未知へ
「早かったわね」
「スピカが遅かっただけだろ」
「なによ、その言い方」
「この前よりずいぶんとテンション低めだな」
前回登場できなかったのか、ふてくされた表情をした少女は、その紅の髪と瞳をメラメラと輝かせて登場した。
「…………あ、あ……あああああああああああああ~~~!!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア~~~!??」
と、鼓膜が破れるほどの音量で何かを思い出したような絶叫を木霊しながら、その少女は颯の前から五十歩下がった。また、颯はそれに反射してその場から百歩下がった。
これがいわゆる五十歩百歩……いや俺壁に足ぶつけてそれどころじゃねえわ。五十歩百歩の意味が違うということはさておき。
「てめえ痛てえじゃねえかふざけんな謝れ!! ……じゃなかった……いきなり馬鹿デカい声あげんなうるせえよ一体どうしたんだよ!! はぁ……はぁ……」
とにかく言いたいことを言い切った颯は、肩で息をする。一方スピカは「あわわわ」と唇を震わせて颯を凝視している。
「あ、あんた……! あんた、わた、わたしの……カレ、カ…カ…」
「カレー?」
「違うわよぶっ〇すわよ!? …あんた、覚えてないの? 昨日と同じ時間帯、ここでわたしが言ったこと……!」
颯はそれを聞くと、昨日の会話を思い出した。
『その、か、彼氏ができたのよ! う、羨ましいでしょ?』
『それが、わたしの彼氏はその圷雅なのよ』
「…………あ、あ……あああああああああああああ~~~!!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア~~~!??」
と、鼓膜が破れるほどの音量で何かを思い出したような絶叫を木霊しながら、颯は更に五十歩下がった。また、スピカはそれに反射してその場から百歩下がった。
時間短縮使ってないからね?
後ろに下がってる気がしただけで、実際壁に足ぶつけてる二人がいるだけだった。
「お、おま、おまおまおまおまおまおまギャーー!!! はぁ……はぁ……」
そこは『お前』じゃないのかって言われると何も言えないけど、とりあえずスピカが思っていることと同じことを思い出したと思う。つかこいつと出会って息切らしすぎだろ俺。
「てめえの……はぁはぁ…彼氏なんぞ……はぁ……やってられっかあ!!」
「こっちこそごめんよ!! あれは忘れて! 無し! 無し! ……はぁはぁ」
スピカに指を差して全力で否定をする俺に対して、彼女もそのことは無しにしてほしいらしい。俺もこんなことなんて御免だから、この話は続けないことにする。カップルの痴話喧嘩と見られたかもしれないが、いつも通り周囲には他のプレイヤーが見当たらな……
「痴話喧嘩は終わりにして、そろそろ俺のことも認識してくれないかな?」
……あ、ごめん、いたわ。気が付かなかったよ、うん。
「なにが痴話喧嘩よ。この話の発端はハヤ……わたしだけど、そういうのじゃないから」
「はいはい、すいませんでした」
「チッ…………」
こわいこわい顔が怖い。確かに共感できるけど心に留めておくだけにしとけ舌打ちやめとけ。
で、俺等の前に現れたこの男は、今朝学校で話しかけてきたどっかのクラスの野郎だ。何でわかったの、と聞かれると答えは勘だ。だが、声が同じで、ここに来るプレイヤーは俺の知り合い(仮)くらいなので、彼だと判断したのだ。
名前は、聞くのを忘れていたというよくあるミスで知らないが、とりあえずウザそうだなってのはわかる。
一息ついてから、颯とスピカはその男の下まで歩み寄った。
「そういえば、まだ名前を言ってなかったね。俺の名前はカイトだ。よろしく」
