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縁の下の能力持ち英雄譚  作者: 瀬戸星都
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0035.再燃

 

「なんて数だ…」


 近くの物陰に身を隠し状況を観察する。黒狼達はリッカ達を囲むように五十匹はいる。リッカの母は丸腰で戦闘経験はなさそうだ。守りながら戦うとなると一段と難しくなるだろう。状況はかなり悪い。唯一の救いはリッカ達が壁を背にしていることだ。逃げ道はない代わりに背後からの攻撃を気にしなくていい。


 リッカは小刀を両手に黒狼を牽制していた。まさに一触即発。前に出たものは容赦なく斬って捨てると言わんばかりだ。確かにこの数では不殺に魔物化を解くのは難しいかもしれない。リッカの二刀流への感動はこの状況のインパクトに消されてしまった。せめてさっきの白狼達を連れてくればよかったと悔やまれる。


 位置関係からすると自分は一部の黒狼の背後を取っている形だ。人数さえいればうまく挟み撃ちにできるところだが、一人では全く意味を成さないだろう。


 しかし、やるしかない。まずは少しでも注意をひいて数を減らす。よし、いくぞ。


「リッカ!!」


 わざと声を出して注意をひいた。


 速度を上げて接近し最も近くにいた黒狼に攻撃を仕掛ける。この後に及んでと言われるかもしれないが峰打だ。黒狼たちが密集していたお陰で満足に動けなかったのか攻撃は黒狼を捉えることができた。


 これまでの経験上おそらく核は腹部だ。黒狼が怯んだ隙に体当たりで突き飛ばすと、一瞬腹部に紅い輝きが見えた。半ば強引に腹を弄ると、わずかな違和感とともに核が地面に転がった。次いで頭痛が襲った。


 今の感覚は……。



 時を同じくしてリッカも攻撃に転じていた。


 ヤマトの声が聞こえた瞬間に黒狼の注意が逸れたのを見逃さなかった。正面の黒狼に斬りかかって傷を負わせるとすぐに元の位置に戻り再び攻撃に備えた。ヒットアンドアウェイだ。リッカの母を守ることを考えるとおそらくこれが最善だ。


 しかし、攻撃を仕掛けたのをきっかけに他の黒狼が攻撃を仕掛けてきた。リッカは一方の小刀で攻撃を防ぐと同時にもう一方の小刀で相手に一太刀浴びせる。防御してから攻撃に移る一連の動作が流れるように熟練されていた。


 緊迫する状況だが、心は冷静だった。相手の動きも良く見えているし息も上がっていない。白狼達との鍛錬が活きている。以前の自分だったらパニックになって闇雲に突撃して終わっていただろう。


 止めていた呼吸をゆっくりと吐き出すと、リッカは驚いた表情をした母と目が合った。


「少しは心配が減った?」


 リッカは母からの返事を待たずにまた黒狼達へと小刀を構えた。



 奇襲は成功したが一匹目の戦闘が終わるころにはすでに黒狼たちが態勢を立て直していた。


 リッカの方も始まったようだな。


 黒狼達でできた壁の向こうでも戦闘が始まったようだ。リッカのところまでたどり着くには目の前の黒狼たちを何とかする他はない。その間持ち堪えてくれよ。


 自分も油断すると一気にやられてしまうだろう。一瞬たりとも気を抜ける状況ではないが、気になるのはさっきの感覚だ。それに覚えのある頭痛。


 間違いない。


 自分の最初の能力である念動力を使った代償だ。


 念動力は自分で手を触れなくても念じるだけで物を動かせる能力だ。


 状況から一つの仮説が浮かび上がる。



「もしかすると念動力と調和の能力は同時に使えるのか」



 黒狼の腹を弄ったときにはっきりと核を掴んだ感触は無かったのに外れた核と同時に襲ってきた頭痛。核の位置は一瞬見えて概ねわかっていたし、核を外そうとも考えていた。状況証拠としては揃っている。


