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マルチプレイヤー・ドリーム・ファンタジー

 (はやて)が目を開くと、初めに誰もが息を呑む、広大な自然に包まれた町が広がっていた。現実世界より少しだけきれいな空気が漂い、自然の匂いが鼻をつつく。

 この世界は現実と連動しており、今は夜のため、空は闇に包まれている。だが、街灯で照らされており、町は明るい。プレイヤーたちも次々と増えていくだろう。

 このゲームは日本製で、日本版ダイグトにしか対応されてないため、外国人がいるのはは珍しい。とにかく、ダイグトを持った日本中のプレイヤーは、それぞれの地域で決まった別々のホストに接続され、方言などの食い違いが起こらないようなシステムになっている。それでも、やっぱりプレイヤーは多いため、毎日お祭り騒ぎみたいに賑わっている。

 昼寝をすれば明るい環境でプレイすることも可能だが、もちろんプレイヤーの数は少なく、大半が就職をしていないがために暇を弄ぶ子供たちだ。


「…何度見ても、これが夢なんて、すげーよな」


 ――マルチプレイヤー・ドリーム・ファンタジー。ダイグトのカセットの第一作目だ。通称『MDF』。主に、町の外に出てモンスターと戦う3Dバトルアクションゲームだ。

 ダイグトのディスク読み込み装置に、このカセットを入れておくと起動するようになっている。

 この世界には、スタミナやヒットポイント等の概念が存在する。

 明晰夢でもあるため、自由に空も飛べ、水中も潜れる。だが、もちろん限度というものがあり、限度を超えると、スタミナやヒットポイントが急激に減る。そして、プレイヤーのヒットポイントがゼロになると、夢から覚める、という仕組みになっている。ヒットポイントが減るのは、戦闘中にモンスターから攻撃を受けたり、プレイヤーから攻撃を受けるときも例外ではない。

 クエストを受けていた場合、そのプレイヤーのヒットポイントがゼロになると、セーブデータはそのクエストを受ける前の状態まで戻る。それは、朝が来てプレイヤーの体が勝手に起きてしまい、クエストを中断してしまった時も同じである。故に、この世界から現実に戻るためには、プレイヤー自身のヒットポイントがゼロになるか、現実世界から刺激を受けるかをしなければならない。

 ちなみに、ゲームデータは、クエストを受ける、又はクリアすることで自動的にセーブされる。


「さて、と」


 颯は一息つくと、歩き出した。煉瓦でできた家や店、公園などが視界に入る。他にも、石やコンクリート、木等、現実で使われる素材を使用した、さまざまな建築物が並んでいる。

 目的の場所に向かうため、まっすぐ前を向いて一歩一歩、地面の感触を確かめて歩く。ダイグトの世界は、明晰夢でもあるため、まるで異世界にでも行ったような気分を味わえる。


 この世界を始める前には、自分のアバターを作る必要がある。そのアバターは、MDFでは現在三つまで作成可能だ。種族は、人間族、エルフ族、獣人族の三つだけしかない。今後のアップデートで追加されるかもしれない。

 そして、この世界の攻撃方法においては、剣、弓矢、魔法が存在する。そこで、それぞれの種族はそれぞれ異なる得意分野を持ち、人間族は剣、エルフ族は弓矢、獣人族は魔法を得意とする。

 もちろん、颯は人間の男性を選んでいる。自分の性別が男だからそうしたのだが、大半の男性プレイヤーは女性アバターを使用しているらしい。気持ちはわからんでもない。

 ちなみに、見た目は現実の自分に限りなく近づけた。キャラメイク豊富でありがたい。

 それで、楓のプレイヤーネームは…


「ほんと、なんでこんな名前にしたんだろうな」


 颯は苦笑し、当時この名前を付けた自分に何か言ってやりたい気持ちになった。なぜなら、一度決めたプレイヤーネームは変えられないからだ。こういう体験をした人は颯の他にもたくさんいるだろう。