「カイト……よろしくな。俺のことは颯と呼んでくれ」
「私はスピカよ。ふんっ」
カイトと名乗ったその男は、俺と同じく人間族の男性の外見をしている。こいつは現実とは全く違うようで、髪を少し伸ばして、金色に染めている。目つきはカッコいい青年のような感じで、身長は俺より少し高いようだ。背中に片手剣、右腕に四角い盾を装備し、防具はそこそこ固めてあるようだった。
「まあそう怒るなって。なあカイト、MDFはいつごろから始めたんだ?」
「う~ん……一週間前くらいかなあ」
一週間……まだ経験が浅いかな。クエスト進めながら見とくか。
「わかった。じゃあ、今日は何する? ……とは言ってもクエストくらいしかすることないけどな」
「そうね、早速行きましょ。三人で息を合わせるのも大事だと思うし」
「それがいいね。行こう行こう」
◇ ◇ ◇
最初の時点で「ん?」となった読者も多いのではないだろうか。
そう、あの銀髪の美少女のことだ。実はあのあと、彼女は「用事を思いだいました。失礼します」と一言述べてサササーーッとその姿を消してしまったのだ。そのため、颯は聞きたい事を少ししか聞くことができなかった。
それでも、いくつも収穫を得た。
一つは、『ヒーロー未遂さん』のこと。彼女の一番最初の発言に含まれていた、不可解な台詞だったものだ。それは俺を指すものなのだが、この由来を聞くまで全く気が付かなかった。
――俺が以前にフィルに会っていたということを。
俺がそれを初めて聞いて驚いたとき、彼女に「本当に覚えていないんですか?」と言われ怪訝な顔をされた。
で、その『以前フィルに会っていた』というのは、俺が火炎剣を作った日のことで、あのベヒモスを倒してプレイヤーを助けようとした俺と、助ける前にやられてしまったそのプレイヤー――フィルはそこで会っていたのだという。俺の脳にはその時の情景を思い出すという能力が無いためあまり納得できなかったが、それを聞いて『ヒーロー未遂さん』の由来を理解できたのは確かだった。
でも、そこから生まれた新たな疑問『なぜベヒモスにやられたのに俺を助けたときはあんなに格が違ったのか』を聞こうとしたところで先ほどのようにして逃げられて聞くことができなかった。
そして、二つ目の収穫。フィルの剣の秘密だ。
彼女は、その剣を解放(?)したときから、記憶を失っていたと言っていた。それで、そのあとに破霜龍ガルルギオラの魂を取り込んだものとも言っていた。
それを聞いた瞬間、俺の頭にあの剣が浮かんだ。
それは、アルギエル=ドラゴンの魂を取り込んだ、パーガトリー=アルソウルだ。それにしてもやっぱり俺ネーミングセンスねえな。つかなんだよパーガトリーて。恥ずかしい……
フィルの剣と俺の剣は同じようなものだと思ったが、俺の剣のことは話さなかった。
で、フィルの剣は、解放(?)すると、持ち主に破霜龍の魂が入り込む。その間そのプレイヤーは昏睡状態に陥り、破霜龍に体を預ける。そのため、一定のダメージを負う、或いは魔力が尽きる、或いは解放(?)後二十四時間が経過するまで、そのプレイヤーは目覚めることがないのだ。ちなみに、性格や口調は解放(?)者のままだ。
でも、そのリスクを背負って解放(?)をすれば、元々のステータスより桁違いな力を手に入れることができる。そして、それと同時にいくつかの技を使えるようになる。例として、フィルの〈クロス・イングレイヴ〉や〈ディスメンバメント〉がある。但し、その技は解放(?)状態を解除すると使えなくなるという。
技の発動には、魔力が必須となり、技によって必要な魔力量は変わる。つまり、解放(?)者自身の魔力量が多ければ多いほど、技を発動できる回数が多くなる。