 つまりだ。核の位置さえ分かれば触れる必要がない。


 そうなれば戦術も戦略また変わる。

 もっとも動かす物や距離、回数によって頭痛も大きくなるという代償があるためどこまで耐えれるかは定かではないがこれを使いこなせればこれは大きな武器になることは間違いない。こんな状況ながら笑みが溢れてしまった。我ながら悪い顔をしてそうだ。


「実験させてもらうぜ」


 そこからは無駄に攻めず、時には防御に徹して黒狼の核の場所を見つけることを優先させた。

 代償を最低限にするために出来るだけ接近して能力を使う。数匹を相手にしたところで特に相手に触れた状態だと代償が大幅に小さいことがわかった。


 次第に念じるタイミングにも慣れ半分ほどの黒狼の魔物化を解除したときだった。


「くっ……」


 頭痛だけでなく、もやっとした何かが体を蝕んだような感触に思わず膝をついてしまう。


 嫌な感じだった。流石に能力を使い過ぎたか。

 これでも白狼達との鍛錬でかなり体力がついていたのだろう。能力に気づいた頃とは段違いに持ち堪えられた。


 しかし問題はリッカの方だ。まだ半分は黒狼が残っているうえに状況がかなり悪そうだ。


「何か、何か手はーー」




「いつっ……!」


 黒狼の爪がリッカの腕を掠め血が流れ出していた。


「ちょっとマズイかも……」


 黒狼の後方で、どんどん数を減らしていく頼もしいヤマトが見えていたがその流れがぴたりと止まった。無言でやられることはないと思うが何かあったのだろうか。


 ここまで大きく動かずに黒狼達を牽制するような攻撃ばかり続けていたが、その分攻撃も浅く、手負いではあるものの黒狼の数は一向に減っていなかった。完全に殺すことを選べば少しは楽かもしれないが自分を成長させてくれた白狼達の仲間だと思うと非情になれなかった。


 しかし遂に恐れていた事態が起こった。


「……くっ!」


 一匹の黒狼が隙をみて、リッカの母の方へ攻撃を仕掛けたのだ。


 もちろんその可能性は初めから頭に入れていたし、最も注意していたことだった。


 リッカは即座に反応し母との間に割って入ると黒狼の攻撃を防いだ。


「へっ、そうはさせるかっての」


「リッカ!」


 母親の声が飛ぶ。ほぼ同時に次の一匹がリッカを目掛けて攻撃を仕掛けてきた。


「連続攻撃かっ!」


 リッカは慌てずに空いたもう一方の小刀で防いだ。

 しかし、さらに次の瞬間、もう一匹が攻撃を仕掛けてきた。


 ーーさ、三連撃っ!?


 慌てて一匹目を振り剥がそうとするが、小刀をガッチリと噛みつかれていて離れない。


 ーーまずいっ!



 まさに黒狼が無防備な状態になったリッカに襲いかかるその瞬間がゆっくりと見えていた。


 しかし自分からは距離が遠く、能力も使い過ぎて念動力も発動できない。


「リッカぁ!!」


 叫ぶことしかできなかった。



 一瞬、世界が静止したようだった。



 次の瞬間、目にした光景は想像と異なっていた。



 リッカへと襲いかかる黒狼との動線上に一本、見覚えのある剣が突き刺さっていた。


 次の瞬間、勢いよく走ってきた黒狼は思わず急ブレーキをかけて方向を変えた。呆気にとられたのは黒狼たちも同じだったのか、両の小刀を抑えられていたリッカはあっけなく解放された。


 全員が剣の飛んできた方向を見上げると、壁のさらに上ーーリッカの家の窓から一人の青年が身を乗り出していた。青年は身軽に窓から屋根をつたって壁の上に飛び移ると地面に降り立ち、刺さった剣を引き抜き片手で背に担いだ。


「人の妹に手を出すとはいい度胸だ」


「お、……お兄ちゃん……」


 まだそこにいるのが信じられないかのように大きく目を見開いたリッカから自然と声が漏れた。


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