第22話 採取、勝負どころ、メイタンテイ
空気が張りつめる感覚が西区画にやってきたのは、採取できる限りの果実を鞄に詰めた直後だった。
「……私にも分かるようになってきました。すごく気持ち悪い感じです」
「慣れないで済むんなら慣れない方がいいんだけれどね」
まず、危機感が薄れるのが問題だ。今まであった同業者たちの話だと、どうも駆除屋は、何回か仕事を成功させた後に死ぬか、身体を壊すような怪我を負う事が多いらしい。
それに、偲が私みたいに疎まれるようになってしまうのもまずい。
あとは、そう。偲が、汚れてしまうような気がして。それが、とてもとても嫌だった。
「――偲、中央区画まで向かうわよ」
「ここでは無理でしょうか」
「ええ、ここじゃあ遮蔽物がないもの。かといって東じゃあ水を補給されかねないから、中央でやりあうわ。廃墟なら慣れてるし」
「分かりました。となると、橋の上を通って戻るんですか」
「ええ、橋へ向かうわよ」
そういって、私は偲の手を引っ張る。
見上げる巨体とまではいかないまでも、あの『獣』の大きさでは檻の間を通り抜けたりすることはできない。だから、アレが通れるところは、それなりの大きさをもった道に限られる。さらに、瓦礫が転がっているようなところ――転んだり、足の裏に何かが刺さったりしかねないようなところ――を通るのも避けると考えれば、自然と橋を降りた『獣』がこちらに向かってくる道は絞られた。
だから、橋からここに来るまでの間、昨日採った分の果実をいくつかの場所で足元やら檻やら木やらに叩きつけてきたのだ。これで、相手の動きはだいたい予想がつくようになる。
唯一の懸念は、待ち伏せされることだったが、『獣』の気配はどんどん近づいてくる。嬉しいことに計画通り、大きく迂回してくれているようだ。
「なるほど、だから昨日下見に来ていたんですね」
「それもあるけれど、今回は偲のおかげでかなり正確に地形を押さえられたからね」
「その報酬というわけではありませんが、走るのは無理なので、お願いします」
偲が背負うようにねだってくる。
……ここからが、勝負どころだ。中央区画に早く着けばつくほど、準備の時間ができる。
「灯りは頼むわよ」
「任せてください」
偲を背負ってから、私は走り出した。
偲の身体は、軽い。道具や飲食物を詰め込んでいるとはいえ、肩から掛けている鞄と、そう変わらないくらいの重さだ。
「重くないですか」
「ぜんぜん。もっと重くなった方がいいわよ」
「伶と同じくらい食べているはずなんですけれどねえ、頭の使いすぎでしょうか」
偲がわざとらしく嘆息する。遠まわしに、馬鹿にされている気がしてならない。
「頭の使いすぎなのは間違いないわね。もっと身体を動かしなさい。あと同じ手は通じないわよ。何かしたいの?」
風呂で使ったのと同じ手を使おうとしている気がする。自分のか弱さをわざわざ説明してから要求する手だ。
「……新しい手を開拓する必要がありますね。ええ、大丈夫です。やってみせます。――まあ、それはそれとして。伶、中央で戦う使う理由、私のためですよね」
「……メイタンテイみたい、でいいんだっけ」
私が昨日言われた言葉をそのまま返してみる。
「合ってますよ。それで、私のために苦心してくれたんですか?」
「別に、中央だったら隠れる場所も多いだろうってだけよ。私と『獣』がやりあうときに、側にいられても足手まといだもの」
「いやあ、いささか旧い人物類型に沿うものですけれど、芸術のようにすら感じられますね」
偲が何とも表現し難い声を上げる。呆れているようだが、どこか喜色が含まれている印象を受けるので、悪い意味ではないのだろう。
「まあ、私じゃあ確かに足手まといですからね。隠れている必要があるという点は、伶の言うとおりです」
「いい、絶対に出てきちゃだめよ。絶対よ」
「大丈夫です。伶が危なくなって、私がそれを救える状況以外では動きません」
縛り付けておこうか、真剣に思案する。私に何かあればどうしようもなくなるので、あまり取りたくはない手だが、この少女を止めるには物理的に拘束するしかないかもしれない。
「伶、痛いです。嘘です、嘘ですから!」
どうやら背中の偲を支える手に力が入っていたらしい。
「じゃあ、変なこと言わないの。最低限、お願いできることはお願いするから。それに、前に出るのは私の役目なんだから、任せなさいって」
「むぅ……。まあいいでしょう、伶が私を使ってくれている間はそうしてあげます」
「その、ツカウって何よ」
「その通りの意味ですよ。伶に使われていると私は嬉しいです」
「頼るとかじゃなくて?」
「頼っているのは私の方ですから。伶が私を求めるときは、理由がはっきりしているじゃないですか。入力された問いに、知っていることを、分かりきったことを返す。そんなことをただ無意味に繰り返し続けるのに比べて、ええと、何というか充実しています」
「……前にいたところだっけ、施設?」
「ええ、どこにあったのかも分からないですけれどね。そこから、また別のどこかに運ばれていたときに、『獣』に襲われて、偲は伶に出逢ってしまったのでした」
「ふうん」
「む、そんなに私の過去には興味ないですか」
「私が興味あるのは今の偲よ」
「何度も背負い直さなくてもいいですよ。そう言ってくれる間はずうっと伶のところにいますから」
本当に、見透かしたようなことをいうんだから。これ以上はぼろが出そうなので、足を速めた。




