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第28話 髪、礼、お姉ちゃん

「はい、承知しました。では、『獣』の討伐はうまくいったのですね」

「ええ、少し休んだら引き上げるわ」

「ゆっくり休んでください。……偲ちゃん、前にも言いましたが、残りませんか?」

「お断りします。伶の側にいたいんです」

「むぅ、そうですか。残念です。気が変わりましたらいつでもお声掛け下さい」


 圭とそんなやりとりを交わしてから、私と偲は軽く身体を洗って、床についた。

 半日以上泥のように眠っていたが、その間、侵入者はなかった。武力で私たち、というか私を害することができないのは、サギリにいる者なら誰でも承知しているのだろう。

 それはさておき、私に抱きついて眠っている生き物を何とかしなければなるまい。仰向けで眠っていた私の腕を枕にして、顔をなすりつけている。振り払えないほどではないものの、しっかりと抱きつかれている。『獣』と相対したあとでなければ、きっと眠れなかっただろう、

 あれだけの仕事の直後にも関わらず、偲の髪は相変わらず艶やかだ。濡れたような黒が、私の身体にかかっていて少しくすぐったい。

 偲は、自分の髪をどんな風に表現していたっけ。宇宙だとか世界だとか言っていたけれど、綺麗だけでいいだろうに。言葉を尽くすことにもどかしさを感じないこともないけれど、どうせ表現しきれないほどならば、率直に一言、綺麗だと言うのが良い。

 気がつくと、偲の髪に向けて自分の顔を近づけていた。偲が今私にしているように、私もこの髪に顔をうずめたら、きっと気持ちいいのだろうなと、ひどい考えがよぎる。

 顔をさらに近づけていくと、汗の臭いが混じった子供の臭いがする。不思議と不快ではない。

 私は、いよいよ偲に――


「ふぁぁぁぁぁ……。ほはひょうほはいはふ、ひぇい」

「……っ!」


 偲が急に目を覚ました。少女は、大きく開けた口を両手で隠しながら朝の挨拶を口にする。もっとも、今はもう夕暮れどきのはずだが。


「ああ、ごめんなさい。眠るの、邪魔してませんでしたか?」

「……ええ、大丈夫よ」


 うん。何か、大事なものを失わずに済んだ気がする。


「ふぁぁぁぁ……。まだ眠気がとれませんね」

「かなり急ぎの仕事だったからねえ」


 偲の欠伸がうつる。ここ数日、昼夜が逆転しているので、灯台ビルに帰ったらしっかりと朝まで眠ろう。どうせ今からやることも骨が折れることには違いないのだから、よく眠れるはずだ。


「最初はどうしますか、伶?」

「決まってるじゃない。――服選びよ」

「それは、ええ、嬉しいですけれど、いいんですか?」

「もちろん。私の服はいいけれど、偲が動物園で来てた服はもうボロボロだしね」


 偲が昨晩着ていた服は、あちこちがほつれていたので、使えない。今は、圭に適当に見繕わせた寝間着を着てもらっている。サイズもあっていないし、何よりもでかでかとしたゾウが腹に踊っているというのは、さすがに気味が悪い。


「それに、約束したじゃない」

「そうでした、伶の好みは何ですか?なんでも着ます……ひゃあ!?」


 いきなり跳ね起きた偲は、そのままの勢いでのたうちまわりだした。


「これが、これが、筋肉痛ですね!」


 のたうちまわりながら喜んでいる。

 昨日の『獣』と大差ない気持ち悪さだった。


「……立ち上がれそう?」

「ええ、無理です。無理なことにします。ですから背負ってください」

「そうなると思ってたわ。ビルに帰ってからどこか適当なところで服を探すっていうのも手だとおもうけれど」

「いえ、約束は守ります。伶が頑張ってくれたんですもの。ここで私が頑張らずにどうするんですか」


 何やら恰好のいいことを言っているが、一挙手一投足がぶるぶると震えているので台無しだった。


「ほら」


 思わずため息をついてしまってから、偲に背中を差し出す。ベッドの上を這いずって、偲は私の背中に体重を預けてきた。


「お願いしますね」


 偲を背負って、集落を下りていく。

 ときおり、住民たちとすれちがうが、誰も彼もがこちらを見ようとしない。


「お礼を言ってくれる人、いないんですね」

「いつものことよ」


 報酬なら生活用品だけでも十分すぎるほどもらっている。この上、感謝まで欲しいだなんていうのは少しばかり欲が深すぎるというものだろう。


「あのっ!――あのっ!――あのっ!駆除屋のお姉さん!」


 後ろから聞こえてきた声が、私達を呼び止めようとしていることに気づいたのは、駆除屋という言葉が聞こえてからだった。振り返ると偲よりも幼い男の子と女の子がならんでこちらをみていた。

 二人はきょうだいなのか、ずいぶん似通った顔立ちをしている。少し離れたここから見てもびくびくしているのがよく分かる。女の子の方が前に出ていてはいるが、お互いにくっついていて、何かあれば泣き出してしまいそうだ。


「用事がないなら駆除屋に話しかけては駄目だと、親には教えられなかったのかしら?」


 口を開くごとにビクンと震えられては、喋りにくくてかなわない。実際にそんなことを教えられているかどうかは分からないが、まあ、似たようなことは言われているのだろう。

 いずれにせよ、私に近づいても集落の中で立場が悪くなるだけだ。


「伶、そんな言い方したらかわいそうです」

「ひゃう!」


 偲がいきなり耳の側でささやくような声を出したものだから、変な声が出てしまった。

 おそるおそる子供たちの方を見ると、どちらもクスクスと笑っている。


「はぁ……。何か用事?」

「その、お姉ちゃん、わたしたち、そのお母さんが出かけちゃってて」


 最初に口を開いたのは男の子の方だった。


「お姉ちゃんが、連れてきてくれるんだよね」


 女の子の方が言葉を引き継ぐ。

 何か勘違いしているようだが、この子供たちにもたらされる結果は変わらないのだろう。『獣』の問題がなくなれば、この子供たちの親もアラガから戻ってくるというわけだ。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 子供たちは同時に口を開いて、同時に言葉を終えた。


「別に、お礼なんて――」

「駄目ですよ、お姉ちゃん。お礼をされたら言うべき言葉があるでしょう」


 耳元からくすぐったい小声が聞こえてきて、また変な声を上げそうになる。しかも、聞こえた言葉の中に、かなり、かなり絡みつく言葉があったような気がするが、とりあえずは聞き流しておこう。


「……どういたしまして」


 反応を見る前に踵を返す。


「お姉ちゃん、顔が真っ赤ですよ?」

「置いてくわよ」

「構いませんよ。ここなら這ってついていけますから」

「ああ、もう。降参、降参よ。お姉ちゃんはやめてちょうだい」


 自分でも頬がゆるんでいるのが分かる。


「そうですね、姉妹は目指すところではありませんし」

「うん?」


 そんな会話を交わしてからしばらく歩いて、私たちはようやく倉庫にたどり着いた。大した距離ではないはずだったがずいぶん長い道のりに思えてしまった。

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