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第27話 駆除・終戦

「また橋の下に飛び降りるしかないか……?」

「中央館の1階から、外に出られる場所がありますから、そこを使われたら追いつかれちゃいます!」


 そうこうしている合間に『獣』が屋外にやってくる。

 そのまま、こちらに向けて突撃してくるのを走って躱す。うまく狙いをつけられないようで、『獣』は橋灯に思い切り身をぶつけた。

もう何度目か分からないくらいの怒号を上げて、『獣』が鼻で周囲を薙ぎ払うと、橋灯が倒されてしまった。『獣』は橋灯の下敷きになって動きを止めてくれたが、すぐに動き出すだろう。


「……手負いでも馬鹿力は相変わらずか」


 こうなったら、一か八か、やはり橋の下へと身を投げるしかあるまい。追ってきたとしても、今の橋灯へのぶつかり方をみるに逃げ切れる目算は低くない。

 その一方で、このあと『獣』が回復してしまった場合、いよいよ私たちだけでは駆除の仕様がなくなるのは確実だろう。もうすでに、こちらの戦い方をかなり覚えられてしまったはずだ。それに、私たちの臭いを追って、サギリにまでやってくる可能性すらある。


「……とにかく、いったん退かないと死ぬわね」

「伶、口調戻ってますよ」


 偲が、私の顔を覗き込んでくる。


「もう、逃げるしかないもの。戦いは終わりよ」

「いいえ、まだ終わってません」

「へ?」

「あの橋灯の明かりの部分です。いけますよね」


 いつの間にか、私の上から降りていた偲は、そういってから私の鞄の中に手を突っ込んだ。取り出された手が握っていたのは、透明な瓶だった。


「――ええ、それくらいなら、容易いものよ」


 私はバチバチと火花を散らしている橋灯にむけて、瓶を投げつけた。瓶は音を立てて割れ、液体が火花の上に降り注ぐ。

 ……点け、点け、点け、点いた!

 火は一気に『獣』に襲い掛かる。根元は青く、先の方は赤々と。二色の炎が『獣』の身体の一部を覆う。そして、かつてないほどの咆哮が園内に響き渡った。

 追い打ちとして、もう一本の酒瓶を投げつける。狙い通り、傷ついた方の肩に向かって火が伸びていき傷口を包み込む。


「最後は、存外あっけないものですね」

「まだ死んでないわよ。このピリピリした気配がなくなるまでは安心できない」


 暫く待ってから、私は銃を持って、のたうちまわる『獣』の頭部に近づいていく。

 銃の扱い方がよく分からないが、さて、どうすればいいのだっけ。


「まずは、ダート……弾を装填してください。ガス圧の調整は、あ、すごい。要りませんね」


 後ろから偲が手を伸ばして、準備を整える。


「ここまでやったら、本当は撃つところまでやるべきですけど、私じゃ外しちゃいますから。お願いします」


 構えて、狙って、引き金を引く。やるべきことはそれだけ、のはずだ。

 私も、銃を上手く使えるわけではないのだが、偲に『獣』を殺させるのは何か気に入らなかった。

 だから、何も言わずに銃を受け取って、鼻の届く距離のぎりぎりまで近づいて、『獣』の顔めがけて、撃った。

 ぷしゅっという間の抜けた音とともに放たれた弾は、たいして速くもなかったけれど、すいこまれるように『獣』の耳の後ろに刺さった。これで毒が『獣』の身体にまわるだろう。

 そのまま、私と偲は、並んで、『獣』が動かなくなるまで、じっとそこで様子をうかがっていた。


「解体したかったのに。本当になくなっちゃうんですね」

「解体って」


 『獣』の気配が消えると同時に、偲はとんでもないことを口にした

「伶にとっても役立つはずですよ?『獣』のどこに弱点があるのか、とか」

「混じってる生き物によって、ぜんぜん身体が違うからあまり意味がないような気がするけど」

「気配みたいなものが共通しているんなら『獣』に共通する部分があるはずです……、ううん、自分で言ってて怪しくなってきましたね。ファンブルに由来するモノなら、そのあたり曖昧でしょうし」


