0010.森を抜けるとそこは
目が覚めたら後頭部に柔らかいものが、なんてそんな甘い展開はなかった。残念。
「あら、起きたのね」
すぐそばでミラが座っていた。介抱はしてくれたようだ。
「俺は……」
記憶を思い起こす。確かミラの額に触れた瞬間に…そうかそのまま倒れたのか。
記憶は失っていなかった。
「能力を使った代償は?」
「ごらんの通り、さっぱりなくなったわ」
ふむ。状況からみて間違いないようだ。
「どういうことかしら?」
「こっちが聞きたいよ」
そう言いながら心当たりはないでもなかった。
調和を司るものから授かった力。 過ぎたるを戒める力。
ミラの能力行使による高熱を抑制した。そう考えると辻褄は合う。俺の中に入ってくるような感覚があったからもしかすると自分の内でしか緩和できないのかもしれない。
よくよく考えるとミラが狼に炎の矢を放ったときも熱かったが火傷は負わなかった。調和の力が働いていたと考えれば説明がつく。そう言えばミラも不思議そうにしていたな。
生傷は治っていないところをみると傷には効かないのかもしれない。さしずめ特殊効果耐性ってところだろうか。まだわからない条件があるかもしれないから自分から火に手を突っ込むような度胸はないが。悪くない力だ。あとはどこまで制御できるか。
ふと、使いこなしてみせよ、と言った調和を司るものの言葉を思い出した。自分で力は要らないといったのに便利だと使いたくなる。心の中で自嘲すると横から視線を感じた。少し考え込み過ぎたか。
「本当に大丈夫?」
「ああ。ところで、どれぐらい倒れていた?」
「そうね、十分ってところかしら」
「いつも代償はどれぐらい続くんだ?」
「ずっとひどい熱というわけじゃないけれど、約二時間ね」
生傷を除くと高熱の自覚はなく体調的には問題ない。つまりミラの代償が明らかに短くなっている。これが調和の力の威力。ついでに意識がとんだことで、初めての戦闘で興奮気味になっていた精神的な緊張も落ち着いてきた感がある。無駄口ならぬ無駄思考が加速しそうだ。
「それがヤマトさんの能力ということでしょうか。そんな能力、過去に聞いたことはありませんが」
フィーナも会話に加わる。
「俺も初めてのことだからよくわからないけど。もしそうだとして、代償が気絶することだとしたら使い勝手はどうだろう」
「やりようはいくらでもあります。近くに護衛をつけるとか」
「それに能力も鍛えれば成長すると言われているわ。もしもヤマトの能力が熱を消す能力だとして、高熱でも簡単に消してしまえるように能力が上がったとしたら」
「したら……?」
「……使えるわ(ます)ね!」
ミラとフィーナの声が重なった。どこか興奮気味だ。
その気持ちもわからないではない。一撃必殺レベルの能力を連発できるとしたら鬼に金棒だ。特にミラにとって俺の利用価値が一段上がったことは間違いない。それにミラは熱を消す能力だと勘違いしているようだが熱を下げる能力ではなく汎用的な調和の力だとすればおそらく熱に限らないはずだ。
「実戦レベルまで能力が上がればいいな。もっとも、まだ代償もはっきりしていないけど」
どうやらようやく運が向いてきたようだ。今度、調和を司るものにお供え物でもしたほうがよさそうだ。
ヤマトが立ち上がると二人も腰をあげ、再び森の出口へと向かった。
遭遇した五匹の魔物のうち仕留めたのはミラが能力を使った一匹だけで、後の四匹は追い払っただけときいたのでまた戦闘があるかと構えていたが、その後魔物に遭遇することはなかった。道中、二人から魔物の話や能力についてききながら一日ほど森を進んだ。
「そろそろね」
さきほどから高く生い茂っていた草木が少なくなって段々と視界が広けてきた。この辺りはときどき人が入って踏まれているのか、通り道のような痕跡もある。さらに進むと木々の間隔も広がり、そして遂には森の終わりが見えた。
「ついに出口に辿り着いたんだな」
森を抜けるとそこは不思議な国でした。 いや、もともと不思議な国に来たんだった。森を抜けてもまともな国に戻ってきた感じはしない。
「あれは……」
前方にはちょっとした西洋風のお城が建っていた。そしてその手前には建物が多く並んでいる。一キロほど先だろうか、どうやら城下町らしい。森の方の土地が高くなっており周囲に大きな障害物もないため街全体が見えるがとりあえず日本ではなさそうだ。
「あれが私達の住むブレイズ王国よ」
久しぶりの帰還だからだろうか、ミラもフィーナも上機嫌に見えた。




