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第7話 寝室、思考、志向

「この部屋がお二人に使っていただく部屋になります。それでは、私は明朝までに地形を調べておきますので、ごゆっくりお休みください」


 目撃者の聴取が終わってから、圭は私たちを地下2階の一角に案内した。案内された場所には、家具らしき物品が大量にならんでいる場所で、中にはベッドもあった。


「こういう寝具に関しては、間違いなくサギリの方がうちのビルよりも恵まれてるわね」


 圭が出て行ってから、私は荷物を手近な机に放り投げ、ベッドに倒れ込む。毎度のことだが、サギリとうちのビルの間は、一日で行き来できる距離とはいえ、それなりに離れているので、移動時に堅い座面に座り続けることになる。疲労のたまった身体に、こういう設備は本当にありがたい。


「偲もほら。気持ちいいよ」


 偲の手をとって、こちらに引き寄せる。ビルでは椅子や机の上に、拾ってきた布団を適当に積み上げるか、ソファの上にそのまま寝るかのどちらかだったので、ちゃんとした寝具を偲に使う機会は全くない。


「ん。柔らかいです」

「でしょう?そろそろ日も暮れるし、そのまま眠っちゃいなさい」

「……分かりました。お休みなさい、伶」


 偲は、数分のうちに寝息をたてはじめた。もう少しだけ様子をみたら『獣』の偵察に出よう。 

 『獣』に遭遇した皐月は、動物園の中を通り抜けようとしていたと言っていた。それは、通り抜けられる程度には、動物園は元の形を維持しているということを意味する。あの手の施設には案内図があるはずだから、圭が現在の情報を整理して持ってくる前に、現地にいっても迷って戻れなくなることはないだろう。

 加えて、偲が寝ている間に行かなければ、またこの少女は着いていきたいと言い出しかねない。


 偲が寝返りをうったのを機に、いざ出発しようとすると、偲に手を握られっぱなしだったことに気づく。


「――また、明日ね」


 偲の手をほどいてから、床に放り出した荷物を持つ。一応、もしもに備えて、外側から誰かがやってきたら大きな音が鳴るように、適当な仕掛けをいくつか設置しておいた。さすがに、まだ集落中に偲のことは広まっていないだろうから、ここにやってくる者はいないだろうが、念のためだ。

地下1階に上がったところで、圭に出会った。


「圭、出てくるわね」

「偵察ですか」

「ええ、引き続き地図の方をよろしく」


 濡れた圭の髪を見て、そういえばサギリの集落には風呂場があったのを思い出す。帰ってきたら、きっと不機嫌になっているだろう偲を連れて使わせてもらいにいくのもいいかもしれない。

そんなことを考えながら、私はサギリの集落を後にした。


 日が暮れて間もない時間、空には赤と黒の階調が現れている。動物園までの距離は2キロ程度だったはずだから、日が完全に落ちる頃には着けるはずだろう。

 肩掛け鞄から、電灯を取り出す。ハンドルを手回しすれば給電できるので、電源を用意する必要がなく使い勝手がいい。ハンドルを回して、ぼんやりと、けれども足元を照らすには十分な光があらわれることを確認した。

 足音が嫌に響く。これまでの仕事の間にサギリを中心に半径1キロの地形は頭に叩き込んでいるが、それでも癖で目印になるものを探しながら歩いてしまう。うちのビルのまわりにはビルを除いて三階建て以上の高さの建物が残っていないが、サギリの方には、まだ十階前後の高さの建物がいくつも残っている。当然、ほとんどが立ち入れないような状態なのだが。

 地上、というか道路に目をやれば、あちこちのヒビ割れから植物が顔をのぞかせているとはいえ、歩くのに困らない程度に舗装が残っている。

大戦時には、領地がクレーターだらけになった国もあったときく。サギリ周辺の地域は、これでも被害の少ない方なのだろう。


 偲と出逢って以来、こういう風に考え込むことが多くなった。

 偲に出逢う前からこういうことはときたまあったが、仕事中に思考がさまようようになったのは偲に出逢ってからだ。


 無用な思考は削ぎ落とさなければならない。

 今やるべきは、前回から変化した地形の確認だ。

 崩れそうな廃墟はまだ崩れていないか。

 稼働していた機械はまだ生きているか。

 地下に通じる陥没は生じていないか。

 『獣』を叩くための手段は1つでも多く確認しておかなければならないのだ。


 だから。

 無用な志向は殺ぎ落とさなければならない。

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