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帰宅部へようこそ!  作者: 神堂 劾
2/2

いってきます。

 きーんこーんかーんこーん、と下校を促すチャイムが鳴り響く。

 うんにゃ、少し訂正しといた方がいいかもだ。

「……あいっかわらず耳障りなチャイムだなぁ」

『きーんこーんかーんこーん』なんて軽やかな音じゃない。なんていうかそれは……元の音を音量やテンポや高低やら、いじくれるツマミを全部デタラメにいじくったような……。

 ああ、ちょっと前に父さんに昔の曲をカセットテープで聞かせてもらったことがあったけど、アレの中に似たように聞き苦しいものがあったな。

 父さんはいつもの難しい顔をしながら「テープが伸び切ってるな」とか言ってた。どうやらそういうものらしい。

 つまりは『伸び切ったカセットテープみたいな音』っていうのが妥当な表現って事になるのかもしれない。

「どーにかならんもんかね、コレ」

「慣れろ、ゆーま」

 それまで部室の片隅にあるテレビでゲームに勤しんでいた芝森しばもり 海音かいね――通称しばもーが座椅子にそっくり返り、のけぞるようにしつつ俺に言った。

「つか慣れろ。いーかげん慣れろ。ともかく慣れもむもむ」

 最後の異音は口に放り込んだひとくちドーナツを咀嚼する音。

「食うか喋るかどっちかにしろよ」

「……もむもむもむもむ」

「おっと食うほう一択」

 部室の床にチョク置きした座椅子の上でスカートのままあぐらをかき、ゲームのパッドを手にしたまま一心不乱にひとくちドーナツを咀嚼するしばもー。

 俺なんかが描写すると、ひどく無作法でひどくだらしない系女子に思えてしまうかもしれないが、意外にそうでもない。

 いや『無作法』や『だらしない』を否定してやる理由はいっこもないのだが――

「……いじめだ」

 咀嚼を終えるやいなや、しばもーがあらん限りのジト目で俺を睨んだ。

「なんでだよ」

「いま、ゆーまが芝森に対し、脳内でひどく失礼なキャラクター描写をした」

「あっさりと俺の脳内を見透かすな」

「……否定しなかった。やはりいじめか」

「違うとは言わんが、とりあえずいじめではない」

「では何だ」

「せいぜい、いじめ風味くらいだ」

「そうか。風味か。ならばよし」

 いいのかよ。

 納得した風にうむうむ頷き、もう一個ひとくちドーナツを口に咥え、ゲームをコンティニューした。どうやらゲームオーバーのついでに絡んできただけらしい。

 背中をとびきり猫ぎみに丸めつつ、ドーナツをもむもむしながら、小難しい顔で一心不乱に画面内の自機を操作する。

 うん。可愛い。女子的にはどうかと思うが小動物的には可愛い範疇と思える。

 俺個人の感想としても、女子として好もしいかはこの付き合いの長さをもってもいまいち判断付き兼ねるが、ハムスターとかそれ系の小動物ジャンルとしては十分に好もしいと言って差し支えない。

 今もほら、パッドのキーをカチャカチャやってる手つき。

 どう贔屓目に見ても小振りなしばもーの手の尺に合っていないデカめのパッドを必死で操作している感じなんかは、ハムスターが必死こいて回し車の中で走り回るのに似ている――

「……なんだかまた誰かの脳内で勝手にDISられてる予感がする」

 ……わりと勘もいい。

「さて、と」

 しばもーにまた絡まれる前に、軽く弾みをつけて椅子から立ち上がり、読んでたマンガを本棚に戻す。

「あれ? 帰んの、優真」

 本棚に近いほうのソファーで寝そべりながら、俺と同じくマンガ読書に勤しんでいた凛――堀沿ほりぞえ りんが起き上がる。

「ん、まぁな」

「ふーん……。あ! んじゃさ、ついでにあたしんちに寄って別のマンガ持ってきてくんない?」

「ざけんな。俺一人でお前んち上がれるわけねーだろ」

「だいじょーぶだってぇ。小学生ん時まではフリーパスだったじゃない」

「残念ながらそのパスは有効期限が切れてる。小学生卒業と共に」

「うぇー。けちー! けちくさいぞ、国枝優真くにえだ ゆうまぁー!」

「こないだみたく、お前もついてきておばさんと話してくれんならいいけど」

「やだー! 超めんどくさいもぉーん!」

 再びごろりとソファに寝転がる凛。

 こいつに関してはしばもーより付き合いが長い分、忌憚なく言ってやろう。女子として、そして小動物としてもあまり好もしくない。

 高校生にして140無いしばもーと違って普通にでけぇし。高校生女子の平均として普通のサイズであり、普通にでけぇし。

「……ぞえ」

 再びしばもーが俺――というか凛のほうを向く。

 あ、『ぞえ』ってのは凛の呼び名ね。しばもーは親しい親しくないに関わらず、基本的に他人を自分なりの呼び方で呼ぶ癖がある。

 俺への『ゆーま』はまんまに思えるかもしれないが、ニュアンスに独特さがある。音的には『優真』より『UMA』に近いかもしれない。昔、軽めに抗議した覚えもあるが直った試しがないのでもうダメだと思ってる。

