動き出す狩人
颯とスピカの二人は、颯が発動した転移魔法で草原地帯から西の森まで一瞬にして移動した。西の森の中央に存在する、少しだけ開けた草原だった。
「よし、成功だ」
「ここは…あの時の……あんた、どうして転移魔法が使えるわけ?」
スピカは当然といえば当然の問いを投げかけるが、颯は少し考えてから答えた。
「そうだな。先にモッツの話をしていいか?」
「…しょうがないわね」
「まず、あいつの本当の名前はアルギエル=ドラゴン。町の名前と同じだから何か関係はあるんだろうけど、それはまた今度な。まあ、で、ちょっとしか話してないから詳細はよくわかんないんだけど、とりあえずお前のこと嫌ってたぞ」
「え、ちょ、わた…嫌ってたって……じ、じゃあ、その話したってどういうことなのよ?」
スピカは仲間に裏切られたような顔をしたが、他の質問に変える。
「アルギエルの死骸が宙に浮いていただろ? あの時にアルギエルの魂? ってのと話してたんだよ。そんで、この剣と共に魔力を貰った」
颯は三本あるうち、背中に掛けていた鞘から、パーガトリー=アルソウルを引き抜いた。鞘という鞘ではないが、その宝剣がしっかりと持ち運べるように、ガチっとはまる鞘のようなものを作っていたのだ。
依然としてその輝きを失わずにその宝剣を目立たせる竜の紋章は、月光を浴びて更なる輝きを見せる。
「金色…? これ、剣なの? 変な形……それにしてもその鞘はこの剣をしまってたのね」
「これは元々アルギエルが体内に持ってたやつらしくて、この剣にアルギエルの魂を入れることでなんか仕掛けが発動するようになるってさ。まだ試したことはないんだけど、きっと強いぞ」
「へぇ……ってことはその剣の中にはアル…アルミホイル? の魂が入ってるのかしら?」
「おい、アルギエルが怒るぞ」
「…で、結局転移魔法はどうやって使えるようになったのかしら?」
「ああ、すまん。さっきこの剣と共に魔力を貰ったって言ったろ? そんときに貰った魔力のお陰で、全属性使えるようになっててさ。あのあと頭の中に転移魔法を発動させる方法が湧いてきてさ、そんでできた」
颯は自分にしか理解できないであろう説明を終わらせ、それを聞いたスピカは驚きと呆れ、疑問等を抑えることができず、深い溜め息をついた。
「全くわかんないわね。それに全属性使えるって、あんた人間やめたら?」
「なんだ? 妬んでるのか? 全属性使えるからって、魔力が尽きればただの剣士だ。だから魔法を使うのは程々にするよ」
「要するに結構チートっぽい力を持ってるってことなのね。マジ、ソンケイシマスワー」
「お、妬んでるのか? だが俺は悪いとは思わないぞ」
「…あんたはもう…!」
スピカが怒りを限界にし始めたところで、草陰からガサッと音がした。
「おい、来るぞ。おそらくベヒモスだ」
「ぐぬぬぬぬ…やるしかないわね…」
ナイスベヒモス! お前サイコーだぜぇ!