 とにかく、今はやめておく。自分で名乗りたくない。

 そんなことはさておき。


「今回は…魔法の練習しよっと」


 楓はそう決心すると共に走りだした。

 先ほど述べたように、魔法を得意分野とする種族は獣人族だ。だが、できないわけではないため、楓はその腕を磨くために今から魔法の練習をするつもりだ。

 楓は目的の場所…町外れに位置するクエストカウンターに顔を覗かせ、寂しそうにカウンターで突っ立っているクエスト受付のNPCに話しかけた。ここのクエストカウンターはなぜか人が一人も寄らない。町外れではあるが、一人も寄っていないために静寂に包まれている。

 最初のうちは少し不気味に思えたが、慣れてきたため、颯は常連となっている。


『魔法練習でしたら、このあたりがオススメです』


 その女性のNPCは、笑顔で対応し、颯にクエストを勧めた。

 その台詞と共に展開された地図の形は正方形で、現実の衛星写真のようなものではなく、手描きで簡単に描かれたようだ。地図の中央にこの町『アルギエル』がポツンと佇み、その周辺を広大な草原が広がっている。東西南北それぞれにまっすぐ進んでいくと、どの方位にも森が存在する。北西には標高一万メートルを超えると推定されている山がそびえたち、地図の縁取りをするように山が連なって囲んでいる。今までに山を越えたプレイヤーは一人もいないため、その先がどうなっているのかは誰も知らない。

 そして、彼女が指す場所とは、地図の東に位置する、『東の森』だ。


「なら…これで」

『承りました。最近、この辺りにでは未確認の巨大な竜が潜んでいると噂されています。お気を付けください」

「わかりました。ありがとうございます」


 未確認の巨大な竜? 遭遇したくないなぁ。ま、とりあえず行ってみるか。


 ◇ ◇ ◇


 背の高い木々がそびえたち、夜になると光る、虫や小型モンスターの住処(すみか)でもある、幻想的な東の森にたどり着いた。昼間は木漏れ日がその森の道を輝かせるため、昼も夜も神秘的なここは観光名所でもある。


「この森は最近大型モンスターが寄らなくなってきたから安心だな~。あ、もしかしたらさっきの巨大な竜とやらのせいかな? 一体だれが創造(想像)したんだ…。我ながら上手いダジャレ? を言えたもんだ。ははっ」


 噂程度のことなのに、なぜかその竜がいることを確信して、独り言をペラペラとしゃべった颯がただ一人寂しくそこに立っている。

 この世界はあくまでも夢の世界であって、そのため、想像したものを簡単に創造してしまうという欠点がある。だから、そこを調整されているはずなのに、その巨大な竜が現れることはとても不思議だ。


「まあ、所詮噂だ。ああ、噂だ。これっぽっちも信じてないぞ。噂だからな」


 颯は黙り込むと、練習場所を決めることにした。東の森に足を踏み入れ、歩き始める。


「それにしても…蛍みたいに光る虫はほんっと、きれいだよな。写真に撮って現実世界でみんなに自慢したい…俺、友達いねえじゃん。無理じゃん」


 悲しい現実を目の当たりにしてもなお、颯は歩き続ける。

 颯を左右から取り囲む長くそびえ立った木々は、夜の風に揺さぶられ、不気味な雰囲気を物語(ものがた)っている。

 最初は結構ビビってたけど、何回も通ってる内に慣れてきたな。それに、恐怖よりも見事な景色の方が印象深いから、それもあるのかも。


 道に沿ってしばらく歩いていると、前方が少し(ひら)けてきた。ここからだと、そこだけ開拓されたような広々とした空間があるように見える。


「東の森の一番の名所、イースト・レイクに到着っと。ここでいっか」


 颯がたどり着いたところは、広場ではなく、そこだけにぽっかりと大穴が()いてできたような湖だった。水面は蒼い自然の水で覆われており、底を覗けば永遠に続いてるのではないかと言われてもおかしくないように真っ暗である。颯が立っている位置の湖を挟んで反対側に川が流れている。おそらくここからうっすらと見える前方の山々から続いてるものだろう。


