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第29話 服選び、でまかせ、嘘

 倉庫に到着する。

 約束していた服選びの時間だ。


「さて、昨日気にしてた服ってどれなの?」

「ええっと……あっ、ありました!」


 脚にむちうって、ごそごそと服を漁っていた偲が腕を上げると、その手には黒い服が握られていた。


「どうですか……?あっ、伶がこっちも似合いそうだよっていうのがあったらいってくださいね」


 偲は、黒い布を身体の前に広げて見せびらかす。部屋から出るとき、立ち上がれない「ことにする」と口にしていたが、本当に動けたらしい。

 黒くて肌触りの良さそうな生地から作られた服からはよく整えられているという印象を受ける。装飾といえるようなものは、首元か鳩尾へと伸びるようにあしらわれた透かしの入った薄い別布と、ふわりとふくらむように作られている肩口ぐらいだ。装飾は少ないながら、決して物足りない感じはしない。

 あえて文句をいうなら、これから暑い季節が待っているのに、長袖であることくらいだろうか。


「あとは、ほら、こっちも着てみたいです」


 次に偲が取り出したのは、同じように黒々としたスカートだった。偲が履いたら、脛の半ばよりも下にまで届きそうなくらい長くて、絶対に歩きづらいと思う。偲はそもそも歩くのが大して上手くないので、今更多少下手になったところで問題ないといえばないような気がするが。

これから仕事についてくることがあれば、そのときは別のものを着てもらえばいいだろう。


「その……伶、いいでしょうか?」

「すごく似合うと思うわよ」


 偲がほっとした顔を見せる。旧暦の書物に載っているような服装と比べると少し暗すぎる印象だが、偲なら問題なく着こなせるだろう。というか、偲は元が良すぎるから、何を着ても似合うのだ。

 おそらく、私の仕事服ですら、着こなしてみせるのだろう。


「じゃあ、着替えてきますね!」

「明日の朝にとっておいたら?」

「今すぐ伶に見てもらいたいんです!」


 そう意気込んで、偲は服を抱えてよろよろと物陰に向かう。


「伶、着替えさせて下さい」


 数十秒の後、助けを求められた。予想通りと言えば予想通りだ。驚きたかったのだが、仕方がない。

 幸い、単純なつくりの服だったので、労さず着せ終わった。この時点でもう可愛らしいので、はやく一歩離れて全体を見てみたかったのだが、偲は最後の最後で私を棚の陰から追い出した。


「仕上げをしますから、ちょっと待っててください」


 少し間をおいてから現れた偲の髪は、フクロウの髪留めでまとめられていた。

 改めて、少女の全体像を眺める。とても可愛らしい。それでいて、どこか上品な雰囲気も感じられる。

 ふと、足元に目線をやると、いつの間に取って来たのか、服に比べるとひどく無骨な靴が目に入る。靴と服が全然釣り合っていなかった。

 ただ、そこが全然合っていないないくせに、全体としてみれば、うまくまとまっているような不思議な印象をうける。


「いいでしょう?伶のブーツとおそろいです」


 なるほど、少女がわざわざおかしな靴を選んだ理由はそういうことか。たしかに私の靴に似たようなかたちをしている。私の靴は服と同じで荒事向きの靴だから、私の靴に似ている靴と、偲が選んだ服がちぐはぐになるのは当然だった。


「だからって、その服に合わせなくてもいいんじゃない?」

「どこかは伶とお揃いにするべきですからね、助手として!」


 助手という語句にずいぶんな強勢をおいている。やはり、これからも私の仕事についてくる気らしい。


「まあ、ミリタリーブーツというよりはミリタリーブーツ風って言った方が正しいですかね?今度ばかりは自分の足の小ささを恨みます」


 たしかに、偲の履いている靴には、よく見るとどこかハリボテめいたところがあった。おそらく、見目はともかく、実際は私の靴ほど機能的ではないのだろう。

 それでも、廃墟を歩くことを考えれば、普通の子供靴よりはマシだろうから、よく見つけて来たものだ。


「それで、似合ってますかね?」

「はいはい、いいんじゃない?」

「お姉ちゃん、似合う?」

「似合ってる!可愛いわよ、もう!」

「はい、ありがとうございます!じゃ、次は私の番ですね」

「うん?」

「ああ、いえ、こっちの話です。本番は明日ですから、もう着替えます。この服を脱がせてもらえますか?」


 何かよからぬことを企んでいるような気がしてならないが、とりあえず、服を脱がせてやった。代わりに、また別の服を一緒に見繕う。


「伶、私が選びます」


 一緒に服を探し出してすぐに、動きやすそうな服――偲曰くジャージ――を差し出したところ、却下された。

 その後、偲の身体は、上半身は黒くて涼しげな服に覆われることになった。先ほどに比べてずっと動きやすそうだが、どこかに引っかかれば避けてしまいそうな柔らかく薄い生地だ。