「なに? しばもー」

「……ゆーまが脳内でぞえをDISってる気がする」

「なにー!」

 疑う余地さえなく飛び起き、俺を睨む凛。

「な、なにをばかな」

「……なんか、でけぇし、とか言ってた気がする」

「なんでそこまで的確に人の考えを読むかな!?」

 あ、みなさん違いますよ。実はしばもーが本当に何らかの超能力的なアレを持ってる的な設定じゃないすよ。これってそういう系の物語とかじゃないすから。

「ゆ、優真ぁ~!」

「お、落ち着け、凛」

 あ。この流れダメだ。流れ的に一発ドツいてもいい的空気だ。こいつってツッコミという名のもとなら漫画本のカドで殴るまではアリとか考えてるフシがあるいきものだもの。

「ま、また……アンタはそーゆーエッチな事ばっかり!」

 ……ん?

「だ、だいたいっ! 普通! 普通ですー! そんなに大きくありませーんっ!」

 おっとー……? 比較的斬新なリアクションー……?

「いや。ちょっと待て、凛」

「な、なによ」

 顔をちょっと赤らめ、胸元をかばうようにしてみたりー……?

 んー……どうしよどうしよ。どー言ったらこの子をそんなに刺激せずに言ってやれるかなぁー……?

「いいか、凛。落ち着いて聞くんだ」

「な、なに?」

「とりあえず、しばもーが俺の考えを的確に読んだとしよう」

「うんうん」

「でかい、というのは、背の、身長の、体格の、話しだ」

「…………!」

 さっきまでとは違った意味で顔を赤くする凛。

「しばもー的にも、そのニュアンスでおっけー?」

 念のため、この状況の発端にも直接の確認。

「おっけー」

 発端、即答。

「だからな、凛。そのサイズの件じゃない。間違っても、お前の胸の――」

 めごす。

 言い終わる前に、俺の顔面、正中線に添ってマンガの背表紙がめり込んだ。

「ししししし知ってましたしー!? 身長のハナシだって、知ってて言ってましたけどぉー!?」

「……ソウデスネ」

「だだだだ大体、身長だってフツーですけどぉー!? 別にでかくなんかないですけどぉー!?」

「……デスヨネ」

 とりあえず俺としてはこの顔面にめり込んだ単行本を除去するのが急務だった。

「どっちにしたって、女子に言う事としちゃ、失礼でしょーが、優真!」

「……最初にそれ言ったの、しばもーだぞ」

「ぎくり」

 そういやそうだった。読まれて当然だ、ついさっき凛がトイレ行ってる隙にしばもー自身がもちかけた話題だったし。

「……チクりだ。密告だ。やはりこれは深刻ないじめだ」

「なんとでも言え。信賞必罰、受けるがいい」

――が。

「しばもーはいいのー!」

「ぎゅむ」

 俺への殺意に満ちた反応とは一転、しばもーを(座椅子ごと)ぎゅむーっと抱きしめる、凛。

「しばもーは可愛いからいいのっ! だいたい、しばもーからしたら確かにあたしの方がでっかいし! ねー、しばもー?」

「ぎゅむー」

 出たよしばもー原理主義。相変わらず凛のヤツはしばもーに甘い――

「くんかくんか……。んはぁー! しばもーの頭のてっぺんのにおいー!」

 ……甘い、とはちょっと違う次元かもしれないが。

「……ドーナツ……口から出る……あと……やっと……ボス……クリアしたのに……」

 とりあえず結果的に信賞必罰にはなっているようなので放っておく。

「あれ? 優真……帰るの?」

 カバンを手にしたところで、席を外していた越仲――越仲こしなか 忠文ただふみが部室に戻ってきた。

