しかったですよ」
「悪かったのう晏尚。あまり体調がすぐれなかったのじゃ。だがこうして会えてわらわも嬉しいわ」
「体調が優れないのでしたら薬師に調合させますよ。やはり姉上には後宮の方が合っていたのですよ。紹家などではなく」
主上は父上を良く思っていない。
それはそうだ。慕っていた姉を断腸の思いで降嫁させたというのに、その夫は澪鮮が三女を懐妊しているときに別の女との間にも子供をつくっていたのだから。
そしてその女との間に出来た私なんて尚嫌っている。
「澪鮮殿、本日は泊まっていかれてはいかが?主上も私もお話ししたいことが沢山あるのですよ」
頭を下げたままの私をまるでいないかのように皇帝と皇后は澪鮮さまと話している。
もう、私消えて良くないか?とは思うものの主上のお許しが無い限りはこの場から退くことが出来ない。
「皇帝皇后両陛下、お気持ちは大変嬉しいのですがわらわは今日中に帰らせていただきますわ。一刻も早く完治するよう自宅で療養させていただきます」
それではと言い、私を立たせた澪鮮さまは綺麗に微笑んで「行きましょう」と言い、部屋を出た。
澪鮮さまは優しすぎる……。
私はこんなに守って貰えるような者では無いのに……。
「嫌な思いをさせたな玉蘭…」
「いえ、わたくしは何ともありません」
そもそも主上の前に拝列する資格なんて無いのだから当たり前の対応だ。むしろ、歓迎されている澪鮮さまに嘘をつかせてさっさと退場させてしまった方が罪深く感じる。
「わたくしは…澪鮮さまがいてくれるだけでどんなものも堪えられます」
「玉蘭…」
私を抱き締め、澪鮮さまは何度もすまないと謝った。
私の予想に反していつの間にか空は晴れ、満天の星と満月が浮かんでいた。
「紹玉蘭」
ふと、後ろで名前を呼ばれ振り返るとそこには枴功がいた。
「殿下がお呼びだ。すぐに来い」
「殿下、紹玉蘭にございます。ご招待いただき幸甚の至りであります」
薄暗い王宮の回廊に立たずみ、庭園の池を見ていたようだ。
神聖で妖艶で侵してはいけないようなものを彼のまわりからは感じる。
「面をあげよ」
顔をあげるとかち合う瞳は池に反射する星空を映し、この世にこれ以上に美しい物なんて無いと言いたげなほど美しく艶めいていた。
「枴功、人払いしておいてくれ」
「御意」
枴功がいなくなると、遊瑧さまは手すりに腰掛け、夜空を見上げた。
「遊瑧さま、わたくしを王宮に呼びつけた理由をお聞かせください」
遊瑧は視線だけこちらに移し、嘲笑うかのように口角をあげた。
「相変わらずの端女だな」
は?第一声がそれ!?
「翠華には遠く及ばぬ見目だ。憐れだな」
「そんなことを言うためにわたくしを呼び出したのですか」
「久しぶりに会って少しは変わったのかと思ったんだがな、期待はずれだ」
なんだこの男は!
失礼にも程がある。
「遊瑧さまの目にどう映ろうとわたくしは何とも思いません!」
「ふ~ん…昔は姉を見返したいからと余の後宮に入れろと言ってきただろ」
「今は姉を見返したいなんて思っていません!それに後宮にも入りたくなど無いです!」
昔は確かに入りたかった。皇太子の目にとまったのは姉たちのような美人ではなく、妾の娘で容貌に恵まれ無かった私だということで見返してやりたかった。
だが結局、遊瑧さまは私でなく翠華を選んだ。
所詮、この世は持って生まれた才が全てなのだ。
だけど黒烏に出会って、世界が一転した。
彼に愛されて姉たちへ抱えていた劣等感が無くなった。
彼を愛して今の自分を受け入れられるようになった。
玉蘭の返答に驚いた遊瑧は空に向いていた顔を玉蘭に向けた。
「確かにあなたの目から見れば変わらず、器量に恵まれ無かった憐れな女なのでしょう。ですが、ある方に出会って、わたくしは今の自分を受け入れる事が出来るようになりました。愛する事が出来るようになりました」
月明かりに光る玉蘭の瞳は強い意思を持って揺れ、遊瑧を睨み付けた。
その表情を見た遊瑧はまた謎の動悸に襲われる。
彼女のその瞳から目が離せない。
「用事が無いのなら下がらせていただきます」
玉蘭が一礼し、帰ろうとするのを遊瑧は思わず手を取って引き留めた。
その行動が予想外過ぎて今度は玉蘭が目を丸くした。
咄嗟に出た手だったので遊瑧は何を言ったらいいのか分からない状態だった。
混乱する頭で必死に何かを考えたが上手く纏まらない。
先に口を開いたのは玉蘭だった。
「…遊瑧さま、わたくしの事が嫌いならもう話しかけたりしません。紹家からお帰りになる際もあなたの視界に入らないようにします」
「…………。」
玉蘭の手を握る遊瑧は無言のまま、自身の手に一瞬力を入れた。
だがその一瞬だけで遊瑧はすぐに手を離した。
「ああ。嫌いだよお前のような端女は」
こんな女に振り回されるなんて、どうかしてる。
会わなければこの謎の動悸ももう起こらないだろう。
「余の前に二度と姿を現すな」
「…………はい…」




