第30話 集会・前
「皆さまにお集まりいただいたのは他でもありません。我々を悩ませていた『獣』について報告するためです。――『獣』は、駆除屋によって討伐されました」
サギリでは毎朝集会が開かれる。集会といっても、一か所に集まるのではない。皆が中央の吹き抜けに向かって立ち並び、二階から十階まで、上へ下へと集落に関わる諸々の事柄を報告するのだ。話には聞いていたけれど、集落全員があつまっているところになんて出る気がしないので、実際に見るのははじめてだった。
瑛梨香と圭は、集落の中心、五階から集会に参加していた。皐月は、七階から。昨日会った子供たちは三階にいるのが目に入る。
「歪というか、秩序立っているというか。思っていた通りといえば思っていた通りですけれど」
偲が、眼下の光景を眺めながら不思議な言葉を口にする。歪、とはどういうことだろう。
「私は歪だなあって思って終わりですけれど、伶みたいな善い人だったら気持ち悪くなりませんか?」
一体全体、偲が何を言っているのか分からな……。
「ああ。揃ってる、のね」
「はい、同じです」
よく見てみれば、同じ階にいる者には、どこか似通ったところがあった。それもそのはず、集落の中で立場の弱い者は弱い者で同じ階から、立場の強い者は強い者で同じ階から集会に参加しているのだ。
気持ち悪い、というよりは、圭や瑛梨香なら進んでやりそうなことだという印象を受けた。きっと、集落を取りまとめるには巧い手なのだと思う。
「偉い人たちが上層なんてひどい図ではないだけましですけどね」
偲の言うとおり、日の当たりやすい上の階層には、たしか洗濯を担っていたはずの者たちが並んでいる。
私たちが、参加者たちの配置を検めている間、圭から正式に『獣』の脅威が去ったことを聞き、集落の人々は沸き立っていた。
「先ほど、アラガに伝令を出しました。遠からず、アラガに残っている者たちは戻ってくることでしょう。皆さん、あと少しです。人手が戻ってくれば、今まで通りに――、いえ、今まで以上に楽に生活できることでしょう」
圭の言葉を聞くや否や、それまで以上に集落の面々がざわつきだす。数十秒の間をおいて、圭は再び口を開く。
「今日、皆さまには『獣』の危険がなくなったことに加え、もう一つ吉報をお伝えできます。『獣』の現れた動物園から少し離れた場所に、極めて保存状態のいい地下街が発見されたのです。ですから、今後は今まで以上に生活水準を向上させることができることでしょう」
圭は、普段私にみせる様子からは想像がつかないくらい自信に満ち溢れた態度で報告を続けている。彼が声高らかに語り上げる新たな地下街にある遺産、施設、資産についての説明は、どれもこれも集落の民の心を踊らせることだろう。
その様子を見ていると、本当に私たちがしようとしていることは正しいのかどうかを考えてしまう。
このまま、引き上げた方が、いいのではないかと。
「駄目です、伶。この集落の人たちは、ちゃんと知るべきことは知らないといけません。この人たち自身のために」
「でも、知らない方が――」
幸せかもしれない。そう声に出そうとして、踏みとどまった。それを偲に言うことは、偲に言うことだけは許されない。
「そうね、やりましょう」
結局、私は、自分が気に入らないという理由で、眼下の光景を焼き尽くそうとしているのだ。偲は子供たち、もとい好奇心のためにと言っているが、私にそんな感情はない。
どうせ身勝手にやるだけなら、やりきってやろうじゃないか。
理由はそれで、十分だ。
他人を、傷つけよう。
「ええ、嫌われましょう。私も一緒です」
差し出された偲の手をとり、私は大きく息を吸い込んだ。
「以上が、現状明らかにされている地下街の詳細になります、これから我々は今まで以上に満ち足りた生活をおくることになるでしょう!」
「その通りだ、今までにないほどに満ち足りた生活をお前たちはおくることになる!」
『獣』に向けるのと同じ口調で、地下一階から集落の全員に聞こえるよう、私は叫んだ。
「すごいです、伶!かっこいいです!最高です!」
