アルギエル=ドラゴン
「爆ぜろリア充…炎天爆裂斬!」
颯は叫びながら竜をめがけて火炎剣を振り下ろすと、中心から十メートルまでの範囲が球の形で爆ぜた。その周囲では爆風が巻き起こり、辺り一帯を高熱が支配した。発火する木々。逃げ惑うオオトカゲの群れ。蒸発し始めるイースト・レイクの水面。土や雑草なども吹き飛ばされている。
一体どこの誰がリア充なのか知らないけれど、一応爆発作用付けといたからとっさにこんな台詞が出てきてしまったのはさておき。
颯により天に掲げられた火炎剣から竜へ放たれた強力な追撃は、初撃よりもはるかに上回る威力を誇った。煉獄の炎、灼熱の斬撃、爆炎の衝撃波。全力の炎で焼かれた竜はひとたまりもないだろう。
一瞬だけ覚醒したような火炎剣は、力を使い切ったために普通の剣へと戻った。
「熱っ……くっ…一体なんなのよ…」
スピカは横殴りの暴風に吹き飛ばされそうな体を、歯を食いしばって耐えながら、湖上を見据えている。
一方、颯は自身の周りに風属性のバリアを張り、爆風の影響を受けないまま宙に浮いていた。左手には通常の剣を握りしめている。
「ふぅ…危なかった。危うく自分も巻き込むところだった」
颯は一息つくと、その左手に持った剣を見た。
「お疲れさん、俺の火炎剣。これだけの力があるから、普通に作れないのも納得できるな――」
「ガアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!」
「なっ!?」
竜の叫びは、一瞬で周りの爆炎や爆風をかき消した。そう、竜はまだ生きていたのだ。あの二撃を受けたのにもかかわらず、今も尚、その生命を絶っていない。とんでもない生命力だ。
「そんな…うそ…だろ…?」
颯は目の前の光景に目を疑った。無理もない。
「くそっ…二撃じゃ倒せないのか……甘く見ていたのが悪かったな、くそ…」
しかも驚くことに、竜の姿がさほど変わっていなかった。頭からはドクドクと血を流している。少々の傷は増えたものの、初撃より効果が薄かったように見える。おそらく、竜は何かしらの耐性を持っており、爆発が効かなかったのだろう。斬撃は効果が見られたが、爆発は耐えられてしまったようだ。
颯はスピカのいる場所に戻る。彼女の意見を聞くためだ。
「スピカ! 大丈夫か!?」
「ええ、なんとか。それにしても、あの竜、タフよね」
「ああ。倒せると思ったんだがな…」
「もずく! やつのブレスが来るわ! 避けるわよ!」
「え? マジで?」
颯は後ろを振り向かずに、右に身を投げた。スピカは反対側に避けたようだ。二人がいたところへ、マグマブレスが放たれた。周りの雑草を溶かし、次の瞬間、溶岩が光り出して小規模の爆発が発生した。ただのマグマブレスではなかったようだ。
「がはっ!」
爆破により、颯は横に吹き飛ばされ、手から離れた剣と一緒に地面を転がった。
傷だらけになった体を、手を使って起こす。体中が悲鳴を上げながらも、辛うじて立ち上がる。
爆破の跡を見ると、スピカがうつ伏せになって倒れているのが視界に入った。ピクリとも動いていない。
「このっ…役立たずめ…」
竜の方へ視線を向ければ、今度はスピカに向かって止めのブレスを吐こうと魔法陣を出現させていた。十分脅威だと思われる颯がいるのにもかかわらず別の方を狙うのは、おそらく、動けない者から倒していくと決めたからであろう。
――させるかよ。
刹那、竜の右翼が飛んだ。
「? …ガ、ギアアアアァァァッ!!?」
東の森全域に痛々しい竜の絶叫が木霊する。
一瞬にして自身の右腕でもある右翼が切り離されたのだ。傷口からは溢れんばかりの血が流れ出る。それは、颯によって切断された。彼の両手には、二本の剣、両方剣身の長さが五十センチほどの双剣がしっかりと握られていた。