颯はパーガトリー=アルソウルをインベントリにしまうと、ベヒモスの様子を伺った。集中を研ぎ澄まし、飛び出してくる瞬間を待つ。まだ草陰に隠れているようで、なかなか姿を現さない。
「魔法で撃っていいかしら?」
「ああ、とりあえず火属性のなんかぶち込んでみたらどうだ?」
「じゃあ行くわよ」
スピカはベヒモスが音を立てた草陰に右手の掌を向け、目を鋭くする。それを見た颯はその場所から少しだけ動き、移動速度強化の魔法を発動させた。
スピカの掌の魔法陣から数個の火炎玉が放たれ、それぞれ茂みや木に着弾する。と――
「ガアアッ!!」
茂みから二頭のベヒモスが、スピカがいる方向へ一直線に飛び出した。目が赤く輝き、異様なオーラを漂わせた普通ではない個体のベヒモスだ。小さめの体をしている。角も十五センチほどで、まだ大人にまで成長していないようだ。
颯は狙い通りと踏んで、瞬時に大地を蹴った。
自信に近い方のベヒモスの顔辺りまで移動すると、右手で柄を握った普通の剣で居合切りを放った。鞘から火花を散らして抜かれた剣身が、ベヒモスの右眼を斬りつける。返り血が装備に付着した。颯は更に体を右に半回転させ、剣を縦に振り下ろす。その剣先はしっかりとベヒモスの左眼を捉え、一頭目のベヒモスの視界を奪う。と、颯の体は既にもう一頭のベヒモスへと向かっていた。体の左下に構えたその剣で、ベヒモスの右前脚の付け根を狙って視界の左下から右上にかけて斜めに斬る。鋭利な刃がベヒモスの右前脚の筋を通り、右前脚の機能を停止させる。
手ごたえあり――颯はそう感じ、二頭目のベヒモスの前を通り過ぎた自身の体を、地面を蹴って再びそのベヒモスに向かって直進させる。
「うらああぁぁ!!」
颯は叫びながら両手で握っている剣の柄に更に力を籠める。颯の体がベヒモスの腹辺りまで近づいた時、剣先をベヒモスの腹に向け、地面を全力で蹴った。ズブッと音を立てて、剣身が腹の肉に突き刺さる。鋭く尖った剣先が、剣を突き刺した腹の反対側から顔を出す。ベヒモスの腹を貫いた。
「「グガアァァァッッ!!」」
まさに一瞬の出来事だった。視力を失ったベヒモスと、前足を斬りつけられ腹を剣で貫かれたベヒモスは動きを止め、同時に悲鳴を上げる。
颯の動きを捉えられなかったスピカは、状況の整理をするのに時間が掛かっている様子。
「これで、最後だ…」
二頭目のベヒモスに剣を刺した時点で後ろに下がって距離をとっていた颯はそうつぶやくと、その黒く澄んだ瞳で二頭のベヒモスを捉え、再び地面を蹴った。
「おるぁああああ!!」
颯の叫びと共に、火炎剣の剣身が二頭を共に焼き斬った。
◇ ◇ ◇
「いや~、小型のベヒモスで助かったわ。あんなに楽に倒せたよ」
颯は火炎剣を納刀した後、スピカに歩み寄った。スピカはあきれた表情で颯を見つめる。
「あ、あんた…強すぎないかしら?」
「え、普通じゃね?」
「まず剣士なのにも関わらず陰魔法を使って戦うなんて、聞いたことないわよ…」
「そういう固定概念を持ってるからだろ? つか、みんなこれ思いついてないの? 普通にできると思うんだけど」
「あんたは普通じゃないのよ。あの一瞬でベヒモス二頭討伐…しかも変な個体だったし」
「そうかー照れれるなー」
「いちいち癇に障る台詞を吐かないで頂戴。で、残りベヒモス八頭になったわけだけど……妙に静かね」
気が付けば、辺りはしんとしており、モンスターの気配が感じられない。
「…そうだな。なんかヤバいやつでも来るんじゃね? それかこの前のプレイヤーキラーとか」
「ええ、警戒しておいたほうがよさそうね。さて、ここから移動するの? それとも動いて探すの?」
「俺は探した方がいいと思うが…なんか潜んでそうだしな。しかも夜だし、ちょっと危ないかもしれない。待ってたらあっちからくるんじゃね?」
「じゃあ…ちょっと試したいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「なんだ?」
◇ ◇ ◇
「へぇ…こんなものがあるんだな」
颯は高い位置に設置された小屋を見て感嘆の声を出した。
「ええ。この前ここでモンスターと戦闘中に偶然見つけたのよ。まったく、誰が作ったのかしらね」
「それにしてもよく見つけたな。これ見つけるの意外と難しそうだぞ」
最初に来た時は葉の生い茂った木々に囲まれ、全く気が付かなかった。
「さ、グズグズしてないで行くわよ」
「だな」
スピカは太い木の枝の上に建てられたあの小屋に向かって飛び始める。颯も身の回りを警戒しながら、それに続いた。
――姿を消していた二人のプレイヤーがそばに隠れていたことを知らずに。
◇ ◇ ◇
小屋の戸を開けて剣を構えた颯は、中に人の姿は見当たらなかったことを確認した。
「スピカ、誰もいないようだぞ」
颯とスピカは二人とも光で足元を照らし、小屋を調べ始める。
すべて木造建築で、小屋の中心には机と、椅子が四つあり、机の上には書類等が散らばっている。小屋の隅に置かれた棚には、飲み物やモンスターのドロップアイテム、双眼鏡、武器等が並べられている。いずれもプレイヤーが使用するものには間違いがない。
「……なんだか、さっきまで使ってたみたいね。少し散らかってるわよ」
颯は机の上に散らばっている書類を手に取ろうと手を伸ばした。と、その時だった。
小屋の周りをいくつかの閃光が迸った。そして――
ドオオオォォォン!!
