銀世界の華
※この先中二言語が次々と出てきます……作者は中二病なんで気にしてませんが。
瞬間、青白い閃光が迸った。
フィルに触れかけた煉獄の炎がかき消される。その向こうではケルベロスの左前脚の鉤爪が、五本中三本、根元から無くなっていた。
それは、颯の時間稼ぎが成功し、見事、力を得ることに成功したフィル=ストークの一瞬の斬撃によるものだった。
ドサッと音を立てて颯の体が地面に落ちる。すぐ近くに、切断されたケルベロスの鉤爪が三つとも落ちた。
ヒットポイントが底を尽きかけている。ぎりぎり耐えれたらしい。だが、動けるはずもない。そのため、颯はうつ伏せ状態で彼女を見やる。
颯の瞳に映るのは覚醒した白銀の剣士。
彼女が纏う膨大な魔力故微かに発生する魔風が、彼女のその銀色の髪を軽く揺らす。それはダイヤモンドのように透かし煌めくよう。美しさを更に増した彼女の存在を際立たせている。
右手の白銀龍の魂剣。彼女の瞳のような青白い光を放ち、その龍の魂が彼女の中に宿り、一心同体となっていた。
ケルベロスに向けた剣が青い龍の幻影と重なる。元よりも刃先が鋭くなったように見えた。
自身の爪を切断されてそれぞれの眼に怒りを宿したケルベロスが、彼女に向けてマグマブレスを放った。が、それより先にその銀色の両刃剣がその場から姿を消す。否、残像を残したフィル=ストークと共に。閃光のように奔り、颯が斬撃を入れた左前脚へと移動する。
極限まで引き上げたその俊敏さに身を任せ、ケルベロスの左前脚に付き纏うように旋回しながら剣撃を繰り出す。
左薙ぎ、右薙ぎ、逆袈裟、袈裟切り、回転斬り――左腕のあらゆる箇所を斬りつける。それぞれの斬撃の速さは、以前の颯を遥かに上回っていた。一つひとつの攻撃が深く、目にも止まらぬ速さで舞うように対象を刻んでゆく。
玉兎銀蟾の下、ケルベロスの左前脚に迸る銀閃はそれを深く抉った。ぱっくりと開いた傷口からドス黒い色の血が飛び散る。
が、颯はそれを見て目を見開いた。
フィルが刻んだはずの傷が、立ちどころに塞がり始めたのだ。もちろん、斬れば斬るほど傷口が開いて出血するのだが、瞬く間に再生してしまう。それもたったの一秒で。つまり、颯の剣は愚か、現在のフィルの剣撃でさえもケルベロスを倒すことは難しい状況になった。だから、ケルベロスは先程から一歩も動いてはいなかったのだ。
それに気づいたフィルは、その真剣な表情を一切変えずに、次の行動へ移る。ケルベロスから一旦距離をとる。そして、ゆっくりと何もない宙を横に斬る。
そっと呟いた。
「〈十字に刻め〉」
スッと両刃剣が下ろされたかと思うと、その先の木々が百メートル先まで一直線にズドォンと音を立てて薙ぎ倒された。大地を一直線に削り、膨大な量の木々と共に砂塵が舞う。とてつもない威力を誇る一撃が炸裂――したのは背景の森林のみ。獲物には避けられてしまったようだ。
――避けた。つまり…ケルベロスにこの攻撃が通用する。でも、一度に消費する量が大きすぎるから、むやみには使えない。それにあの移動速度。まずは動きを止めなければダメージを与えることは難しい。
フィルは冷静を保ちながらそう感じ、空色の瞳で辺りを見回す。ケルベロスの姿は――見えない。血痕などが見られないため、ダメージは皆無だろう。
◇ ◇ ◇
は? 何が起こった? なんも見えなかったぞ?
