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縁の下の能力持ち英雄譚  作者: 瀬戸星都
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0041.開花、そして

 

 あー、終わったかも。


 眼前には黒大狼の前脚から繰り出された薙ぎ払いが迫ってきていた。鋭い爪が間も無く自分を襲うだろう。運が良ければ着ている鎖帷子で防げるか? いや無理だろうな。


 景色がゆっくりとみえる。まるで走馬灯だ。


 しくじった。一瞬ヤマトの方が気になって視線を外したのがまずかった。黒大狼はそんな隙を見逃してくれるほど甘くなかった。


 だけど、ヤマトが再び氷の剣を創り出していたということは復活したってことだな。手の届かないところにいってしまうかと思えばこれだ。まったく世話がやける。ああいう言い方をすれば動かざるをえないだろうからちょっとずるかったかもしれないけど。


 おそらく表情は変わってないだろうが心の中では苦笑した。


 あーあ、死んだらどうなるのかな。


 痛いかな? それとも何も感じない? 死後の世界はどんなだろう。やっぱり意識は消えるのかな。せめてこの戦いの結末ぐらいは知りたいな。


 未来の英雄を救ったもの、なんて呼ばれると少しは報われるかな。


 一瞬想像したが、心はそれを拒絶していた。


 いや違う。


 冗談じゃない。


 あたしはそんなこと思っちゃいない。そんな綺麗事で終わってやれない。


 生きたい。生きたい。生きたい。


 ママに会ってここ最近強くなったことを自慢したい。せっかく昔みたいに戻ったお兄ちゃんともっと話したい。


 近場だけど旅に出てワクワクした。狼と会話するなんて初めての体験だった。みんな毛並みがもふもふして気持ちよかった。森での生活はそう悪いものじゃなかった。


 外の世界はまだまだ知らないことがたくさんある。もっと楽しいことがきっとある。


 そして、ここ最近ずっと一緒にいる相棒はとても気になる存在だ。堂々としているようで世間知らず。でも頭は良くて、言葉数は多くないけど的確で。冷静なようで熱いところがあって。お人好しで。一緒にいてとても心地いい。街での買い物は楽しかった。トム爺のところへもまた行きたい。今度はお兄ちゃんも一緒に。三人で。


 まだ出会って短いけれど、もっと話して、からかって、怒って、笑って……肝心なところで考え過ぎて動けないなんてことがないように見守りたい。この気持ちの、先を見たい。



 まだ死ねない!


 なんでもいい、動け!動け!あたしの体!



 そこからは不思議な体験だった。


 目の前に黒大狼の鋭い爪が振り下ろされるまさにその寸前。


 とてつもない脱力感とともに、()()()()()()()()()()()()()


 振り下ろされた爪は、ちょうど()()()()()()()()()()()()()()()()()空を切り、地を揺らした。


 何が起こっている? 夢心地で頭がうまく回らない。


 ただ、この状態がずっと続かないのはわかる。目の前のあたしは徐々にあたしに近づいてくる。そしてそのままぶつかったと思ったら光を放って消えてしまった。


 ああ、ダメだ。もう意識が保てない。


 そのまま膝から崩れ落ちた。




 何が起こった?


 見たままを言おう。


 一瞬リッカが分裂した。左右に分かれて二人になった。


 狼の攻撃はちょうど二人の間を通り、リッカは直撃を免れた。二人に分かれたリッカは間も無くまた一つにもどってそのまま地面に倒れた。


 世界が止まったかのように静まりかえっていた。



 そして徐々にまた時が動き出していく。


 締め付けられたようだった心臓が今度はかえって煩いくらいに脈動高く鳴り響いている。


 今起こったことはそこにいた全員ーーおそらく当の本人達ですら例外なく想像の域を超えていた。


「い、今のは……」


 ミラやフィーナも開いた口が塞がっていない。



 ーーまだ終わっていない。



 頭に響いた声に反応してすぐに駆け出した。


 そうだ。絶体絶命の危機は避けられた。


 でもそれだけだ。危機は完全には脱していない。リッカは黒大狼の足元。状況の分析は後だ。


「くっ、間に合え」


 だが、まだ黒大狼までは距離がある。


 一瞬、何が起こったかわからずに混乱していた黒大狼も我に返った。リッカを踏みつける気だ。


「!?」


 しかし、またとないタイミングでそれは阻まれた。


「フハハハ。面白いな、人間は。お前もさっさと目を覚ますがいい。愉快な世になっておるぞ!」


 既にボロボロになっていた白大狼だったが、側面からの渾身の体当たりは黒大狼の態勢を大きく崩した。

 力を使い果たした白大狼は地面に伏したリッカをくわえると戦域を脱出する。去り際にこちらを見たのは後は任せたという事だろう。


 最高のお膳立てだ。舞台は整った。


 あとは倒すだけだ。


 駆けてきた勢いのまま態勢を崩している黒大狼に刃を振り下ろし、そのまま溜めた冷気を半分ほど開放する。


 グァァァァアアア!!


 手応えありだ。黒大狼が苦しそうな声をあげる。その隙に核を探すが見当たらない。


「チッ、どうやらこいつも腹部の方か」


 黒大狼も一方的な展開は許してくれず、再び臨戦態勢をとった。しかし余裕がなくなってきたのか呼吸は荒い。


 よし、このままおしきる。次の一撃をお見舞いしたらカタをつけてやる。


 刀の柄を今一度握り直す。


「!!」


 先に仕掛けたのは黒大狼だった。


「ハッ!」


 しかし、最初のほどの速さも重さもない。振り下ろされた前脚を刀で迎え撃った。黒大狼はそれも予想していたのかすぐさま連撃に移るが、こちらも合わせて防いだ。思い出せ。集中しろ。防御しながらじっくりと黒大狼を観察し、機会を窺う。黒大狼は苛立ちを隠さず怒涛の攻撃を仕掛けるがすべて見切っていた。不思議とそこまでの驚異を感じなくなってきた。


 いける……いけるぞ!


 黒大狼がたまらず一歩後ずさったタイミングを見逃さなかった。


「シッ!」


 剣を振りかぶって冷気を開放し、一歩踏み込んで渾身の一撃を黒狼に振り下ろす。



 ガキィィン!



「なっ!?」



 虚をついたはずの一撃を黒大狼は牙で受け止めた。その俊敏な動きは数手前の攻撃と明らかに違った。



 まさか、誘われた? わざと動きを鈍く見せていた?



 剣から放たれた冷気は底をつき、ただの刀に戻った。


 剣を牙で受けた止めたままの黒大狼があざ笑う。



 隠していたのはお前だけじゃないぞ。



「ミラァァ!!!」



 その叫びを合図にミラが紅々と燃える矢を引き絞り放った。


 矢は真っ直ぐに黒大狼の背後を目掛けて空を切り裂いていく。


 黒大狼は野生の勘とその生存本能で危機を察知したのか、咥えていた刀を放して振り返り、その驚くべき反射神経をもって矢を紙一重で躱した。



 いや、()()()()



 その矢は黒大狼を逸れて、晴れて自由になった刀に直撃すると、同時に矢から刀に炎が移っていく。


 わずかな頭痛がしたが、それを帳消しにするぐらいのしたり顔になっているだろう。



「俺の……俺達の勝ちだ」



 燃えさかる刀を黒大狼の胴体目掛けて一閃した。



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