戦い――まあ戦いのようなものだろう――がはじまって、まだ一言目だというのにもかかわらず、いきなり偲が囃し立ててくるので気が抜ける。肩の力を抜かせようとしてくれているのだろうが、少し過剰すぎるのではないか。
まあ、事実。恰好のせいで肩に力が入ってしまっているのは事実だ。私の恰好は昨日偲が選んでくれた礼服だ。偲の方は、昨日、倉庫で最初に見せてくれたのと同じ服装をしている。
ひとまず、偲の手を力の限り握り直してから、次の言葉を私は口にする。
「やれ服が大量にあるだの、やれ道具が揃えられるだの、圭が何か言うたびに騒いでるけどさ。あんたら、その新しい地下街がどこにあるのか、どうして誰も聞かないんだ?」
そう、新しい地下街がどれほど素晴らしい場所なのかについて、長々と圭は語っていたが、その中で一度も地下街の場所に言及していない。
「答えろよ、圭。その地下街は、どこにある」
一言一言を発するたびに、サギリの人々の視線が刺さる。一度でも崩れれば、野次が飛んでくるだろうし、地下一階にいなければ、物を投げつけられることになるだろう。
もっとも鋭いのは、地下五階からの視線だ。圭をはじめ、集落の中でそれなりの立場に居る者は今から私が言わんとすることを知っているのだろう。
「サギリから、南へ4キロほどいったところですよ」
圭の声は、たいして大きくなかったが、住民たちがさっきとは打って変わって静まり返っているのでよく響いた。
「ふうん。今度は誰でもいいから答えてほしいんだけどさ。アラガとサギリの位置関係ってどうなってるんだっけ?」
これで、五階の面々以外でも、勘のいい者は気付いただろう。今、自分たちが『獣』などよりよっぽど危険なものに曝されていることに、気付いたことだろう。
沈黙が吹き抜けを落ちていく。
「荒賀と狭霧はその中心と中心を結んでなら。だいたい10キロ。くらい離れていますね。アラガの集落の位置がわからない。ので。正確な数字は分かりませんが、仮にあちらが荒賀の中心に。あるとすれば。およそサギリの。集落との距離は6キロ。ほどになるでしょう」
口を開いたのは、私の手を握っている少女だった。大声を出すのに苦労しているようで、途中でなんども言葉が途切れる。
「……まあ、そういうわけだ。お前たちが新しく見つけた地下街は、ずいぶんとアラガに近いところにあるらしいな」
「それが、何か」
圭の声が、ひとまわり低くなった。それでも今までどおり、いや、今まで以上に響いてるように聞こえるのだから、渉外係の面目躍如というところか。
「それが、何か?ふん、ずいぶんととぼけるじゃないか。じゃあ、二問目だ。俺たちを載せてくれた四輪、ジープでいいんだっけ?あれ、どこから持ってきた」
「今話していた地下街からですよ」
「じゃあ、動力はどうしてるんだ?ずいぶん手慣れた運転だったけど、あの手のものを使い続けるには、ずいぶんな燃料がいるだろ」
「あの車は、太陽の光を使って作られる電気で動いているんですよ。太陽光発電というのです」
次は、偲の順番だ。目を見合わせて頷き合ってから、少女が口を開いた。
「それは通りません。あのジープの動力は電気じゃないでしょう?もっと言えば、あのジープは、旧暦のころ、アラガに本社をおいていた自動車製造会社が、百年以上前、軍用につくったモデルを大戦期直前に展示用に再現したものです。大戦の少し前の時点で残っていたのは、その会社の本社1階の展示室だけ。そんなジープが地下街にあったなんてずいぶん不思議ですね」
はっきりした目的のために自分の知識をひけらかすとき、この少女はなんだかんだで元気がいい。ついさきほど大声を出すのに苦労していた様子はどこへやら、わけの分からない知識をまくしたてる。
「伶さん、その子供、何です」
何者ではなく、何ときたか。
勘付いているのか、それとも、先日私たちが風呂に入っていたときに探りを入れてきたのは圭なのか。いずれにせよ、もう圭は偲を単に知識に貪欲な少女とみなすことはないだろう。
「ただの私の助手だよ。で、動力はどうしたんだよ」
「……地下街からとってきました」
「へえ、何から何まであるんだな、その地下街。あやかりたいもんだ」
