破霜龍ガルルギオラ
思った。
俺、結構危ないことに巻き込まれてんじゃん。
今更感を隠し切れないまま、颯はふと頭の中でそれに気が付いた。気が付くのが遅すぎたのは、彼自身、物忘れがひどいからだ。それ故、しなければならないこと(主にMDF内で)を忘れたことは数えきれないほどある。だが、今朝の記憶喪失はその物忘れとは関係ないだろう。
颯は、今朝の事件を忘れていたかのようにMDFにログインし、いつものクエストカウンターで暇をつぶしている。
現在は十時三〇分。記憶を失った後で何か変わっていないかを確認しようとして、早く来た。まあなんにも変わっていなかったのがオチだったが。
いや、ほんとに危ない。マジで。PKに狙われてるし、実際襲われたし、火炎剣の鞘奪われたし、スピカも洗脳されたし、挙句の果てには記憶吹っ飛んだし。これって運営に通報しなきゃだよな? ホント今更過ぎだけどさ。うん、通報しよう。
と、唯一、緊急事態に備えて、運営に報告ができる設備が存在する町の中心の広場に向かおうと、そちらに体を向けた。が、颯の身体は動かなかった。それは、目の前にそれよりも大事な用事ができてしまったからだ。
「あれ、いつの間に……」
颯が先に口を開くと、彼を止めた原因は、颯に頭のてっぺんを見せていた。ゆっくり顔を上げ、その顔が露になってゆく。
ダイヤモンドのような煌めきと輝きを帯びた銀髪。時にはおっとりとし、時には鋭い、淡く澄んだ空色の双眸。仮想世界だからこそ実現できるであろうその容姿は――中身の性別は謎だが――、多くの男性を虜にしているらしい。
その美少女は、颯の顔を見ると、晴れ晴れとした表情で颯に声をかけた。
「またお会いできて光栄です。ええと……名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「あ、知らないのか? まあいいか。俺の名前はもず……ハヤテだ。気軽にハヤテと呼んでくれ」
思わず本当のプレイヤーネームを口にしてしまうところだった。できれば恥をかきたくないので、スピカと会わせるのは少し避けた方がいいのかもしれない。
「もず…? ……ハヤテですね。わかりました」
「ええと、また会ったな、フィル。いろいろ聞きたいことがあるんだ。いいか?」
目の前の少女はにこやかに微笑み、頷いた。
「ええ、もちろんです」
◇ ◇ ◇
「テキトーに思いついた質問からさせてもらうぞ」
「はいっ」
颯は壁に腰掛け、フィルはその正面に立っている。
「今日の朝、現実世界に戻ったとき、何か異変を感じなかったか?」
「いいえ、特には……」
「なら、MDFで最後に覚えていたことは?」
「ええー…と、確か、あなたに時間稼ぎをして頂いて、この剣に身を任せたのが最後ですね。あとは何があったのかさっぱりです」
颯はその言葉を耳にし、目を見開いた。
彼女も記憶を失っていたとは……。つまり、あのケルベロス戦は俺しか知らないのか? って、ちょっとちょっと。
「そういえば、その剣、なんなんだ? 氷の龍……破霜龍ガルルギ……え」
え? なんだそいつ。はそうりゅう? 聞いたこと無い……なんで俺は知ってるんだ?
颯が謎に浸っていると、フィルが不思議な表情で彼を見ていた。
「え、ど、どうして……ガルルギオラを知っているんですか…?」
その問いは、驚きに満ちていた。まるで、彼女以外がその龍の名を知らないような……否、その名を知る筈がない、そんな問いだった。
フィルは愕然とした表情で、颯を見ている。
刹那、颯の脳内を一つの映像が支配した。
◇ ◇ ◇
集中を切らすと前方が見えなくなるような大吹雪が舞っている中、『俺』は右手にある、金色に煌めく剣を更に強く握りしめた。その剣の先端からは煌々としたマグマのような刃が延びている。
『っ……』
酸素が薄い……標高が高い山の頂上にいるからだ。寒い……当然だろう。この山、「――」温は常に氷点下十度よりも低いからだ。
自分の白い吐息も一瞬でかき消される、この過酷な環境で、『俺』が来た理由と言えば……
『ガアッッ!!』
突如、目の前に現れた巨大な影から極太の氷結ブレスが放たれた。
『俺』は自身の身体を左に避け、同時に硬く凍り付いた凍土を蹴った。着弾した氷結ブレスは、ズガアアァァン!! と地響きを鳴らして先ほどまで『俺』がいた位置を軽く粉砕する。永久かと思われていたその「――」ートル地下で眠っていた土がむき出しになった。それが一瞬にして凍り付いてゆくのもまた恐ろしい。目の「――」け恐ろしいかを十分に伝えることのできる一撃だった。
『俺』は、目の前の、巨体を駆逐するためにここに来た。唯それだけ。
『…………』
こいつの名は「――」。世界に災厄をもた「――」一頭。『俺』が住んでいる「――」に毎日のように雹を降らしてく「――」れは一週間前からずっと続い「――」の前の巨躯の姿が少しずつ見えてきた。その「――」レスの体勢をして、『俺』に狙いを定め「――」きく振りかざした灼熱の剣……〝破獄龍の魂剣″の刃「――」ブレスを焼き斬りなが「――」肉薄し、『俺』の剣が「――」下顎を捉え――
「――ハヤテさん?」
「っ……!」
今のは……?