片方の翼を失い、体勢を崩しかけたところで、月光を浴びて銀色に煌めく二つの刃が舞う。
縦、横、斜め、斜め、縦、縦、横、クロス、斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る斬る斬る――
左翼、後ろ脚、尻尾――各部位が次々と切断されていく。無数の傷口が乱れ咲き、血で赤く染まった刃はその動きを止めない。花火のように血が飛び散っていく。
そしてついに、首が撥ねた。それでも尚、剣舞は止まることを知らなかった。宙で切り刻まれた竜は叫ぶ暇もなく、一瞬にして命を絶った。
「爆ぜろ」
その瞳に宿るものは殺意のみ。獲物を喰らうようなその殺意は、彼の潜在能力を一瞬だけ極限に引き上げていたのだ。
竜の残骸に向けて掲げられた両手の先に、魔法陣が現れる。
瞬間、バラバラに広がった竜の残骸を全て包み込むほどの範囲で爆発が起こった。火属性と風属性を掛け合わせた上位魔法である、爆裂魔法だ。竜の残骸が炎を上げて燃える。周囲に爆風が起きる。
颯はすぐさま風属性のバリアを張った。
未だ爆風に飲み込まれたまま炎で燃え盛る竜の残骸から、キラリと輝くものが目に入った。颯はバリアを張ったまま、輝くドロップアイテムらしきものに近づく。
「これは……剣なのか?」
そこには、静止した状態で剣先を湖に向けて空中に浮かんでいる黄金の剣があった。中心には竜の紋章のようなものが刻まれている。だが、その剣は剣身が特殊で、左右に伸びた金色の鍔からは、長さ五十センチ程の、間を少し開けて重なった二対の剣身となっていた。普通ならば、剣身は一つであるはずだ。
「どういうことだ? しかも…刃先が尖っていない…これじゃモンスターを切れないじゃないか。それと…金色かあ…はぁ…俺金色あまりさあ…はぁ…」
颯は少し考えたあと、今の状況についてあることに気付いた。
「なんで竜の残骸が…落ちないんだ?」
竜の残骸は、いつの間にか、その黄金の短剣を中心に球状に浮いていた。…あの爆風を微かに纏いながら。
「この剣は…いや迷ってる場合じゃない。持って帰るしかないな」
颯はそうつぶやくと、両手に持っていた剣を納刀すると、恐れずに、左手でその黄金の短剣の柄を勢いよく掴んだ。だが、その短剣は微動だにしなかった。そして、次の瞬間、颯は左手に妙な感覚を覚えた。
「なんだ…これは…」
『それは、魔力の流れじゃ』
唐突に颯の心に誰かの声が響いた。耳からではなく、心にだ。
あ~、よくアニメとかゲームで主人公の心に語り掛けてくる魂みたいなやつか。やった、俺もついに主人公デビューだ! …それはともかく。
「魔力の流れか。そして、お前は…モッツか?」
『ほう…よくわかったな、もずくよ』
モッツに、自身のプレイヤーネームでよばれた颯は、思わず怪訝な顔をしてしまう。
「あんまりその名前で呼ばないでくれるか? せめて颯で」
『承知した。なら、わしをモッツと呼ぶのもやめてくれい。わしの真の名は、アルギエル=ドラゴンという。あの女…スピカは嫌いじゃわい。わしの名前を変な意味の名前で呼びやがって』
「はは…それ、俺もわかる。って今、アルギエルって言ったか?」
アルギエル――颯やスピカたちが集う、あの町の名称。これは偶然とは言い難い。
『そうじゃ。わしゃアルギエルじゃぞ』
「まあ今はいいか。で、この流れ込んでくる魔力ってなんだ?」
『颯が使用できる魔法の範囲を拡大しようと思ってな。だから、颯は今全属性使えるようになったようじゃぞ」
「え? マジで!?」
『うむ。マジじゃ』
こんなシチュエーションで魔法の範囲が拡大するとは思わなかったぞ。つか俺、チート級の恩恵受けてね? 俺剣が得意なのに…獣人族いらんじゃん。
