第14話 灯台ビル、脱衣所、彫刻
サギリの集落の入り口では、圭が待ち構えていた。さすがに夜を徹して待っていたわけではないようで、四輪を寝床にしていた。
気持ちよさそうに寝ているところ悪いが、起きてもらうとしよう。ただ、偲を背負ったまま、彼を起こす方法がないので、一秒もの長考を経て、私は思いっきり四輪を蹴飛ばすことにした
「……ああ、お疲れ様です、伶さん。ずいぶんとやつれていますね。偵察の結果はどうでした?」
「上々よ。報告はあとでするから、風呂を使わせて」
「水ではダメですか?……あ、どうぞ。ええ、お疲れでしょうから。あとこれ、地形の調査結果です」
私の顔色を確認した圭は、快く風呂を使うことを許可してくれた。きっと私の目つきやら何やらは、ずいぶんとひどいことになっていることだろう。風呂を使わせないと容赦しないというような目つきになっていたとしても、おかしくはない。
地形の調査結果の方にさっと目を通したが、新しい情報はなかったので、圭には悪いがさっさと休む事に決めた。偲が優秀すぎるのだ。
せめて先ほどの軋轢を和らげておこうと、私はサギリを褒めておくことにしようと、圭に話しかける。
「サギリのいいところはちゃんとした風呂が使えることよね」
「ここで暮らしていると、それほどありがたみもないですが」
「旧暦のころの風呂が使える施設なんて、ここら一帯でサギリくらいのものよ?うちのビルでも、足を伸ばせるような風呂なんて使えないんだから」
「大戦後に人が集まった理由の一因ではあるでしょうけれど、そんなにいいものですか?」
「持たざる者の気持ちは分からないでしょうよ」
あれ?サギリを褒めるつもりが、僻みになってしまっている。
サギリの中には、かつて宿泊用に使われていた区画が残っている。中には、機械化されている施設がいくつかあり、それらの施設を世話していた人々がいなくなった後も、機能が残されているのだ。
圭をはじめとする集落の住民たちはそれら生き残った施設の恩恵に与っている。寝具がやけに充実していたのも同様の理由だ。
「私たちからすれば、機能しているビル一棟まるまる占拠しているあなたの方がよっぽど豊かなように思えますが」
「同じ話を何度も繰り返す気はないわよ。灯台ビルは対価だってば」
「伶、灯台ってどういうことなんですか。今まで気にしてませんでしたけれど、ちょっと不思議です」
耳のすぐ横で、幼くて愛らしい声がする。
「ごめん、偲。起こした?」
「いえ、私の方こそ、おぶわれっぱなしでごめんなさい」
「謝るくらいなら最初に動物園に現れたことからにしなさい……。で、灯台っていうのは、あのビルの役割。あのビルって夜も灯りをつけっぱなしにしてるでしょ?あれって、放浪してる人たちの目印になってるのよ。あとは、昔は、『獣』を引きつけたりしてたわね」
「『獣』をですか?」
「そう、昔はビルとサギリの間にも『獣』がいたんだけど、そいつらを呼び寄せては駆除することを繰り返していた時期があったのよ。あのビルは、そいつらをだいたい始末したあと、仕事の報酬としてもらったの」
「脅しをかけたようなものでしょう。『獣』どもを勝手に退治してから、いきなり集落にやってきて、駆除屋をはじめるからビルをよこせなんていうのは」
「別に圭たちに害はないんだからいいじゃない」
「サギリの人たちに伶が嫌われてるのって……」
「仕事で『獣』に関わってることだけじゃなくて、あのときのことも多少はあるかもしれないわね。うん、多少は」
この話題を展開させていくと偲に何を思われるか知れたものじゃない。もう遅いような気もするが話題を切り替えよう。
「圭、風呂はそろそろだっけ」
「ちょうど着いたところです、ほら」
地下4階に下りて少し歩いたところが、サギリの浴場だ。
「じゃあ借りるわよ」
「あまり長風呂はしないでくださいね。一日当たりに使える水の量にも、上限があるんですから」
「分かってるって」
圭を尻目に、私は偲を背負ったまま、歩いていく。集落中央の吹き抜けの方とは逆方向だが、風呂のある方向は明るい。
「私、お風呂って入ったことないです」
「本当?病み付きになるわよ」
どうやら、偲は未知への期待ですっかり目を覚ましてしまったらしい。その声には先ほどまでの声に感じられた、眠たげな調子は感じられない。進んでいくとある扉枠、というよりは扉枠の跡を境に床の色が変わった。
その境界の先にあるのは、かつては脱衣所だったのであろう部屋だ。