一方、颯はうつ伏せのままその光景を目の当たりにして自身の目を点にしていた。
まず、フィルが剣を横に振ってすぐにその剣が縦に切った後のように下に下ろされていたこと。
その剣が下ろされた直後、その先に茂っていた草木が一瞬にしてズタズタに引き裂かれたこと。
フィルが一体何をしたのか、ケルベロスはどこへ消えたのか。何れにせよ、とりあえずケルベロスはくたばっていないことがわかる。スピカを見ると、彼女は魔法陣を出して何やら詠唱をして魔法を発動しているようだ。おそらく身体強化系の魔法だろう。ケルベロスの援護だろうか。それにしても彼女の魔力量が計り知れない。
「…っと、いろんなことが重なって全然考えてなかったけど……スピカは一体何なんだ?」
当然と言えば当然の疑問だ。颯は思考を巡らせ考えてみることにした。
元凶はあのPKたちだ。奴らと交戦をしている間に、スピカはそのうちの一人に投擲ナイフを受けた。その時から、スピカは人が変わったように俺に対して攻撃を仕掛けてきんだ。その意図は何なのか全く見当がつかないが、スピカについて考えられることは幾つかある。
一つは、実はあのPKグループのメンバーの一人。
一つは、存在する可能性はゼロではない他のPK集団のメンバーの一人。
一つは、あの投擲ナイフに付与された何かしらの魔法(催眠など)による作用。
一つは、あの性格だから俺に耐え切れずに激昂してああなってしまった。
どれも考えたくないが、今挙げられるのはこれくらいだ。
もっとも、一つ目と三つ目の可能性は低い。なぜなら、一つ目はPKに対して遠慮なく轟雷を落としまくったからだ。それは避けられてしまったっぽいが、あの暴言と共にあれだけ魔法を撃ちまくるなんて、流石に仲間に対してはしないだろう。…こういう解釈をするように計画されたことなら話は別だが。
そして、三つ目は、そんな魔法は今まで聞いたことがないからだ。五属性で全属性かと思っていたが、新たに追加されていたのかもしれない。が、それならゲーム内お知らせで伝えられているはずだ。そのため、三つ目の可能性は低い。
まあ一番可能性が高いのは圧倒的に四つ目かな! …もしそれが本当なら俺は俺のせいで他人を巻き込みながらこうやって無様な格好をしているというのか! そんな自分が許せない! …でも立ち上がれるようになるまでにまだ時間がかかりそうだ。
さて…フィルはどうなっているかな? って、いつの間にか手脚切断してんじゃん! このまま勝てるじゃね?
◇ ◇ ◇
フィルが〈クロスイングレイヴ〉を放ち、ケルベロスに避けられた直後。
フィルは何かに気付き、バッと背中を振り向きながら、右手で持っていた剣を両手に持ち替えた。
直後、刃先に勢いよく重い何かがぶつかり、潰されそうになった。瞬時に目の前に現れたのは、他でもないケルベロスだった。剣とぶつかったのはそいつの右前脚の親指の鉤爪だ。とてつもない重量故、硬い土を粉砕して足が地面にめり込んだ。このままだと自身の体を剣ごと押しつぶされるだろう。
「ふっ…!」
そのため、フィルは自身の身を、ケルベロスから見て内側に寄せ、その鉤爪を剣でいなそうと考えた。爪と刃が火花を散らしてキィィンと鈍い音を出しながら擦れ合う。歯を食いしばって必死にそれをいなして耐える。いなしで衝撃と振動を緩和することができ、フィルの体は爪を通り過ぎることができた。視界からケルベロスの両腕が消えていく。
彼女はその隙を見逃さない。
いなしによって自身の体の左側に寄った剣から左手を放す。
「〈四肢切断〉」
彼女がそう呟いた直後、青白く光る両刃剣の凹みから、剣身と同じ長さの空色の光の刃が二つ重なって出現した。よって両刃剣は、元の二倍の長さのビームサーベルと化した。高熱によって生み出されたそれは、如何なる物でも溶断してしまう、チートに近い武器だ。それも、この世界では初めて見る代物だ。
フィルはそれを持った右手を自身の左肩から背中まで大きく振り払う。重なった二つの光刃がスパッと、ケルベロスの両前脚を容易く切断した。ドス黒い鮮血が溢れ出し、二つの大きい腕がドサッと音を立てて土の上に落ちた。