「…すまん。ミンチにしちゃって。しかも、こんなうれしいことまでさせてもらって」
『別に構わんぞよ。颯、お主はわしよりも上の存在じゃからな』
「ありがとな、アルギエル。それで、この剣はなんだ?」
颯はそう尋ねると、左手で握っている黄金の短剣に視線を落とした。
『その剣は見ての通り、通常の剣とは違う形をしておるの』
「ああ、こんなんじゃモンスターなんて切れねえよ。なんか仕掛けがあったりするのか?」
『よくぞ見抜いたな、颯。その通り、その剣には仕掛けが隠されておる。じゃが、その仕掛けを発動させるには、条件がいるのじゃ』
契約とか、そういうのしないといけないとか? でも、アルギエルはもう死んじゃってるからなあ。…やったの俺だけど。
『わしの魂をその剣に取り込めば、その剣の仕掛けはいつでも発動させることができる。この剣を誰かが手にするまでは湖の底で眠っているつもりじゃったが…その必要はなさそうじゃな』
「それってもしかして…」
『うむ。颯にその剣を委ねよう。わしの属性は火属性じゃから、その剣に宿る属性は火属性のみとなる。魔法剣とはちょっと違うが…頼めるかの?』
すっげー軽く言ってんな、このじじ…ドラゴン。それ、だいぶぶっ壊れてるから。
「俺で構わないなら、そうさせてもらおう。なあ、この剣さ、パーガトリー=アルソウルって呼んでいいか? 煉獄の炎とアルギエルの魂って意味だ」
『好きにせい。よろしく頼むぞ、主よ』
「よろしくな、相棒」
颯はそっと、優しい声で会話を終わらせると、握っていた黄金の短剣が動くことに気付いた。そして、その剣を両手に持ち替え、構える。
すると、今まで颯を包んでいたアルギエル=ドラゴンの残骸が眩い光へと化し、颯を包み込んだ。その光はゆらゆらと揺らめく炎にも見えて。
颯を球状に取り囲むそれは、夢の中ならではの幻想的、かつ神秘的な光景を生み出している。それはまるで…
「そう…まるで、かきたま汁に入ってるかきたまを体全体に纏っているような…幻想的な雰囲気ぶち壊してんじゃねえ、俺」
そして、颯を取り囲むかきた…光は、姿形を変えた。おそらく、アルギエルの魂そのものだろう。喜び、悲しみ、怒り等…さまざまな感情や記憶が、すべて光となってパーガトリー=アルソウルの中心に吸い込まれてゆく。そう、まるで…
「まるで、ダイ〇ンコードレ〇クリーナーのように吸い込んで…俺の例えがどうしてもこの雰囲気をぶち壊そうとしてしまうのは気のせいだろうか」
やがて、パーガトリー=アルソウルはアルギエルの魂をすべて吸い込むと、動かせるようになった。
「なんかいろいろあったけど…スピカにも感謝しなきゃな。って、あ! スピカ忘れてた!」
颯は左手にパーガトリー=アルソウルを持ったまま、焦りながらスピカの下に降り立った。それを見たスピカは、颯を見やる。
「…いろいろと聞きたいことあるんだけど」
「ああ、そのつもりだが…今日はもう夜が明けた。そろそろ、みんなが起きる時間帯だろうな」
颯とスピカは東の空を見上げた。太陽が、約二〇度くらいの高さで顔を出している。
「ええ、わたしももうすぐ起床時間になるわね。クエスト…もう諦めるしかなさそうね…」
「いいや、大丈夫だ。近くまで来い。俺に考えがある。早く来ねえと、終わっちまうぞ」
「…任せるわよ」
スピカが隣まで来ると、颯はパーガトリー=アルソウルをしまい、スピカの手に自身の掌を乗せた。
「手を繋げ。じゃないとスピカを置いてけぼりにしちまうからな」
「しょうがないわね。で、あんた、一体何を…」
「黙ってろ!」
スピカからの呼ばれ方が『あんた』に格上げしてるのを確認しつつ、颯はいつものCPUがいた場所を想像した。その瞬間、颯とスピカは、東の森から姿を消した。
◇ ◇ ◇
