第25話 駆除・戦評
「何ですか、これ……」
吹き抜けから、階下の戦い、伶に言わせれば駆除、を眺めた感想がいつの間にか口からもれていました。
伶という女性が、平均的な人間に比べて、闘争に適した身体を有していることは間違いありません。お風呂で抱かれながら確認しました。筋肉の質は良好で、女性らしい駄肉はほとんどついていませんでしたから。
けれども、その適性はあくまで、人間の範囲内です。ファンブルのように、異能に基づく戦闘行為への適性を、伶は有していません。
ところが、薄明りに照らされる階下で動いている二つのヒトガタのうち、小さい方は、大きい方に勝らずとも劣らないくらい、私の理解が追いつかないことをしています。
まず、驚かされたのは、球体とは程遠い果実を、走り回りながら正確に『獣』の頭部めがけて何発も投げつける投擲技術です。決して短い距離ではないですし、的が大きいとはいえ、容易なことではないでしょう。
反応速度も尋常ではありません。普通、人間はあんな風に飛んでくる水を避けられません。もちろん、『獣』が噴き出す水の速度は、銃弾には遠く及ばない程度のものです。ぎりぎり視認できますから。とはいえ、投擲を繰り返しながら、水鉄砲を避けるなんて訳が分かりません。
挙句、棒状の何か――見間違いだと信じたいですけど、たぶん簪でした――を投げつけるなんてもうめちゃくちゃです。簪を近接武器にする古武術も、針を投擲武器にする文化もありましたが、それは数世紀前、闘争が日常になっていたような時代や地域の技術です。
ざっと挙げてみましたが、伶がやっていることは、決して人間にできないことではありません。私たちファンブルが実現してしまうような、人類には出来ない、出来てはならない挙動を、彼女は見せていません。私が目視できる範囲でなら、人体の構造を無視することも、反応速度の限界を超えることもしていません。
伶と同等の挙動ができるような人間を知識の中から探しましたが、武の極地に至った格闘家だとか、戦時下に現れた超人的な兵士だとか、そのあたりが見つかります。あくまで伝聞とか、文献ですけれど。
人間の極北ではあるけれど、人外の領域には踏み込んでいない者たち。
伶が先生と呼ぶ人と、どのような日々をかつて過ごしたのかは分かりません。
伶が駆除屋として、どれだけの『獣』と相対してきたのかは分かりません。
ファンブルと戦ったこともあるのかもしれませんが、やはり分かりません。
分かるわけが、ありません。私が知識としてだけ知っている世界と、伶が生きてきたであろう世界は全く異なっているのですから。そして、後者の世界で生き続けた果てに伶が到達したのが階下で彼女が見せている挙動なのでしょう。
伶は、私の知っている『ヒト』とは違うかもしれないと、出逢った時から考えていましたが、確信しました。あの人は、私の知っている『人間』を間違いなく押し広げてくれるでしょう。
私、伶が大好きです。伶という未知をもっと知りたい。
知りたくてたまらない。
「偲っ!」
伶が荒っぽく合図してきたので、思い切りよくロープに刃物を叩きつけます。
ロープがしゅるしゅると階下に消えて行ったかと思うと、『獣』の悲鳴が上がります。
「今ので、決められてるといいんですけれど……」
『獣』が発しているらしき、気持ち悪い空気が弱まることはありませんでした。