「伶さんなら、いつでも歓迎しますよ?」
今、この吹き抜けに面して並んでいる者のうち、私を歓迎したがる人間が一人でもいるのか怪しいものだ。
「じゃあ、どういう風に使わせてもらうか考えるために、もう少し質問させてくれよ。駆除屋としては武器になるものがあると嬉しいんだけれど、そういうのはある?」
「……ええ、ありますとも」
「嘘ではありません」
偲が眼下を眺めたまま小声で言う。もう一手、確認をすすめよう。
「へえ、そりゃあいい。じゃあ食糧とかはどう?」
「サギリにあるものより、高性能の食糧と飲料水の生産機が複数発見されましたよ」
「食べ物は分からないですけど、水については本当です。次へいきましょう」
再度、偲が声をかけてくる。確認はこれでいいだろう。正確には、『獣』やファンブルのように、大戦期以降に出てきたものに関しては嘘をつかれても分からないのだが。先ほど、偲に嘘を暴かせたのは、そのことを圭に悟らせないためだ。
「なるほどね。よく分かったよ。ああ、そういえばさ、今回の『獣』について聞きたいことがあるんだ。お前、あの『獣』が危険で仕方がないみたいな言い方をしてたけれど、実際やりあってみたら、結構大人しめだったんだよ。どうしてか分かるか?」
事実、あの『獣』はかなり大人しかったし、理性的だった。大抵の『獣』は、なんというか、もっと荒っぽい。最初の邂逅で私たちを追い続けてきたとしてもおかしくはなかった。
「さて、どうしてでしょうね。私は、直接相対したわけではありませんので」
「アラガからサギリの住民が戻ってくる道中で襲われないように伝令を出したのはお前なんだろ?てっきり、ちゃんと危険だってことを確かめてると思ってた」
「偵察が出せない状況でしたから。あなたに不適切な情報をお渡ししてしまったのは私の落ち度です。申し訳ありません」
「そうか。気をつけてくれよ?こっちから、手を出すまで、縄張りから外に出てこなかったくらいなんだから。お前が言っていたみたいに、急いで駆除しないといけないほど、危険だとは思えなかった」
「まあまあ、伶。目撃証言も十分なものではありませんでしたから仕方ないですよ。圭さんを責めたらかわいそうです」
ひどくわざとらしい声色で偲が言う。
さっきから私も大概わざとらしく話しているがどうも滑稽になってしまう。対して、隣にいる少女の方は、わざとらしく話しているだけでも、それはそれで様になっているんだからうらやましい。
「それもそうだな。目撃証言と言えば、皐月さんと犠牲者さんが『獣』に遭った日って、彼らどこかから帰ってくる途中だったんだよな。それ、どこ?」
「あなたたちには、関係のないことです」
「それは通らないよ。だって、変なところに出かけて、『獣』を引き連れて帰ってこられたら、俺の仕事が増える」
皐月と行ったのと同じやりとりだが、集落中の目がある以上、圭は私の問いかけをうっちゃることはできない。
「……皐月さんたちには、地下街と、その周辺の調査に行っていただいていたのです」
「ふうん、初耳。なんでそんなこと隠してたんだよ」
「言ったでしょう?あなたの仕事には関係ないからですよ」
さて、確認作業は一通り終わった。ここまでのやりとりは、予想通りと言えば予想通りだ。
ここからは、詰めの作業になる。
「ええっと、伶。話についていけないので整理しますね。まず、サギリとアラガの間に新しい地下街が見つかった。つぎに、動物園の『獣』が見つかった。そして、私たちの今回の仕事になるわけですよね?」
「ああ、その通りだ」
「でも、ちょっと不思議です。どうしてこのタイミングで『獣』が見つかったんでしょう?アラガとの交流はずっとあったんですから、2つの集落の間にいる『獣』はもっと早く見つかっているはずなのに」
「さあ、なんでかな。ねえ、圭はどう思う?」
偲と一緒に、わざとらしい演技を続ける。だが、集落の人々の目線を釘付けにして、流れを掌握するためには仕方あるまい。
「……それは」
「茶番はもう飽きたよ。結論を言いたまえ、伶ちゃん」
圭の反応をみてから、いよいよ仕掛けようというところで、集落の長が舞台に上がってきた。