「ん? ああ……今日って何日だっけ? 見たいテレビがあるかもしれないからさ」

「ははっ、いいね、それ」

 俺の冗談に越仲はさも可笑しそうに笑った。

「9月10日。見れるといいね、『今夜』は」

「ああ、『今夜』こそはな」

 さほど面白くもない――っていうか言い飽きたくらいの冗談ではあったけど、俺も少し笑った。

「あ……じゃあ僕も一緒に行くよ。買い出しとかしなきゃいけないし」

「……もう、そんなか?」

「まだ余裕はあるけど、一応かな」

「そっか」

 越仲は『共有財産』とでかでか汚い字(凛のだ)が書かれた箱から財布を取り出し、俺の後に続いて部室を出る。

「コシナカー、ひとくちドーナツー」

「あたし浜中屋のいちご大福ぅー!」

 すかさず投げつけられる女子二人からのリクエスト。

「お前ら……ちったぁ遠慮しろって。特に凛!」

「なによー」

「しばもーと違ってお前は太――」

 めごぐちゃごろ。

 投げつけられたマンガが再び俺の正中線を居抜き、勢いで廊下の反対側まで転がった。

 がたんっ。

 部室の扉にかけられた『コミュニケーション研究会』と汚い字(凛のだ)が書いてあるカマボコ板が外れて転がった。


     ※    ※    ※


「いてて……」

 いつもの商店街に差し掛かったとこで、鼻につめてたティッシュを抜いた。ようやく止まったよ、鼻血。

「大丈夫かい? 優真」

「あいつ、本当に加減ってモンを知らん」

「そんなことないよ。堀沿さん、ふざけてるだけだし」

「……お前、この状況を目の当たりにしてよくそんなことを言えるな」

 俺は自分の顔面を縦断するように付けられたまっすぐなアザを指差しながら言うが。

「僕はちょっとうらやましいよ。堀沿さん、未だに僕にあんまり打ち解けてくれてないような所があるし」

 越仲は少し困ったように笑う。

「言わんとすることは分からなくもないが……」

 確かに凛は越仲に対してたまに距離のようなものを見せることがある。どっちかって言えば、あのコミュニケーション不全の塊のようなしばもーの方が素直に懐いてるようなフシさえ見えたりもする――

 ……ん? 携帯にメール着信。

『またDISってる気がする。     芝森』

「この展開、さすがにもういいわ!」

 あ、しつこいようですけど本当にエスパーとかじゃないすからね、あの子。

 ええと、なんだ。

 凛と越仲……しかしそれは打ち解ける打ち解けないじゃなく、キャラの相性的なモンじゃないかなぁ、と。

 凛は俺と同レベルか、ともすると半馬身くらいレベル上の生粋の馬鹿だ――

 ……また携帯にメール。

『しばもーがまたあたしのことDISってるって言ってるんだけど!?     凛』

「いや本当にもういいぜ!?」

 ええと……だから、だ。

 俺や凛のような馬鹿キャラは、これまでの人生においても、だいたいどっこいどっこいの馬鹿な友達同士で思う様、馬鹿をやってきた。

 その人生経験からすると、越仲はちょっと異質なキャラになるんだろうと言うのは――俺も馬鹿なので――わかる。

 なにせ成績は優秀、スポーツも卒なくこなす。おまけに見た目も二枚目の範疇だし、加えて家も金持ちと来てる。

 ……なんだこのチートキャラ。学生が主人公のRPGで「ちょっとこの要素にパラメーター多めに振っておきたいな」とか思う部分が、そもそも全部最初から全部埋まってる感じ。