「食料と水はある…よし、と」


 颯は少し離れたところに荷物を置き、湖のすぐそこのところに立った。


「今日は火属性でいいか」


 魔法の種類には、火、水、風、光、陰、の五つがある。詳細はまた今度。

 右手を前に掲げると、前方十メートル先まで炎を出すという火属性魔法をイメージした。体中から右手にかけて魔力が流れてくるのが感じられる。掌に半径十五センチ程の円状のものが浮かび上がる。赤く輝く魔法陣だ。

 …これやるときに厨二臭いって思ってしまうのは俺だけじゃないはず。


「…………」


 イメージだけでできるため、詠唱は必要ない。楓はいつものように無言で魔法を発動する。

 颯の右手から前方十メートルまで、渦を巻く炎の柱が現れた。周囲に熱気が漂う。


「よし…! 次は…」


 ただ、これは単なる火属性魔法の練習ではなかった。

 颯は、右手から出る炎の柱を一メートルの長さに凝縮するイメージをする。これには膨大な集中力と精神力と魔力が必要で、頭がズキズキと痛むのがわかる。

 だが、彼はそれを耐え抜き、炎の柱を一メートルまでに凝縮させることに成功した。そして、さらに工夫を施す。

 右手の形を丸めて、その炎の柱を(さや)の形になるようにイメージする。そうすると、みるみるうちに炎は形を変えていき、ついには鞘の形となった。


「できた…」


 楓はその炎の鞘を右腰に添えると、自分の腰に鞘がくっつくようにイメージした。

 その炎は鞘の形を留めたまま、楓の右腰にくっついた。いまだ炎は燃え盛ったままだ。

 最後に、その炎の鞘が本物の鞘になるようにイメージする。


「ふぅ…」


 やがて、炎を纏った鞘が完成した。


「お願いだ…成功してくれ…」


 颯はそうつぶやくと、左腰に差していた一本の剣を左手で逆手に取り出した。次に、ちゃんとした持ち方で剣を握ると、右腰の火属性の鞘にその剣をしまう。最後に、鞘が纏っている炎がその剣に纏わりつくようにイメージした。

 そして、左手で剣の柄をギュッと握る。


「さぁ…どうだ…?」


 颯は、剣を鞘からサッ、と抜き、自分の目でそれを確かめ、目を見開いた。


「こ、これは…」


 自分の左手が持っている剣の刀身が、炎を纏っている。樋には紅蓮の炎が入り込み、剣身を紅色に染めていた。しかも、いくら経過しても炎が消えることはなさそうだ。


「や、やった…! 成功だ!」


 颯が作っていたものは、魔法剣というものだ。今の場合、炎を纏っているため、火炎剣という名前にしておく。

 彼の考えでは、魔法剣を使えば、剣術に()けている人間は属性持ちの武器を使用すれば戦闘で有利になるらしい。

 だが、それは実現不可能だった。なぜなら、イメージしたり、剣にいくら魔法をかけたりしても、作れることは作れるのだが、()()で属性が消滅してしまうからだ。魔法剣のような存在の武器はすべてそのようにして、作ることができない。それは、この世界でそのように設定されているからである。そのため、実現不可能だった…のだが。


