第31話 集会・後
一声、たった一言だった。舞台に上がった瑛梨香さんはたった一言で、集会の参加者たちの目線を私たちから奪い取る。
「瑛梨香、何のこと?」
「君たちは回りくどすぎる。もう一度言うよ、結論を言いなよ」
まずい。一瞬でペースを持って行かれそうになっている。
「伶、順序を飛ばしましょう、このままだと持って行かれます」
偲と意見が一致した。頷き返してから、息を吸い込む。
「じゃあ、この話の結論を言うよ。お前らの見つけた地下街、アラガのものになってもおかしくないところだろ」
瑛梨香さんに促された通り、私は結論を口にした。
「別に、地下街に早い者勝ちなんてルールはない。領域だの縄張りだのなんてものはないからな。けれど、動物園よりアラガ側に近くて、しかもそれだけの資源があるところなら、アラガのやつらだって何が何でも使いたがるはずだ」
「じゃあ、どうやったらサギリがそれを独占できるのでしょうか」
「簡単だ、アラガが独占を認めざるを得ないような状況をつくればいい」
偲が私の言葉を継ぐ。そして、私が偲の言葉を継いでいく。
「だから、『獣』を使ったんです。一体いつからかは分かりませんが、あなたたちは、動物園に『獣』がいることを知っていた。そして、ついにそれを使う機会が来たのです」
「アラガが対処してもいい『獣』にこちらで素早く対処した。恩を売るには十分だよな。アラガに多くの者がとりのこされていて、十分に集落が動いていないにもかかわらず、位置的にアラガに任せてもいい『獣』を討った、伝令がアラガに伝えるのはそういう物語だろ?」
「――うん、面白い物語だね。私たちは、伶ちゃんと偲ちゃんを体よく利用したという訳か。いや、結論を急がせるべきじゃなかったね。こんな妄想を裏付ける根拠は、ぜひ順を追って聞きたい」
瑛梨香さんが、痛いところをついてきた。根拠も証拠も私たちは持っていないのだ。
「ないよ、根拠なんて」
そう返すと、静かだった吹き抜けがざわめきだす。
「てめえら、さっきから何が目的なんだよ!」
「仮にそうだとしても、圭くんや瑛梨香さまが上手くやってくれたって話だろ、何か問題があるのかい!」
ついに野次が飛んできた。一応、皐月と一緒に動物園に行った人が死んでいたり、アラガにいった住民たちが肩身の狭い思いをしたり、彼らがいなくなった分の仕事をする羽目になったり……。上手くやってくれたの一言でまとめていいものかどうか怪しいくらいの代償を払っているはずだが、今それを指摘しても大した効果はないだろう。
さっき瑛梨香さんに流れを持って行かれそうになった時点で、溢れ者の私が何を言っても通りにくくなっていると考えた方がいい。
「何で正直に言っちゃうんですか……。どうします、伶?」
「仕方ないでしょ、何かしら強い言葉を発さないと持っていかれる。仕方がないから、もう順番を全部飛ばすわよ」
そう偲に言って、私は瑛梨香さんに向けて、今日一番の大声を上げる。
「瑛梨香、黙らせてくれ」
瑛梨香さんが片手を上げると、それだけで野次は止まった。何の問題もないと思っているのだろう。
「悪いな。まあ、根拠なんてないよ。それは事実。で、俺たちの目的だけど、気に入らないことに文句をつけてすっきりしたいだけだから、とりあえず聞けよ」
隣で偲が若干私との距離を離したのが分かる。まあ、半分は事実だ。
「俺が気に入らないのは、サギリが新しい地下街を手に入れるために俺たちを利用したところじゃない。そいつらがまだ隠してる事だよ。今までの話はそれを暴く準備」
「ほう、伶ちゃん、隠し事か。いったいどんな隠し事なのかな?」
圭はあちらこちらに顔を向けて挙動不審になりつつあるが、どうやら瑛梨香さんはまだまだ余裕らしい。正確に言えば、余裕であるかのように見える。
「さっき偲が、四輪が地下街にあるのはおかしいって言っただろ。じゃあ、どこから取ってきたのかって話。お前ら、地下街に限らず、アラガの周りを漁っているだろ?」