 ただ、靴は先ほどから変わっていないので、やはりどこか不釣合いな印象を受ける。服との組み合合わせ以前に、そもそも無骨な靴が偲の体形に合っていないのだろう。そのくせ、やはり全体としてみれば調和しているのだから、不思議なものだ。


「やはりショートパンツだと動きやすくていいですね」


 問題は、下半身の方だ。動きやすいは動きやすいのだろうが、なぜそんな脚を出すのか。むき出しの細い脚が、陶磁器のように白く輝いていて目の毒だった。

 何にせよ、偲との約束も果たしたし次の目的地へ向かおうと偲に声をかけようとしたところで、逆にあちらから話しかけられた。


「それでは伶、これはどうでしょう?」


 次は私の番とは、こういうことだったか。偲は、本当にどこから見つけてきたのか、旧暦の礼服を私に差し出してきた。


「なんで、こんな動きにくそうな服なのよ」

「ほら、明日はこういう服の方がいいと思うんですよ」


 偲の言っていることに間違いはない。多分、こういう突飛な服装の方が、私たちが明日やろうとしていることには向いているだろう。だが、今の偲の顔は、提案をしているというよりも、自分の楽しみを優先させるときの顔だ。


「……目が輝きすぎてない?」

「そりゃあ適当な理由を用意して伶に素敵な格好をしてもらえるせっかくの機会ですもの」


 正直者でよろしい。適当な理由をつぶすだけの理由が用意できないので、断るのは諦めよう。


「たぶん、明日っきりよ」


 せめてもの悪あがきをしてから、偲から服を受け取る。

 偲を背負うために、近くにあった手提げに服を突っ込んで、今度こそ私と偲は倉庫を後にした。次の目的地につくやいなや、聞き覚えのある声が私たちに話しかけてくる。


「なんだ。おめえら、サギリにもう用はねえだろうよ?」


 皐月は、私たちを見とめるなり、そんな言葉を発したらしい。先ほどの子供の件といい、私たちが『獣』を下したことはもう集落中に広まっているようだ。


「いいえ、用ならある。確かめたいことがあるのよ」

「確かめたいこと?」

「そう、あなた、『獣』に遭ったとき、そもそもどうして動物園なんかにいたの?」


 私が発した質問に、皐月は明確に眉をひそめる。


「それと、駆除屋の仕事と。何の関係がある」

 

 いきなりこんなことを聞かれれば警戒するのも無理はない。

 

「こっそり遠征とかしてて、どっか遠くから『獣』を連れてこられたらたまらないもの。駆除屋の中には、獲物をとられるのを嫌う奴だっているし」


でまかせだ。

 一応、駆除屋には担当地域のようなものがある。たとえば、私はサギリ周辺と灯台ビルにあらわれた『獣』に対応しても、それ以外の地域にはよほどのことがない限り出張らない。

 以前、アラガに出かけたのだって、あらわれた『獣』がアラガの駆除屋だけでは対処できないようなものだったからだ。

 ただ、そうしたものはあくまで慣習のようなもので、明確な決まりなんてない。あと、別に他の駆除屋に嫌われたってどうでもいい。


「そりゃあそうだけどよ、俺たちだってできる範囲なら対処するさ。実際に連れてくるかどうかも分からない『獣』のことなんざ考えても仕方ねえだろ」


 嘘だ。

 見ることも、触れることもしたくない化物だからこそ、駆除屋が必要とされているのだ。だからこそ、私みたいな溢れ者にも駆除屋が務まるのだし、私みたいな溢れ者にしか務まらない。『獣』は危険だから恐れられるのではない、その在り方を忌み嫌われているのだ。だから、対処できる範囲なら対処するなんて、嘘もいいところ。


「どこに行った帰りだったのか、教えてちょうだい」

「お前の知ったことか?え?」

「ふうん、答えられないようなところに行ってたんだ?」

「……話は終わりだ。言えることなんざねえよ」

「では、あなたたちが動物園の前、どこにいたのかは、みんな知ってるの?」

「お前、何が目的だ?何か欲しいなら他に交渉する相手がいるだろ」


 私の質問に答えることを、皐月は避けている。その反応だけで答えとしては十分だった。


「……伶の予想通りでしたね」


 寝室に戻る道すがら偲が話しかけてきた。


「予想というより直観よ?今回の仕事で感じた違和感を整理して、適当な説明をつけただけ。根拠はほとんどないわ」

「そう言われると、そうですけれど」

「まあ、根拠なんていらないわよ。今回するのは、メイタンテイをすることじゃなくて、演説なんだから」

「演説っていうより、演劇ですね。似たようなものですけれど」


 滑稽めいてしょうがないけれど、たしかにそういう軽率な感じが含まれている方が、私たちのやろうとしていることを表すにはふさわしい。

 明日の早朝、私達は徒歩で灯台ビルに引き上げると、圭に伝えてある。私たちがいなくなれば、つまり、明日の朝になれば、圭は集落の者たちに『獣』の危険がなくなったことを伝えるだろう。

 そこが、私たちの舞台だ。

 まあ、舞台を観たことなんてないのだけれど。

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