「いやぁ~この方法でできるとはね~。誰も思いつかなかったんだね。ラッキー」


 そう、彼は、一瞬だけでも作ることができるのだから、絶対に本物を作ることができると考え、思いついたのが、この方法だった。そんで、成功したと。


「さて、威力はどうだ…?」


 颯は一番近くの一本の木の前に立った。横幅は約一メートル。この木は、颯が使っていた剣でも、十回以上切らないと切り倒せない木だ。


「ふぅ………はぁ!」


 颯は左手に持った火炎剣で、木を横に切った。手ごたえがなく、もう一回やろうと構えたとき、目の前の木が、切れ目を焦がして倒れた。

 普通の剣では十回以上切る必要があるのにも関わらず、この火炎剣は一発で切断してしまった。しかも手ごたえがないほどにスパッと。

 この威力、チートに近いんじゃ…? だから、魔法剣は普通に作れないってことか。…そうだ。

 颯はあることを思いつき、再び湖を見るようにして立った。火炎剣を頭上に掲げ、振り下ろすと同時にイメージす――


「きゃああああ!!!」


 唐突に叫ばれた誰かの悲鳴によって、颯の行動がピタッと止まった。


「悲鳴?」


 助けにいくしかないだろっ! …見返りがあると願って。

 颯は右腰の炎の鞘に火炎剣をしまい、右手で生成したもう一つの剣を左腰の鞘にしまった。荷物を持つと、悲鳴が聞こえた方向へ全力で走った。


 ◇ ◇ ◇


 二人のプレイヤーと、一匹の大型モンスターが森の中の少しだけ開けた場所で戦っている。イースト・レイクから徒歩一分で着く場所だ。

 そのモンスターは狼のような外見で、ベヒモスと呼ばれている。この個体ように単独で行動するものもいれば、群れで行動をするものもいる。全長は、約三メートル。大きい個体では六メートルを超えるものもいる。眼は赤く、黒い毛並みで長さが約十センチはありそうな鉤爪を持っている。何より特徴的なのは、額から突き出た円錐状の長い角だ。角が長ければ長いほど、それは歳を重ねたベヒモスだと推定できる。

 ベヒモス自身は属性を持っていないため、ほとんどは爪を使って攻撃をする。角を使うものも珍しくはない。

 どうして見た目が狼なのにその名で呼ばれているのかというと、単なる圷雅さんの趣味だ。本人曰く、「ベヒモスって名前が気に入ったからとりあえずそれにした」だそう。

 そして、今の状況は、完全にベヒモスのほうが優勢だった。戦っているというより、逃げているといった方が適切だろう。なにより、ベヒモスの様子が少しおかしい。いつもより眼の輝きが一層増し、敵を逃さんとばかりに鋭い。鼻息も荒いようだ。興奮しているのだろうか。

 人間族の男性プレイヤーはベヒモスに狙われており、その男性はベヒモスに背中を向けて全力で逃げている。一方、人間族の女性は距離をとっているようだ。


「カイト、避けてください!」

「くっ…! あ――」


 女性プレイヤーにカイトと呼ばれた男性プレイヤーは、回避行動に移る前にベヒモスの爪によって切り裂かれてしまった。辺りに血が飛び散る。そしてそのままゲームオーバーとなった。


「カイト! ああ…そんな」


 ベヒモスは自身の牙で、女性に噛み付こうと試みる。が、女性はその攻撃を読んで右に回避し、ベヒモスの懐に素早く潜り込むと、腹部を剣で思いっきり切りつけた。返り血が銀色の髪を赤く染める。

 だが、ひるむどころか、それをチャンスと見たベヒモスは、前足でそのプレイヤーを吹き飛ばした。


「きゃああああ!!! ……うっ」


 痛みに耐えきれず悲鳴を上げた女性は、地面をゴロゴロと転がり、大木に背中を打ちつけた。

 辛うじてヒットポイントが残っていた女性プレイヤーは、リタイアすることを決め、すぐに帰還しようと立ち上がったのだが、もう手遅れのようだ。目の前にベヒモスが立ちはだかっている。


「……戦うしかないのですか…?」


 そう吐き捨てても、なにも起きない。

 ベヒモスは女性をめがけて、突進をする。そのプレイヤーは回避をしようとしたところで、自身のスタミナが残り僅かになっていることに気付き、回避をすることができなかった。


「がはっ…!」


 女性はベヒモスに吹き飛ばされ、宙を舞った。ベヒモスと自分の血で少しだけ赤く染まった銀色の髪が空中でふわっと揺れる。残り僅かだったヒットポイントがゼロになる。


「ガアアァッ!?」


 が、吹き飛ばされてすぐに、ベヒモスの悲鳴が耳に入った。

 女性は、辛うじて空中で目を開けると、ベヒモスが一刀両断されている景色を見た。


「くそっ…! 遅かったか!」


 誰かの声が聞こえたと同時に地面に投げ出された女性はゲームオーバーとなった。

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