気付けば、俺の顔を上目遣いで見つめる少女の顔が近くにあった。そして、灰色の壁に背中を預け、手には汗を握っている自分がいたことにも遅れて気が付いた。
「…続けますよ? ……なぜ、その名をご存じでいるのですか?」
フィルは極めて真剣な表情で、イマイチ状況を理解できていない颯に再度尋ねた。
「お、俺は……知らない」
少女は首をかしげた。
「どういうことです?」
当然の答えに当然の問いが返ってきた。颯は唐突の出来事に理解が追い付いていないため、答えが曖昧になってしまったからだ。
「…俺もわかんねえよ。フィルがその剣を使ったときにふと見えたくらいで……なんでその名前が出てきたのかはマジでわからん」
「そう、ですか……。では、あなたに教えておきましょう。ついでにこの世界の成り立ちも。破霜龍ガルルギオラは――」
――この世界の王者に君臨するものでした。
◇ ◇ ◇
この世界が誕生したのは、約一万年前と伝えられている。誕生してから千年の年月が経った頃、植物が誕生し、そこから百年かけて魚類や哺乳類などの動物が誕生し、瞬く間に数を増やしていった。このころからベヒモスやオオトカゲは存在していたといわれている。
動物たちは、進化をし続け、千九百年後のある日、高くそびえたつ大山に、一頭の龍が生まれた。その龍の親は誰も知らないものの、その龍こそが、後に破霜龍ガルルギオラと呼ばれるようになった龍である。
当時、既に文明を築き上げ、栄えていた人類たちは、ヒューマン、ビーストマン、エルフ、ハイエルフの四つの種族に分かれていた。
しばらくして、人類たちはその龍の存在を確認して恐れをなした。勇敢にも、世界を揺るがしかねないその巨大な存在に立ち向かった人類もいたそうだが、その後彼らを見た人たちはいなかったという。
破霜龍はこの世界の頂点、王者とも呼べる存在になっていたのだが、そんなことは長くは続かなかった。
二千五百年、大地が怒ったように、二つの天災が世界を襲ったのだ。
それは、巨大地震と火山――この火山は、破霜龍ガルルギオラが生まれた大山であった山で、そのため、いつからか破霜山と呼ばれるようになったという――の大噴火だった。
その大災害は多くの動物たちを巻き込み、死と恐怖を与えた。
破霜山を中心にして十字型に連なっていた山々は、地震の影響により、その十字に沿って四つに分断された。人類はもともと四つのエリアに、種族ごとにわかれて暮らしていたため、他の種族に会うことができないことを悟った。運悪く震源に一番近かったハイエルフの大陸は、町や村だけでなく生態系まで崩れ、その文明は滅びてしまった。
破霜山の噴火は、巨大地震の後に起こったものであって、大量に噴き出したマグマは大陸と大陸との狭間に滴り落ちた。火山噴出物の多くは、これまた運悪くエルフの大陸へと降り注いだ。大陸の七割が森林に覆われていたエルフの大陸は、火山噴出物により大量の灰の雨、発火、山火事へとつながり、エルフたちを生き埋めにしたまま燃え盛る炎の海へと化した。そうして、エルフを絶滅へと追い込んだのだった。
一方、破霜龍ガルルギオラは、成長した己の翼で巨大地震は免れた。だが、この世界の最強で最恐の生物といえども、突然の火山の噴火までは避けきれなかったらしい。このとき、約十人のヒューマンが噴火中の破霜山の頂上に一つの巨大な影を発見していた。破霜龍かと思ったが、直後、噴火により、治らない傷を負った破霜龍がヒューマンの大陸に墜落してきたため、別の存在であるか、もしくは誤認だということになった。
負傷した破霜龍は、なんとか自身の身体を動かそうと試みるものの、上手くいかなかった。
巨大地震の影響で地面が陥没してできた、底が闇に包まれている大穴があった。ヒューマンたちはそこに、破霜龍を運んで落とし、二度と現れないことを願ったという。
気が遠くなるほどの長い年月が経ち、やがて、その大穴は湖となった。ヒューマンの大陸は、豊かな自然に囲まれ、都市『アルギエル』が誕生した。破霜山の噴火活動は停止しており、平らな頂上では吹雪の影響で大量の雪が積もっていた。
◇ ◇ ◇
「――という歴史が、今まで伝えられてきました。分かりましたか?」
いろいろ言いたいことはあるけど……とりあえず今のは今度整理するとしよう。
「うん……分かったよ……さんきゅ」
残念なことに、こう答えるしかなかった。世界の成り立ち、と言われても、イマイチピンとこない。当然だ。この世界はファンタジーの世界とかではなくて、人間と夢がつくり出した幻想にすぎないのだから。
「そういえば、俺の質問から結構脱線してたな。で、その剣、なんなんだ?」
「一言で言ってしまえば、破霜龍ガルルギオラです」
「……ん?」
どういう意味かよくわからないまま、はてなマークが声に出てしまった。
「破霜龍ガルルギオラです」
「……おう…」
やはり同じ答えだ。破霜龍が擬態化でもしたものということなのだろうか。いや、まずそれはありえない。なぜなら――
「この剣は、特殊な材質でできています。そして……破霜龍ガルルギオラの魂を取り込んだものです」
そんな衝撃的な言葉を耳にしたとき、時計の針は十一時を指していた。
読んで頂き誠に感謝します。
設定が変だな、と少しでも感じたら教えてください。じゃんじゃん教えてください。