「さて、ね。でも、それが仮に本当だとしても、サギリのために私たちが尽くしているって話になるだけでさっきと同じじゃないかい?」
私たちに結論を急がせたくせに、瑛梨香さんの方は会話の着地点を察して、会話の過程を楽しんでいるとしか思えないような話し方をする。でも、それはあくまで、この人のよくやる手にすぎない。
だから、私は自分が一番気に入らないことを言い放つ。
「アラガと、さ。戦いになるかもしれないってこと、隠してるだろ」
――サギリが今までしてきた、もとい、今までしてきたと私たちが考えていることを挙げて行こう。
一つ、アラガのものになってもおかしくない地下街を独占するため、アラガ側がそれを認めざるを得ないような理由を用意した。
二つ、アラガの付近にあった様々な資源を回収してきた。少なくとも、ジープが地下街にあったとは思えない以上、それについては、地下街以外の場所から回収したはずだ。
三つ、1つ目と2つ目が成立するならば、アラガの付近に、サギリの成員は何度も踏み込んで資源を漁っていることになる。
四つ、『獣』を発見していたにも関わらず――おそらくは利用するために――隠していた。
これらのうち、どれだけを本当にサギリがしでかしているかは分からない。けれど、アラガの方が何も勘付いていないとは考えられなかった。ほんの少しの理由が見つかれば、きっとアラガとサギリの溝は決定的になる。そうなってしまえば、アラガがサギリにいつ仕掛けたとしてもおかしくないのだ。
サギリは小さい集落ではないが、所詮、ファンブルなら単独でも簡単に滅ぼせる程度だ。そして、アラガには少なくとも片手では数え切れない人数のファンブルがいたはず。対して、サギリにいるのは瑛梨香さんのみ。しかも、瑛梨香さんは闘争に向いたファンブルではない。
勝負にもならないだろう。
「……というわけで、これからおまえ達が始める生活は、戦いの危険と隣り合わせってわけだ」
「ふうん。妄想の上にさらに妄想を積み上げたようににしか聞こえないね。本当に、物語としては面白いけれど。人間はそう簡単に人間を傷つけたりしないさ」
瑛梨香さんの反論には、これから先起こるかもしれないのは、人間と人間の殺し合いではなく、アラガのファンブルがサギリの人々を一方的に傷つける展開だという視点が欠けていた。あるいは、あえて触れないようにしているのかもしれない。
ただ、そのあたりを指摘して、私と瑛梨香さんが議論をはじめたとしても、いずれは、あちらに流れをとられるに決まっている。
けれど、瑛梨香さんが議論する相手は私ではないのだ。
こちらの目的は、サギリが地下街を独占することが、危険である可能性を示すこと。実際にどういう結末が待っているのかは知ったことではない。
私たちは、これから戻ってくる若者たちも含めて、サギリにいる人間にある種の資源を提供したにすぎないのだから、その使い方は彼らに委ねられている。当然、その資源を使うのか、それとも使わないかという選択までも。
「とにかく言いたいことは言った。あとは自分たちで考えろ」
その言葉を最後に、私と偲はサギリを後にした。
我がことながら無責任なものだ。話題を提供するだけしておいて、自分は勝手に逃げ出すのだから。
こういうことをするから、いつまでたっても、どこへいっても、溢れ者扱いなのだと思う。
「お疲れ様です。声を出して疲れたので、おぶってくれないでしょうか」
ふと、私の手を握る少女が優しい声で、身勝手な要求をつきつけてきた。
――そういえば、溢れ者から、溢れ者たちになってしまったわけか。
「いいわよ」
そういって私は追手がいないのを軽く確認してから、背中を差し出す。
「ありがとうございます」
いつもよりも背中越しに伝わる熱が暖かいのはきっと服装のせいだろう。動きにくいし、どこかで着替える必要がある。
そんなふうに思考を逸らしながら、帰路を歩いて行った。