そして、氷属性の存在だ。この世界の属性は、火、水、風、光、影の五つしかないとされていた。が、フィルは俺の目の前で氷属性を使用していた。彼女に聞けば、氷属性は、水属性の仲間と返された。光属性の中に雷の攻撃があるように、それも同じようなものなのだろう。
彼女にその剣の解放(?)の仕方を聞こうとしたが、それは「秘密です」と言われてしまった。
これらが、彼女からいろいろ聞いて得られた情報だった。
◇ ◇ ◇
「はっ! せやっ! はあっ!!」
東の森に男性の活気のある声が響き渡る。
場所は東の森の入口からイースト・レイクを通り過ぎてさらに東へと進んだ位置にある、東の森の東エリアだ。東の森の入口である西エリアに何本もそびえたつ巨大樹とは違って、ここでは背の低い木々が広い空間にぽつぽつと寂しく立ち並んでいる。その代わり、昼の間はよく日が当たり、明るい場所となっている。日があたり肥えた土からは、無数の雑草がその存在をアピールするように生えている。
もちろん今は深夜なので暗いが、地面に立っている状態でも空を見上げれば夜空に数多の星々が煌めいており、月光に照らされている。
そして、その月下では、三人の人影といくつかの蠢く影が各々の刃を交えていた。
「っ…………」
円を描くように大地を駆ける。冷ややかな風が頬を優しく撫でる。
颯は走る方向を急に変更し、標的に向かって腰を低くして突っ込む。小柄な体つきをしたのもう一つの存在は、それを阻止しようと銀色に光るの刃を横に薙ぐ。
ギイイィィィン!!
鋼と鋼が甲高い音を上げてぶつかり合い火花を散らした。一つは小柄なモンスターの鋼の剣。
もう一つは――颯が右手で柄を握り、腰の鞘から半分だけ顔を出した剣の剣先だった。
意外にもそのモンスターの力は強く、グググ…と押してきているようだ。そして、颯が狙っていた標的のモンスターは、颯を見ると、その手に持った大剣を振りかざした。
――ピンチ。誰もがそう思う光景だったが、今までソロでやってきた颯には通用しなかった。
颯は大剣が下される瞬間に、体を右に動かしながら右手の柄を左手に持ち替え、同時に右手で左腰の剣の柄を握る。次に左足で視界の右前に大きく踏み出しながら、剣を抜き放ち、右手に持った剣で小柄なモンスターの攻撃を弾く。そして、ズガアァンと派手な音を立てて大剣が振り下ろされ、土煙が舞った。同時に鮮血が飛び散る。
颯は大剣の横にいて、モンスターの攻撃を躱していた。つまり、その血はモンスターから出た物。しかも、出血は止まらなかった。今度はやや低めの位置から血が飛び散り、斬りつけた本人である颯は煙の中からバッと飛び出すと、小柄な体格のモンスターの剣に、左手に持った剣で横薙ぎをやってみせた。
容易く剣を弾き、次に颯の右手の剣が襲い掛かる。先ほどの剣撃と同じく、左に薙いだ。
「ギイッ」
その刃先はしっかりとモンスターの首を捉え、ズバッと傷口を開いた。大量の血が溢れ出したが、喉元を掻っ切られたモンスターはさすがに即死で、すぐに蒸発するように消えていった。
「ふぅ……っ!!」
颯は邪魔者を倒すと、元々の目的だったモンスターに狙いを定め、走り出した。
――俺が今倒した雑魚モンスターの名前は、夜戦士だ。そして、俺が最初に標的にしていた大柄な体格のモンスターは、ナイトソルジャー・ロードと呼ばれるやつで、まあたちの親分みたいな存在だ。こいつの名前は長いので夜戦士大と呼ぶ。それで、こいつらが出てきたときは、だいたい夜戦士大が一匹と、夜戦士が三、四匹という形で見かけることが多い。
砂煙が散り散りになって夜戦士大の姿が露になる。と、夜戦士大の左腕と左足に刻まれた傷から、鮮血がドクドクと滴り落ちていた。先ほど飛び散った血は、この夜戦士大の血だったのだ。