颯とスピカがいた小屋を中心とした、大爆発が起こった。
爆炎により木が発火する。爆風が木々を揺るがす。正真正銘、爆裂魔法だった。
その大爆発は小屋を丸呑みにし、小屋は跡形もなく消し飛ぶ。どこかに消えたのか、またはゲームオーバーになったのか、いずれにせよ颯とスピカの二人の姿が見当たらない。
「タクトさん、あいつら逃げたんでしょうか?」
「いいや、まだこの近くにいるはずだ。探すぞ」
「あの二人に連絡します?」
「ああ、頼む。…さあ、やつらを狩るぞ」
双眼鏡から目を離したプレイヤー、タクトは、狩人のような瞳をギラっと輝かせ、不敵な笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
「あっぶね~…あのときスピカがそばにいなかったらスピカは助かってなかっただろうな」
「あんた…わたしの命より自分の命のほうが大切なわけ?」
「もちろん。今回は運がよかったってことでいいだろ、別に」
「はあ…心底見損なったわ。ほんっと、海の藻屑になって〇ねばいいのに。普通なら女の命のほうが大切でしょうが。…あと、その汚らわしい手でわたしに触れないで頂戴。あ~暑苦しい」
「これだから助けたくないんだよ。助けてもらったことくらい感謝しろよ、このマヌケ!」
「なによ! あれくらいわたし一人で回避できるわよ! そこはかとなくむかつくわね。この勘違い男! アホ! 馬鹿! ハゲ! アンポンタン!」
後半四つ関係なくね? いや、それ以前に…
「俺、髪はあるから。勘違いしないでよねっ」
そう、ここ大事。これを聞いた人に勘違いされないでほしいからだ。ちゃんと髪の毛あるからな。禿げてないからな。ほ、本当だよ?
「…で、これからどうする?」
「決まってるじゃない。やつらに倍返ししてやるわよ」
話題変えたら乗ってくるんだな。一つ学習したわ。それと、そのネタ覚えてる人いたんだ…あれ何十年も前のネタだぞ? ついでにつっこんでおくが、俺らダメージ食らってないから、倍にして返したとしてもダメージはゼロだぞ。
状況の説明が遅れたが、さっきの爆発は、俺がギリギリで回避して避けることができた。間一髪ってやつ。すっげー冷や汗を掻いた。なんたって書類取ろうとしたら急に外が光るんだもん。すぐに後ろ向いてスピカを見たら呆けてたからちょっとイラついたけど、ギリギリ転移魔法が発動できて避けれた。で、今はあの開けた場所…今回転移で西の森に入ったときと同じ場所にいる。とっさに思い浮かんだ場所がここだったからだ。で、俺の言葉が間違ってたのかしらないけど、スピカに怒鳴られた。怖い。助けてママ。
「あ~、すまん。口喧嘩しちゃったから相手に気付かれたみたいだ。もうすぐ来るようだぞ」
「ほんっと、あんたがいるとろくなことにならないわね」
「お互い様だろ? さ、やつらのおでましのようだぜ」
颯は普通の剣を抜き放つと、目の前に投げつけた。すると、前方に飛んでいったその剣が火花を散らして弾かれた。そして、地面に突き刺さる。
「君…よく気付いたね」
その台詞と共に、前方の何もなかったところから、ぶわあっと一人のプレイヤーの姿が現れた。男性の獣人族だ。
「ああ、自分では存在感消してたつもりだったようだが…残念だったな。モンスターの匂いがプンプンしてんぞ。くっせぇ汚ぇ風呂入れ。それと後ろのやつ」
「ひぇっ!?」
剣を構え、今にも背中から襲ってきそうなプレイヤーを見る。こっちは人間。その拍子抜けした声と顔には、見覚えがあった。
「また会ったな、PK」
「くそっ!」
そのプレイヤーは茂みに身を隠した。と――
「僕が君たちを歓迎してあげようじゃないか。覚悟してね?」
獣人族の男性プレイヤーは、自慢(?)の髪をキザったらしくふわっと揺らし、掌を前に掲げた。
その行動意味あんのかそしてキモイキモ過ぎる。さっさと倒してえこいつ。
「望むところだ。かかってこいよ…吠え面掻くんじゃねえぞ!」
颯はその挑発と共に、勢いよく火炎剣を抜き放った。