そして、足腰を曲げて右に回転する。自身の体が再び先程の正面に向かいかけたところで、勢いの籠った刃を振るう。またも容易に切断され撥ね飛んだのは、ケルベロスの両後脚だった。
刻んでも刻んでも自己再生によって傷を癒され、なかなかダメージを与えられなかったのにも関わらず、フィルはその極太の手足をあっさりと切断してしまった。
「あの脚を四本とも…しかも二撃で…!」
颯は覚醒したフィルの底知れぬ能力に圧倒されていた。とはいえ、ケルベロスの本当の力も彼はまだ知らない。
フィルは自身の右手に握っているビームサーベルを見やる。と、その光の刃が凹みに吸い込まれるようにして二本とも消え、覚醒後の青白く輝く両刃剣へと姿を戻した。
じきに手足も再生してくるだろう。だから――
「ここで叩きます!」
四肢を根元から失って地面でもがいているケルベロスに、バッと体を向けながら叫ぶ。ケルベロスは痛みと困惑でフィルの追撃を迎える体勢は取れそうにも無かった。
その双眸が目の前の巨躯を捉えたとき、彼女の足は既に地面から離れていた。
「〈真技・斬〝雹の舞”〉――!」
刹那、ケルベロスの周囲を冷気が支配し、無数の氷塊が宙に顎現した。そして、ケルベロスにその氷塊が降り注いだ。四方八方からケルベロスを襲う。
――ように錯覚させられた。
颯の目には、吹雪のように舞う無数の雹が映っているだけだった。
だが、それは、最高速度に乗って敵を切り刻むフィル=ストーク唯一人……否、彼女と共にいる破霜龍ガルルギウスの魂。
その速さは尋常ではない。颯が剣で三回斬る間に、今のフィルは九回…つまり約三倍の速さで剣撃を繰り出しているのだ。しかも、自身の体までも光の速さで動いている。
また、彼女の一つひとつの剣技も、普通の剣士を軽く凌駕していた。その速度に身を任せ、軽やかなステップを踏みながら剣を振るっている。斬撃、尖撃、斬撃、斬撃……目にもとまらぬ速さで次々と傷を抉る。それらの剣撃は決して浅い訳ではなく、それぞれが深く、そして美しく、目の前の敵を蹂躙する。
◇ ◇ ◇
颯は、その光景を自身の目に焼き付けていた。
「早すぎて見えない…」
圧倒的戦力差。
ケルベロスとフィル…いや、俺とフィルの間に相応しい言葉。
クソッ! なにが、俺も戦うぞだ! なにが、美少女に助けられて見てるのが嫌だ、だ! ふざけるな! あの時の俺はどこに行った!? 一緒に戦わないと! スピカと同じようになってしまうかもしれないじゃないか! でも…この状態でどうしろっていうんだ……結局、一緒に戦えることができないじゃないか。俺も…何かしないと! そうだ…スピカは…?
颯は地面に両手をついて、ぐぐぐ、と無理矢理地面から身体を引き剥がした。
◇ ◇ ◇
「…………」
フィルは無言で、対象を切り刻み続ける。
斬っては突き、斬っては突き……
その無数の刃は、大きな傷を瞬く間に量産する。開きに開いた傷口から赤黒い魔獣の血が――でない。それどころか、フィルの怒涛の連撃が始まったときから、一滴たりとも血が出ていなかった。なぜなら――ケルベロスの身体は徐々に、ゆっくりと、固まっているからだ。
幾つかの斬撃の後、突きの一撃を入れて、場所を変える。その突きは、剣身から、氷点下百度を超える冷気を放出する攻撃だ。よって、突きを入れた傷は一瞬にして身体の内側から凍って塞がる。同時に血も固まる。それを繰り返すことによって、ケルベロスの身体は徐々に固まり始めている。
要するに、彼女は魔法を使っているのだ。
剣技の真髄。
極限まで高められた、まるで光と同じような速度。
氷属性の魔法を内に秘めた白銀龍の魂剣。
それらを全て自分の物とし、舞い続ける一人の女性。
「グガッッ! ガアアァァッッ!」
雹は、その黒い巨躯に襲い掛かり、内側から凍らせる。それでも尚魔獣は叫び続け、身悶えしながらやはり朽ち果ててゆく。
そんな未来しか残されていない彼の者に、とうとう終止符が打たれようとしていた。
