0017.新たな目覚め
方向性が決まると何かと動きやすい。なんとなく再スタートを切った気分だ。
やるべきことはなんだ。やはり魔物を倒せる実力を身につけることが先決か。ついでにお金も稼げるし一石二鳥ではある。
冷静に自分を分析する。幸運にも能力は二つある。これはアドバンテージのはずだ。しかし武道についてはからっきし。タイマンになったら勝ち目はない。サポート向き、あるいは隠密行動向きだな。
相手は魔物だしこれは実戦だ。型なんかなくても刃物で斬りつければ致命傷は与えられるはずだ。問題は如何にしてその状況を作り出すか。不意打ち、罠、……頭を使うしかない。逆に罠を仕掛けられた事を考えると、やはりある程度の自衛はできるようになっておきたいが、それは経験を積むしかないか。誰かに師事できればいいんだが。
思考を巡らせながら、それとなくリッカを見た。
仲間がいると何をするにも選択肢は一気に広がる。ずっと自分の側に護衛をつけるという手もなくはない。自分に出来ないならやってもらう。それは常套手段だが……
こちらから視線を送ったものの、何もしゃべらないのでリッカは不審そうな目で見てくる。
やはり年下のリッカを巻き込むことは出来ないな。リッカの母にも顔向けできないし。
誰かアタッカーを探す、ということは常に頭に入れておくことにしよう。
よし、大体考えは整理できたな。
「ヤマトはいつもそうなのか」
「うん?」
「そう、急に黙って……その、ムスッとした顔をし始めるのは」
「ああ、すまない。どうも考え込んでしまう癖があってな」
「ふ、ふんっ、別にいいけど……わりとみられる顔できるじゃねぇか」
「ん?」
後半は声が小さかった。
「何でもない。ヤマトはこれからどうするつもりだ」
「俺も魔物を倒そうと思っている。だが、碌に剣も振るったことがなければ、そもそも武器すらもっていない」
「ダメダメだな」
「責めてるわけではないが、あのお金で買おうと思ってたんだよ」
「ぐっ……。わかった。あの剣はダメだが家に戻れば、兄貴のお古の剣がいくつかあるはずだ。それなら使っていい」
「助かる。ところでリッカはどうやって魔物を倒すつもりだ?」
「あたしは小さい頃から兄貴の相手をしていたんだ。それなりに腕に覚えはある」
今も小さいけどな。
声には出さないが、疑いの目で返しておいた。
「本当にリッカも魔物を倒しにいくのか?」
「ああ」
「どうしてもいくのか? 家族には何て言うつもりだ?」
「何も言わないさ。言ったら面倒なことになる」
何とか穏便に引き止めたいが、リッカの覚悟は固そうだ。
「なに、狼の一匹や二匹なら問題ない」
やはりこの辺りで魔物といえばあの森で遭遇した狼か。だが、あいつらはもっと複数で襲ってくる可能性もある。
「わかった。じゃあ俺も同行しよう。もし俺が危なくなっても助けなくていい。足手まといになるつもりはないからな」
「……まあ、別にいいけど」
リッカの了承は得られた。少なくとも単独で行かせるよりはマシなはずだ。最悪の場合は俺が囮になって時間を稼げばいい。リッカ母には俺が唆したと思わるかもしれないな。そう苦笑していたときだった。
「……見つけたぜ」
聞き覚えのある声がきこえた。
「ベルグっ!」
すぐにベンチから腰を上げ、リッカとともに間合いをとった。
「ふん、妙な格好をしてやがるから助かったぜ。隣りにいるのはさっきのガキだな? まだガキだが服が変わるとまだマシだな」
ベルグが下卑た笑みを浮かべる。
迂闊だった。少なくともこの街でジーンズを履いているのは俺ぐらいのようだ。せっかくリッカが着替えても俺と居たんじゃ意味がない。
「気前よく支払ってくれたのかと思ったが、千二百ゼムしかなかったぞ? 俺は二千と言ったよな?」
ちゃんと拾って数えてきたようだ。体の割に細かい野郎だ。
「拾う手間も面倒だったぞ? でも俺は寛大だ。迷惑料も込みで五千ゼム出すなら許してやる」
メチャクチャだ。こいつはもともと剣を売る気もない。
そもそもそんな金を持っていれば逃げやしなかった。
横目でリッカを見るが緊張した面持ちだ。何か策があるようには見えない。
能力を使ったとしても逃げ切れるとは到底思えないし、何度も能力を見せて見破られるのも嬉しくない。
万事休すか。剣を渡せば命まではとられないとおもうが。
カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!
そう思ったとき、甲高い鐘の音が響き渡った。
ーー魔物だっ!魔物の群れが街に迫ってきているぞっ!
どこからかそんな声が聴こえた。
「チッ!こんな時にっ!」
ベルグが舌打ちする。
「おい!お前らっ!早く剣を出しやがれ!すぐに出せば見逃してやる!」
ベルグが勢いよく胸ぐらを掴んできた。
「悪いな。生憎だが剣は隠してあるんだ。取りに行くにも時間がかかる」
「この野郎っ!」
ベルグが右の拳を振り上げ、その拳がゆっくりと自分の頬に当たるのが見えた。
勢いよく地面に倒れ込む。
「ちっ、探している暇はねぇ。ひとまずギルドに戻るか」
ベルグは踵を返すと駆け出していった。
「お、おいっ!大丈夫か?」
緊張が解けるとリッカが慌てて駆け寄ってきた。
いつもの口の悪さが想像もつかないような心配そうな顔で覗き込んでくる。
「ははっ、リッカもそうしていると……みられる顔してるな」
「おっ、おまっ、さっきの聞こえて……」
リッカは照れ隠しの一撃を腹にお見舞いしてきた。
じんわりとした痛みを感じつつ、リッカをからかうのが癖になってきたなあ、と思わないでもなかった。
危ない何かに目覚め始めているのではない、はずなんだけど。