 実際俺だって、越仲のほうから声でもかけられなかったら、そうそうすぐに友人としての距離を詰められたかどうかは疑問だって思うもんなぁ――

「ん」

 ふと見ると、越仲がニコニコしながら俺のほうを見てた。

「ん? ああ、今のはしばもーと凛からの……」

「あ、ううん。また優真、面白そうなことを考えてる顔してるなぁって」

「お、俺?」

 面白そう……かもしれんが、まさか当の越仲の事を考えてたってのも言いづらい。

「うーん、やっぱり優真のそういう所がみんなを惹き付けるのかなぁ」

「惹きつけ……てるかなぁ」

「うん、なんて言うかな……予感みたいなのを感じさせるんだよ、優真は」

「予感?」

「何かを起こしてくれそうな……?」

「疑問形で言われてもねぇ」

「ははっ、ごめんごめん。僕も言ってみてからあんまり上手く言えないことに気づいたよ」

 うーん、爽やかだ。どっちかって言えば、人を惹き付ける素質は越仲のほうにこそあると思うんだがなぁ。

「でもな、越仲。さっきのハナシ……言わんとすることはわかるが、こういう打ち解け方はしない方がいいと思うぞ」

 俺は再び自分の顔面に刻まれたアザを指して言う。

「うーん、そうだねぇ。僕じゃ優真みたいに面白いリアクションとかできなさそうだしね」

「いや……そういうことじゃなく」

 そして別に面白いリアクションをしてた覚えはいっこもないんだが。

「それにしても……変わらないねぇ、相変わらず」

 商店街を軽く見回し、大げさにため息をついてみせる。

「そうかな? そんなことはないよ。ほら……あそこの八百屋のおばさんは昨日と少しだけ服装が違うし、おじさんのほうは昨日と違って居眠りしてない」

「そういう細かい差異はあるんだよ、もちろん。でもな……」

「そうだね」

 越仲はニコニコしながら続ける。あ、これ……分かってて言ってるやつだ。

「特売の金額は一緒だし、駐車してる車も一緒。おまけに電気屋のテレビから流れるニュースも判で押したようにいつも一緒」

 越仲がなんだか楽しそうに笑む。

「……もしかして俺、イジられてる?」

「ふふっ、優真を見習って、冗談を勉強してるんだよ」

 越仲は少し照れくさそうに笑ってから……。

「世はすべて事も無し……っていうのを言いたいんだよね、優真は」

 そんなふうに続けてみせた。

「……ま、そういう事かなぁ」

「代わり映えのない毎日……っていうところかな?」

 越仲の言葉はちょっと違うと思ったが、俺はあえて曖昧に濁した。


 変わり映えのない毎日――じゃないんだよ、な……。


      ※    ※    ※


「じゃあ、僕は買い物して部室に戻るよ」

 商店街の終わりで俺は越仲と別れた。

 よく考えたら道すがら一緒に買い物してけば手間が省けたかもしれなかったんだが……。

「……お見送りしてもらったんかね、俺は」

 軽く苦笑しつつ、再びいま歩いてきた商店街を戻っていく越仲の背中と別れた。


 商店街から少し歩けば見慣れた通学路だ。今の高校も、通っていた小学校中学校もわりと近くに固まっているせいで、ルートがだいたいかぶってる。まさに見慣れた感じ。

「変わり映えしない、か」

 さっきの間違い、やっぱりその場で訂正してやるべきだったかなぁ、と今更感じた。越仲ってそういう素の勘違い、後でやたら気にするタイプだしなぁ。

「……まぁ、いいか」

 どっちみち、またすぐ会うことになるわけだし。

「ただいま」「おかえり」の間、ほんの僅かな時間の別れだ。

 ほら、そんなことを考えてるうちに、もう俺の家が見えてきてる。

 ……まーたカレーだよ、ホント好きだよねぇ。

 っと、どうしようかな……凛の家に寄って、やっぱりマンガ持ってきてやるべきか……。

「……やっぱいいか」

 あのおばさん、結構な過保護だから凛が帰ってこないことに対して、根掘り葉掘り聞かれることになるだろうし……。

 ココまでの道行きに、なんか気の利いた理由付けでも考えてれば良かったけど。

「ま、しゃーないな」

 ストレートに自分ちの玄関をくぐり、玄関前に立つ。

――今日はカレー! 朝に妹の優美がはしゃいでた。

 そんな光景をどこかで懐かしく、ひどく遠くにも感じてしまう。

 今年、ようやく小学校に入学した、歳の離れた妹は我が家のカレーの意味を理解してない。だからあんなに無邪気にはしゃぐことができる。

(いや……まぁ、いいって、それは……)

 頭を振って、いまやどうでもいいことを頭から払う。少なくとも今は、俺はそれでも今は帰りたいって思ってるはずだ。

 たぶん……。

「……………………」

 ドアノブに手をかける。そして――

「ただいま――」


      ※    ※    ※


「おかえりー」

 ゲーム画面に向かったままの、しばもーの無気力な声。

 目に入るのは……見慣れた部室の光景。

 テレビにゲーム機、マンガ本が8割を占める本棚、凛がどこからか拾ってきたでかいソファ、越仲のノートパソコン、俺が持ち込んだバットとグローブ、窓際に並べられた越仲の育てるミニ観葉植物――