茶色の床は、土足で踏むのは申し訳ないくらいには清潔に保たれていた。人が少なくなっても、この手の共有区画は清潔に保てているあたり、サギリは弱い共同体ではないのだろう。
「偲、ここで靴を脱いで」
「はいっ!」
大半を私に背負われていたとはいえ、夜を徹して外出していたとは思えないくらい、元気がいい返事だ。
靴を脱ぐついでに、靴下まで脱いで、裸足を床に落とす。
この一歩目の、床が肌に吸い付く感覚が気持ちいい。ざらりとぺたりの中間くらい。脱いだ靴を持って、冷たい床を明るい方向へと歩いていく。
偲は、一歩一歩、足の裏をしっかりと床に押し付けながらゆっくりと着いてきている。
「新鮮?」
「ええ!建造当初は擬石製の床ってことになってますけど、ぜんぜん劣化してませんから何かやってますね……!」
「後で教えてあげるわ。服はこっちに」
部屋の隅に積み上げられたタオルと籠の一式をとる。服を入れやすいように、腰くらいの高さの棚の上に籠を置いた。
「お願いできますか」
偲は元気よく、地面に平行になるように腕を上げて私を待ち構えている。
「はいはい、そういえば私がやらなきゃね」
偲は独りで衣服を着脱することができない。理由は簡単で、上半身に何かを着ようとすればその場で足を滑らして強かに腰を打ち付け、下半身から何かを脱ごうとすればバランスを崩して床に飛び込むためだ。
しっかりとした足場の上で時間をかければ独りで着替えられないこともないのだが、途中で何度も芋虫のようになったあげく、最終的に息を切らす羽目になることが多い。
だから、こんなふうに、私は偲が衣服を脱ぎ着するのを手伝わされているのだ。私の身体を掴んで、支えにできるように気づかいながら、偲の服を脱がしていく。
濁った緑色の上着のフードの位置を正して、黒いボタンを外すと、その下の肌着が露わになる。そのまま片腕ずつ順番に引き抜かせて上着を脱がすと、偲の華奢な体躯が空気に触れた。
「思ったより冷えますね」
「お湯はすぐそこなんだし、我慢して」
偲の腕を出来る限り上げさせて肌着をまくり上げていく。髪がひっかからないよう、偲があごを引いたのを確認してから髪を押さえて、するりとシャツを脱がせ……損ねた。
「あ、ごめん。すっかり忘れてた」
「もう、せっかくのおしゃれなのに」
動物園で拾った髪留めが音を立てて石の床をころがっていく。脱がせる直前で変な引っ掛かり方をしたらしい。フクロウを模った装飾がかなり細かいのでその部分だろう。
私から髪留めを受け取るや否や、偲はすぐに髪留めをぐるぐると手の中で回し出す。なめまわすように確認してから深い安堵の息をついた。
「伶は、服とか装飾品とかに鈍感すぎませんか?」
「まあ、事実ね。着飾り方なんて知らないもの」
「今度服を拾ってきてる地下街に連れて行ってください。私が伶を素敵にします。今でも十分素敵ですけど」
「ええ、ええ。はい、はい。よろしくお願いします」
適当に相槌を打ちながら、今度こそ肌着を脱がす。陶磁器のような白い肌は、外を歩き回ったせいか、いつもより心なしか瑞々しさを失っている。
肌着を上着同様に、籠の中に放り込んでから、下半分に取りかかった。
「ほら」
偲が半ば抱きつくように寄りかかってきたことを確認してから、上着と同じ、濁った緑色をしているズボンをずり下げる。
偲は、右から左の順番で足を上げて、脚を抜いていった。そのとき、片足立ちになるたびに、肩を握らせるくらいでは転んでいただろうというほど大きく、偲の身体が揺らぐ。
「はい、下も終わり」
「ありがとうございます」
偲は、下着だけは自分で脱ぎたがる。羞恥心の強い方ではないのは違いない偲でも、さすがに人に下着を脱がされるのは恥ずかしいらしい。
細い指を白い布にかけ、そろそろと下げていく。まだ寸胴体型なので、まったく色気がない。魅入りそうになるくらい、様になっているのは間違いないのだが、彫刻とかオブジェとかに近いような魅力だと思う。
予想通りではあるのだが、下着から片足を抜こうとするところで、バランスを崩したので、さっと腕を差し出して受け止める。
「伶がじろじろ見てたせいです。……助けてください」
見ると、変な風に足をひっかけて脱ぎ損なっている。今日も駄目だったか。
「別に、下着くらいいいじゃない。女同士なんだし」
「いつも伶に頼りっきりというわけにはいかないですから、下着だけでも。せめて、下着くらいは」
引っ掛かった足を下着から外して、そのまま脱がす。
「それは今後の成果が今から楽しみね。じゃ、入りましょうか」
偲にかけた時間の半分にも満たない時間でさっさと自分の服を脱いで、私は浴場へと踏み込んだ。