 目の前では、『獣』がじゅうじゅうと音を立てながら溶けて行っている。欄干の隙間から眼下の草木へと、『獣』のなれの果てはどろどろと流れ落ちていく。

 偲は、どこかで拾った木の枝を握って、『獣』の骸や溶けでた液体をつんつんと突いている。


「触らないようにしなさいよ。溶けるから」

「枝には何も起きてませんよ?」

「人だけ、駄目なのよ」


 昔、別の『獣』を始末した後、この液体を持ち帰ろうとしたことがある。そのとき、それを髪にこぼしてしまったのだが、見事に溶かされてしまった。


「死んだあとまで人間に攻撃的なんて、本当に兵器みたいですね」

「でも兵器にしては弱すぎるのよね。大戦期の技術なら、兵士じゃなくても『獣』なんてどうとでも対処できるだろうし」

「そうなんですよ。生物兵器といえば、ふつう細菌兵器ですし、『獣』の戦力は低すぎるんです」


 まあ、考えても仕方のないことだろう。そもそも、武器の割には個体に差がありすぎる。今回の『獣』はゾウが混じっていたせいか積極的に動物園の外には出てこなかったが、『獣』の中には決まった行動範囲を持たず集落を見つけては襲撃するものもいる。

 しかも、私たちを攻撃しようとする前には、『獣』は東区画から積極的に出るそぶりをみせなかった。思い通りに使えないなど、武器としては失格だろう。

 ――うん?


「ねえ、偲。あの『獣』、あのまま放っておいたらサギリを襲ったと思う?」

「――あれ、たしか」


 偲と私が気づいたことは、サギリにいたときから私が今回の仕事に感じていた違和感を取り払う取っ掛かりになるかもしれない。

しばらく考え込む。隣では、偲も首を傾げて目をつむっているので考え事をしているのは一緒らしい。

 ――うん、何とも気に入らない結論が出そうだ。そこで思考を止める。

このままサギリと手を切るというのが最良の手だ。もし、問題に真っ当に取り組むとしても、解決までの道筋が見えない。

 よし、逃げよう。

 とりあえず、『獣』は駆除できなかったと報告して――


「伶、わたし、自分の両親の顔を知らないんです」


 いつのまにか、偲も考えをまとめ終わったのか、話しかけてきた。


「結論まで飛んでいいわよ」

「もう!会話を楽しみましょうよ!」

「いま始めようとしてたの、絶対に楽しい会話じゃないでしょ」

「それはそうですけれど……。サギリの小さい子たちがもうお父さんやお母さんに会えないのは、私、かわいそうだと思います。あ、感情の話なので、損得で説得しないでくださいね」


 今度は、偲の方が話を先取りした。


「偲、あなただって、被害者じみた立ち位置なのよ?」

「私は許しますよ?心が広いので」


 じゃあ、私はこの幼い少女よりも心が狭いということか。


「偲って、自分の好奇心のためにしかそういうこと言いださないものかと思ってたわ」

「好奇心のためですよ?若者は、未知をもたらす資源ですから」

「……うっわぁ」


 声に出てしまった。


「ほら、伶はこんなこと言ったって私のことを受け入れてくれるでしょう?」


 重い。こんなことを言われて、喜んでいる自分を見つけてしまったあたりがとくに。


「じゃあ、『獣』は駆除できたっていえばいいでしょ、解決よ」

「それじゃ駄目だって気付いてますよね、伶」


 まあ、おそらく、先ほど止めた思考を続ければそういう結論に至るのだろうが。サギリの子供たちが両親を失う以上の危険に曝されているという結論に。

 偲がじっと私をみつめてくる。

 深い、深い瞳。


「……もう!分かったわよ!」


 骸を背に偲の手を引く。

子供たちのことはともかく、私が予感し、偲が至った回答は、きっと私にとって気に入らないものなのは確かだ。

 その感情を放っておくこと自体、気に入らないのは確かだ。

 ……仕方ない、やれる範囲でやってやろう。

 顔を上げると、日はすっかり昇りきっていた。

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