0032.飛躍
時を同じくしてリッカは五匹の白い狼たちに囲まれていた。
「はぁっ……はぁっ……」
呼吸は荒く、肩を動かして肺に酸素をとりこむ。
狼達は休む間もなく様々な方向から攻撃を仕掛けてきた。装備した小刀で防いでいくが少しずつ反応が遅れてきていることを実感していた。
持久力不足。それは自分の身体的には仕方のないことと半ばあきらめていたことでもあったが、相手が戦場でそんなことを考慮してくれるはずもない。今の自分の欠点であることは間違いなかった。
思考の間にも続く背後からの攻撃を振り返り様に防ぐ。
しかし持久力は一朝一夕で身につくものでもない。もちろん鍛錬を継続的に行うことは重要だがそれだけでいいのだろうか。
ちょうどそのとき、白い大狼が姿を現した。まるでこちらの思考を読み取ったかのようなタイミングだった。
五匹の狼達は一旦攻撃を止め、仕掛けてくる気配を消した。休憩ってところかな。
「ヤマトは?」
「あやつならのびておる」
「力不足だったか?」
「もちろん実力はまだまだ物足りない。しかし、悪くない成長だった。現時点ではお主の方が先をいっているが、そのうち追い抜いてしまうかもしれんな」
白い大狼はたいそう機嫌良さそうに笑った。
想像以上の評価だった。ヤマトは一体どんな戦いを見せたのだろうか。あたしから見てもヤマトの動きは素人同然だったはずなのに。
一瞬今まで考えたことのなかった不安がよぎった。
もしヤマト自身が強くなってしまったら?
もちろんそれ自体は喜ばしいことだが自分の存在価値は減ってしまうのではないだろうか。今は一緒に行動しているがそれがずっと続く保証はない。ヤマトが簡単に見放すとは思っていないが、逆に自分が守ればいい、と足手まといでも何とかしようとしてくれそうな気がする。しかしそんな優しさに甘えるわけにはいかない。お荷物扱いはゴメンだ。あたしはあたしの価値を見出さなければならない。
荒くなっていた息が少し整い始めた。
まだ焦りというほどではないが、立ち止まっている暇はない、という強い向上心が芽生えていた。
「フフ。少しは気合が入ったようだな」
「……少し癪だけど」
自分にこんな感情が沸き起こるとは正直思っていなかった。ヤマトのことをどう思っているか。そのことについて深く自問したことはなかったし今それを深く考えるつもりはないが、少なくとも見放されたくない自分がいた。何故かそこはかとなく悔しい気持ちもあったが、それよりも今は自分を伸ばすことに全力を尽くしたいという気持ちが占めていた。
「あたしも少しはレベルアップさせてもらうぜ!」
再び小刀を構えると、五匹の狼が再び臨戦態勢をとった。
緊張感が張り詰めていくなか、白い大狼がゆっくりと移動を始めた。
「お主の身体では身の丈に合った小刀を選ぶのは妥当な判断だ。しかしそれではただでさえ軽い動作がますます軽くなってしまう。並の男では片手で受け止められる衝撃でも態勢が崩されてしまうだろう」
白い大狼はそばに置いていたリッカの荷物をあさりだすと何かをくわえて器用に放り投げてきた。
「おっ…と」
リッカはとんできたものを空いた片手で上手く受け止めた。それは予備の小刀だった。
「しかし両手ならどうかな?」
白い白狼が愉快そうに問いかける。
「初めは上手く扱えぬかもしれぬが、お主は身体的にもまだ成長の途上。早いうちから慣れておくのは悪くない選択肢だ。両の手が使えることはきっとお主の財産になろう」
両手に剣、誰しも一度は想像したことがあると思う。しかし実際に自分がそのスタイルをとることは考えもしなかったし、実際に両手に剣を持って闘ったことはない。ないが……。
ゆっくりと小刀の刃先を隠していた鞘を外すとしっかりと柄を握った。
「上等。ちょうどあたしも新しい何かが欲しかったところだ」
小刀を両手に構え直したのを皮切りに一匹の狼が攻撃を仕掛けてきた。
いつもの防御とは違い、ちょうど小刀を交差するようにもう片方の手を加えた。
「……!」
力の分散は想像以上の効果だった。両手による防御は安定しており態勢が崩されることはなかった。
次の瞬間、別の狼がその牙で噛みついてきていたが、態勢が悪くなかったのでいつもより余裕をもって片手で防御できた。
「これならどうだっ!」
ほぼ同時に、もう片方の手に握られた小刀を振りかぶった。さっきまでとは異なり防御に余裕がでたことでとれた選択だった。
狼は噛みついていた攻撃を中断し、小刀を避けるように一歩引いた。結果、狼には全く届かない攻撃であったが自分の中には確かな感触があった。
「……こんなにも変わるのか」
小さくつぶやいた。
まだ狼が慣れていない奇襲のようなパターンだったからかもしれない。それでも今までと全く異なる駆け引きに自分でも驚きを隠せなかった。防御しながら攻撃に移れるという状況が相手の攻撃を牽制した。それは狼の初撃が浅くなるということにもつながった。体力の消耗も今までとまた違ったものになりそうだった。だが同時に新たな弱点も見えていた。それは新しく使い始めた小刀を握る握力が弱くなってきたことだった。このまま攻撃を続けるといずれ剣を落としてしまうだろう。
「あははっ」
でも今はただ自分の新しいスタイルに自然と笑みがこぼれてしまうのであった。