なぜあのような状況で颯はこんなにも傷を負わせることができたのか。それは、夜戦士大の大剣が下されたときに、颯は体を視界の右側に寄せ、左手に持った剣を縦に振った。同時に振り下ろされた大剣と颯の剣は、大剣の方は大地を削るに終わり、颯の剣は夜戦士大の左腕を掠った。次に颯は右手の剣を大きく振りかぶって夜戦士大の左足太腿を斬りつけると、夜戦士の討伐に移った、という訳だ。
だが、そんな傷といえども、夜戦士大には掠り傷程度だったらしい。人間の男性の大人三人分はあるだろう大剣を、その両手でスッと持ち上げて構えた。颯はそれを見ると、夜戦士大に真っ直ぐ突っ込む。「馬鹿め」と思ったのだろうか……夜戦士大はその大剣を横に構えると颯目掛けて薙ぎ払った。
「――所詮」
「ガアッ!?」
突然聞こえた声と共に、自身の両足の太腿の内側を斬られた夜戦士大は困惑した。
「雑魚だろうが」
次は背後から声がかかる。
瞬間、背中を縦、横、斜め、斜め、双刃で縦と、銀色の乱舞が襲った。夜戦士大を嘲笑うかのように大量の血が飛ぶ。
当然、夜戦士大は慌てて背後に大剣を振り下ろす……が、そんな行動は簡単に予測できる。颯は先ほどと同じく、股の下を潜りながら夜戦士大の太腿を削り、振り向きざまに腹を斬りつける。敵が前にいると感じた夜戦士大は、またも大剣を前に振り下ろす。だが、やはり颯には効かない。颯は左に避けると、夜戦士大の左腕に双刃を煌めかせる。その刃は容易く肉を削ぎ、次々と相手の体力を奪ってゆく。
そんなやりとりが続き、幾つもの傷を負った夜戦士大は、呼吸を荒くしてそれでも大剣を振りかざす。
「はっ!!」
颯はその間に隙を見つけ、血だらけの刃を一閃させた。正面からそれを食らった夜戦士大は、喉に傷を開いてその場に倒れた。
「はぁ……」
颯は夜戦士大を討伐して、一息つく。足下を見ると、血だまりがいくつも見られ、こりゃまた派手にやっちまったな、と反省しつつ、仲間たちはどこにいるのか探そうと歩き始めた。
血を纏った剣を鞘にしまい込み、耳を澄ませる。
「こっちは終わったわよ、ハヤテ」
と、背中のほうからスピカの声が掛けられた。振り向くと、余裕の表情でこちらに向かって走っているスピカが視界に入った。
「お疲れさん。俺も今終わったところだ。カイト見たか?」
「いいえ、わたしは見てないわよ」
「そうか。まああいつは相当自身あったようだし、大丈夫って言ってたから、まあ、心配はいらねえか」
「そうね。それじゃあ他のグループ探しましょう」
「ああ」
颯たちが遂行しているクエストは、ナイトソルジャー・ロード五匹の討伐。カイトの力量を見たかった颯だったが、分かれて戦った方が効率が良く、ソロ狩りのほうが皆慣れているのでそれでいいという結論に至った。そのため、一人で夜戦士の一グループを相手にすることになり、自由に戦えた颯だった。
しばらく二人で歩いていると、夜戦士のグループを一つ見つけた。全員こちらには気づいていないようで、仕掛けるなら今がチャンスだろう。
「よし、やるか」
「ええ」
颯は血を拭き取った剣を抜き、スピカは木陰に隠れて魔法攻撃のチャンスを伺う。
颯は勢いよく駆け抜け、背中から襲い掛かる。
その存在に気付き、夜戦士の一匹が後ろを振り向いた。と、首の後ろから衝撃が走り、首が掻っ切られる。更に追撃が来て、心臓を貫かれた夜戦士は力尽きて消えていった。
「まずは邪魔モン一匹討伐完了だな」
颯とスピカ対夜戦士たちの戦闘開始のコングが鳴った。
毎度読んでくださってる方、とても感謝しています。
あれ、ここおかしいな、と思う点がありましたら教えてください。