0002.遭遇
小屋を出てあたりを見渡す。自分のいた小屋は偶然にも破壊されずに原型をとどめていたが周囲の建物は一部が崩壊、もしくは全壊している。魔物が襲来した爪痕だろうか。
幸いにも周囲には人も魔物も両方の死体はない。魔物が建物を破壊しただけならいいのだが。小屋から離れて散策を続ける。すると、崩壊したとある家の庭に木刀が転がっていた。稽古用だろうか。もし魔物が出現した場合を考えると武器になるものは欲しい。手ぶらよりかはるかにマシだ。
「火事場泥棒のようで少し気が引けるが、ここは少し借用させてもらうことにしよう」
木刀を片手にさらに歩いていくと、集落の終わりにたどり着いた。
「ここが最後の家のようだが、やはり人はいないか」
崩れかけた建物から少し中の様子を伺う。
ーーガタッ
突然近くから音がした。
「だ、誰だっ」
とっさに木刀を構える。明らかに素人の構え方だが、これまで剣を振るったことなどないのだから仕方がない。
「ど、どこだ?」
息を呑んで周囲を見渡すが、音の発生源が見つけらない。言語が通じているかはわからないが、知的生命体なら少なくとも何かしらの返答があってもいいはずだ。それがないということは、まさか魔物か?そこまで思考がたどりつき、一瞬血の気が引く。
だが、まだ単に警戒しているだけかもしれない。慎重に辺りを窺うが、まだ反応はない。
「気のせいか…?」
わずかに気を緩めた瞬間、足に鋭い痛みが走った、ような気がした。
「痛っ…くない?」
すると、足元に子犬のような生物が爪を立てて噛み付いていた。
しかし、たまたま履いていた厚いジーンズに阻まれていた。私服勤務の会社で助かった。ジーンズにシャツ、スニーカーというカジュアルな格好だが動きやすいし、ジーンズはそれなりに丈夫である。体が縮んだせいで少しダブついているが、それも良い方向に転んだようだ。
まだ噛み続けているが、力がないのか子犬がじゃれてきているようにしか思えない。
「ふぅーーーー。脅かさないでくれよ」
息を吐き、そのまま地面に腰を下ろす。その生物の胴体を掴むとズボンから引き剥がした。少し暴れたが、観念したようだ。
「犬……かな」
小型犬サイズでよく見るとそれなりに可愛い目をしている。これは魔物のこどもなのだろうか。住んでいた誰かのペットといっても通じそうだし、そうなのかもしれない。
グゥゥゥ。
気が抜けたのか、そのときお腹がなった。
そういえば、食糧についても考えなければならない。転移した動揺ですっかり忘れていたが最優先問題である。改めて子犬を見ると、一瞬子犬が焦って目を逸らしたように見えた。
想像したことが伝わってしまったのだろうか。苦笑して子犬をおろしてやった。意外だったのか子犬は一瞬不思議そうな顔をして、地に足が着いた後も逃げ出さずにこちらの様子を伺っていた。
もともと犬を食べる習慣なんてなかったし、本当は魔物で食べて大丈夫かどうかもわからないし、な。どうしようもなくなったら、そうせざるをえないかもしれないけど。そう思いながら、ポケットの中身を漁る。
「おっ、あった」
ポケットには朝飯代わりに食べようと思っていたチョコレートが入っていた。どうやら無事一緒に転移したようだ。見たところ腐っている様子はない。
「ほら、半分やるよ」
チョコレートを割って半分を地面に置き、もう半分を口に運ぶ。甘い。脳が喜んでいるといったら大げさだろうか。子犬は、恐る恐るチョコレートを舐め、少ししたらかぶりついてた。一瞬、魔物に餌を与えると罪になるなんて法があったらどうしようかと頭をよぎったが、俺はたまたまチョコレートを落としてしまって、こいつはたまたま落ちてあった物を食べただけだ。それでよし。
「次会ったときは本当に命のやりとりになるかもしれないからな」
理解できるはずもないが、チョコレートを食べている犬に向かってそう言うと再び立ち上がった。
よし、とりあえず水の確保が必要だな。あと、次こそは人に会いたいな。
村を出て探してみるか。
村の外へと歩きだした少年を子犬が見つめていた。