「…ここは…アルギエル…?」
二人は気が付くと、いつもクエストを受けている場所に二人手を繋いで立っていた。
「よしっ! 成功だ!」
「離しなさいよ、その手。それに、あんた一体…」
「すまんすまん。あと、それはクエスト報告してからだろ?」
「…そうね。行きましょ」
◇ ◇ ◇
「結構いい報酬だったな」
颯は報酬を確認し終え、その後ろに立っていたスピカに振り向いた。
「その噂の竜とやらを倒しちゃったからでしょうね。…それで、話したいところだけど…」
「すまん、俺あと一分でアラームが鳴るわ」
気が付けば、手元のデジタル腕時計は六時二五分を表示していた。
「奇遇ね、わたしもよ。どうする? 次も、ここに集合ってことでいいかしら?」
「ああ、了解。俺はだいたい夜十一時頃に寝るから、そこんとこよろしく」
「わかったわ。わたしもそれくらいの時間に寝るわ。それじゃ」
「ああ、待て」
後ろを向いて歩きだそうとしたスピカを、颯は呼び止める。
「なによ…?」
「…お前、リアルじゃ女か?」
「まあ、あんたになら教えてあげてもいいわね。…そうよ。わたしは女。一応学生ってとこね」
「本当か? まあ、俺も一応学生なんだけど…いや、なんでもない。さんきゅ」
颯がその台詞を口にしたところで、スピカは口に手を当てて微笑んだ。
「へえ、意外と歳は近かったのね。じゃ、また次で」
「ああ、今日はありがとう。ソロのときよりも楽しめた、だからありがとう」
「なに言ってんのよ。…ま、わたしも礼くらいは言っておいた方がいいかもね、助けてもらったし…感謝するわ。もずく」
「だからそれで呼ぶなって~」
「じゃあどう呼べ――」
スピカがその言葉を言い切る前に、颯の目の前は一瞬にして闇に包まれた。
◇ ◇ ◇
スマホから流れるアラームによって目を覚ました颯は、目を軽くこすると上半身を起こした。
「…スピカはああ言ってたけど…あれで実は男でしたーってのが定番なんだよな。なんか証拠でもあるといいんだけどな」
颯はスマホを手に取り、今日の日付と天気を確認する。
七月五日。快晴。
「んじゃまあ、テキトーに朝飯食うか」
◇ ◇ ◇
今は八時二分くらい。今年はなんでだか知らんが、めちゃくちゃ暑い。だから半袖半ズボンで帽子をかぶり、麦茶(inペットボトル)とタオルと財布を持って外を歩いている。俺は引きこもりだが、引きこもりだからってなめるんじゃねえ。今、徒歩で本屋に向かってんだぞ。すごいだろ、これ。暑くて死にそうだわ、これ。誰か代わりに行ってくれねえかな、これ。
颯は高校二年生にして引きこもり…なのだが、親元を離れ、現在一人暮らしをしている。そのため、欲しいものがあれば、通販を使わずに自分の手で買いに行かなければならない。通販を使わないのは過去にいろいろとあったためだ。
颯はぐでーっとしながら歩道を歩いていると、自分と同じ高校に通う一人の女子生徒が目に入った。
「くそぅ…できれば、会いたくなかったのに…」
同年代の人で、知ってる人は何人かいるため、こうして普通に外を歩いていることがばれたらただ事じゃあ済まない。もうちょっと待ってから行けばよかった、と颯は少しばかり後悔をした。
「……」
え…?
その生徒が隣を通り過ぎようとしたとき、颯は、周囲に桜が舞ったような幻覚を見た。そして、視覚以外の五感でも『春の出会い』というものを感じとった…ような気がした。
うそだろ? そんなはずが…。
颯は、その季節外れな春の訪れ感…ではなく、別のものに頭の整理がつかないでいた。
その通り過ぎて行った女子生徒が、あの獣人族の猫耳と尻尾、それから真紅の髪と瞳を除けば、彼女と全くと言っていいほど変わらない容姿を持っていたからだ。
激似していたのだ。
――そう、スピカに。