ケルベロスは切断された四肢の付け根から固まっていく身体を、六つのうち唯一残された真ん中の頭の片目で見ると、焦りの表情を見せた。傷だらけの顎を動かし、痛みを忘れて右腕に噛みつく。その間もフィルによる傷は増え続け、体中のいたるところの血や筋肉、骨までが次々と凍り付いてゆく。
その鋭く尖っていたはずの牙でさえ、根元からへし折られ、氷を纏ってろくに使えることのできない状態になっている。ケルベロスの脳は混乱状態から解放されることはなく、一心不乱に体を動かそうとする――が、先ほどまでギコギコと音を立てていたはずの身体は、音をする暇もなく、ついにその場で静止してしまった。そして、最後の眼までもが動かなくなり、すぐに切り刻まれ視界が闇に包まれる。悲鳴を上げることすら許されなかったケルベロスは、呼吸困難に陥っていた。
「安らかに、眠りなさい…」
と、そっと優しく包み込むような声が耳の奥に届き、ケルベロスの脳に伝わる。
失われたはずの最後の眼から何かが溢れ、頬を伝って滴り落ちた。
最後に何かを感じたケルベロスは、冷凍されかけた身体を一刀両断され、空の彼方へと、蒸発するように消えて行った。
彼女の両刃剣は、辺り一面に広がる銀世界に、唯一つだけの、美しい華を咲かせたのだった。
◇ ◇ ◇
「スピカ! スピカ! クソッ! 起きやがれ!」
フィルがケルベロスを一方的に切り刻んでいる間、颯はボロボロの体どうにかして動かし、スピカの下へ移動していた。だが、彼女を視界に捉えたとき、スピカは気を失って倒れていた。だから、こうしてたたき起こしている真っ最中だ。
それにしても目覚めない。一体何が何やら全く解らない。どうしてこいつは気を失って倒れているのか。これは演技なのか本当なのか。スピカは、このまま起きるのだろうか。
颯はケルベロスを見やる。すると、フィルがそいつの正面に立って剣先を向けているのが視界に入った。聞き取ることができなかったが、フィルが何かを口にした瞬間、彼女の剣から放たれた青白い龍の幻影がケルベロスを襲うと共に、ケルベロスの身体が頭から尻尾まで貫通してケルベロスは真っ二つになった。フィルの止めの一撃だった。
と、颯は消えかけのケルベロスを目前にして、目を見開いた。それが颯の瞳に移ったのは一瞬。それでも、確かに見た。見てしまった。ケルベロスが持つ三つのうちの真ん中の頭の片目から信じられない物が、真っ赤な陽の光を浴びてキラリと輝いていたのを。
その後ケルベロスはすぐに空気中に溶け込むように姿を消していった。フィルは、ケルベロスに勝利したのだ。
「涙…?」
それは、その一滴は、背の低い凍った雑草の上に滴り落ちた。そう、涙だった。モンスターならば在りえないはずの、涙だった。モンスターが感情を持つわけがない。持つわけがないのだ。それなのに……
それは、恐怖によるものだったのか。或いは、自らの無力さ故だったのか。
――解らない。何故、ケルベロスは涙を零したのか。
俺には解らない――何故、スピカは未だ気を失い続けているのか。
あの時――何故、スピカは俺を襲ったのか。
そして――何故、フィルはあんなにも桁外れの力を秘めていたのか。
何故――
颯の頭の中を、数多の疑問が巡り駆ける。
その時、フィルはふらっと体勢を崩し、その場に崩れ落ちた。
解らない。解らないことが多すぎる。
唯。
一つだけ。
フィルのところへ行かないといけないことは、解る。
なのに。
それだけ、なのに。
体が、うごかな、い。
から、だ、が――
颯の視界が、上下からゆっくりと闇に染まってゆく。
ついには彼までもが、気を失ってその場にドサッと音を立てて倒れた。
――その後、辺り一面に広がる銀世界に、巨大な魔法陣が咲き誇ったことは知るよしもなかった。
読んで頂き、感謝します。更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。次話も遅くなる可能性があります。
相変わらず設定はぶっとんでますので、なにか変なところがありましたら、ビシバシご指摘ください。
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