 さっきまではドアノブを握っていたはずの俺の手は、いつの間にか部室の引き戸にかけられている。

「ど……どうだった、優真!」

 凛が少しマジメな顔で問いかけてきた。

「ん? マンガか? ごめん、また今度――」

「違うわよ、ばかっ!」

 わりと本気めで怒られた。

 気のないフリしながら……なんだかんだでちょっと期待してたんだな、こいつも。

 もしかしたら今回こそは――って。

「……ゆーまがここに戻ったことでお察し」

「そ……そうよね。それは……そうよね……」

 しばもーにあっさり言われて、がくっと肩を落とした。

「優真……」

 越仲が買い物の整理の手を止め、少し慮ったような顔で俺を見た。

「ああ、いいっていいって。ヘコんじゃないって。ま……無駄と分かってても、定期的に試してみないといけないしなぁ」

 正直を言えば強がりだった。だけど、ヘコんでないって言うのも別に嘘じゃない。

 そりゃあ最初のうちはショックもあったが……こう何度も何度も『家に帰ろうとしても帰れない』事を繰り返せば、嫌でも多少は慣れる。

「それにしても」

 定位置の椅子に腰掛けてカバンを置く。

「ある意味、文字通りの部活になったモンだよなぁ……まさに、き――」

「コミュニケーション研究会っ!」

 俺の言葉を食い気味に訂正してくる凛。

「……そりゃお前が勝手に名乗ってるだけだろ。実際はせいぜいフリガナ扱いだ」

「いいのよっ! 別に誰も文句とか言ってこないんだしっ!」

「川原に目の敵にされてんじゃん」

「あれは……。でもほら! 牧野先輩なんかは入部したいって言ってくれてるじゃない! あれでプラマイゼロ!」

「なってねぇし。というか美晴先輩は入部しねぇし」

 何を好き好んで剣道部のエース、県大会優勝者が卒業間際とはいえ、こんな益体のない集団に入って来るもんか。生徒会長の川原じゃなくたってそんな暴挙、全力で止めるわ。

「ちゃんと顧問もいるしー!」

「光ちゃんは面白がってるだけだ。正式な許可なんて出るはずもねぇし」

 光ちゃん――沢渡さわたり ひかり先生は「いーんじゃない?」とか言ったらしく、凛はそれを言質取ったと考えてるらしいが――

 凛とそこまでやり取りしたところで、越仲が例のニコニコフェイスで俺たちを生暖かく見守っているのに気づいた。

「……何だよ」「……何よ」

 ハモった。

「いや……」

 越仲がこらえきれずに吹き出した。

「……好きだな、そのやり取り。飽きもせず」

 気づけば越仲だけじゃなく、しばもーも(ゲームをポーズして)俺たちを見てた。

「いや、でも芝森さん……けっこう久しぶりに見られたよ」

「そうな、コシナカ。芝森もてっきりもう飽きたと思ってた」

 ……言われるのも無理はないが。

 俺と凛はこんなアリエナイ状況に放り込まれる前から似たようなやり取りを繰り返してきていたからなぁ。

 き――もとい、コミュニケーション研究会のこと、俺たちを目の敵にする同級生の生徒会長のこと、どういう理由か俺たちを気に入ってる様子の先輩のこと、いーかげんを絵に描いたような担任教師のこと……。

 いまや、なんだか懐かしくさえある世界のハナシだ。

(いまや俺たち、それどころのハナシじゃないんだけどなぁ……)

 俺はもう一度ため息をついてから……嫌なきしみ方をする椅子の背に体を預けた。


     ※    ※    ※


 そして――


 そしてまた、越仲が言うところの『代わり映えのない毎日』が始まり、終わりに近づく。

 朝に朝礼を終え、HRが始まり、午前の授業を終えて昼飯を食べて午後の授業……。


 そして。


「……………………」

 放課後、結局またこうして部室の扉の前に立っている。

 他に行くあてもない。家に帰ろうとしたって、玄関をくぐればすぐさまここに戻ってきてしまうんだ。

 これだけの事だって、十分にトンデモないことだろうって思う。

 しかし――

「あれ? 優真……入らないの? 部室」

「越仲……」

 同じく部室の前に現れた越仲は、相変わらず時間通りだ。

 俺は毎日気まぐれにぶらついたりもするが、越仲は毎日きっちり同じ時間。だからこうして鉢合わせすることは実のところそうそう無い。

「越仲、今日って何日だっけ?」

「ははっ、また?」

 よほどツボなのか、越仲はまさに飽きもせず、可笑しそうに笑う。

「また見たいテレビ?」

「ん、まぁな」

 越仲はまだくすくす小笑いしながら、部室の扉を開けた。

 見慣れた部室――

「9月10日だよ、優真」

 ああ、やっぱりなぁ……。

 俺は今更ながらのトンデモ状況を、あえて今更、改めて今更に確認したせいで……なんだかどっと疲れが来たんだろうと思う。


「……帰宅部(コミ研)へようこそ」


 ゲーム画面に向かったまま、しばもーがぼそっと言ったのが事実上のとどめ。

「……優真?」

 俺は……思わず膝から落ちてしまった。


     ※    ※    ※


 越仲――


『代わり映えしない毎日』、じゃあないんだよ――


 正確に言ったなら、俺たちは――


『全く変わらない毎日』、に居るんだ――



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