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87話 〝英雄〟対〝英雄〟(1)

 小休止を挟み、最終決戦の幕が切って落とされた。


 こちらの作戦に大きな変更はない。

 正門前でファリン率いる主力が敵を釘付けにし、隙を見て俺が率いる小規模な別働隊が街に突入するという予定だ。

 捕虜となっていた獣人隊が加わったため、むしろ戦力としては増強されているだろう。


 ただし――自警団側の最大戦力、ミルシュカの動向はまったく読めない。

 緒戦においてごく常識的な動きを想定してしまった結果、こちらはマイヤを失い別働隊を潰される羽目になったのである。


 独立して自由に動いていることが確認できた以上、もはや理屈に基づいて彼女の行動予測を立てる意味はないと思われた、のだが――


「……なるほど、つまり金が最優先だったわけか」


 カツィカの街外れ、俺は髪を掻き回しながら言った。

 十歩ほどの距離をあけて立つミルシュカは、こくんとうなずいた。


「先ほど上と交渉成立。あなたを倒すと、さらに報酬追加」


 考えてみると、俺という存在にはそれなりの知名度と価値があるのだ。

 ミルシュカは都度都度に契約を結ぶ傭兵。

 単に自警団の援護にとどまらず、竜殺しの英雄〝千竜殺〟を殺すというのであれば、それは特別契約の大仕事になるのだろう。


 要するに俺はこいつにとって、莫大な賞金のかかった獲物なのである。

 逃げないようマイヤというエサをちらつかせ、食いついたところを狩る。

 古典的だが有効なやり方だ。


「きっと自分であの娘を取り返しにくる、と思った」


 少し得意げにミルシュカはその薄い胸を反らした。


「……思われてるのがわかってても、やらざるをえねえんだよ、ちくしょう」


 俺は舌打ちした。

 結局の所、こいつを引きつけたかったなら、最初から名乗って一騎打ちでも申し込むのが正解だったってことだ。ああくそ、馬鹿馬鹿しい。


「だいたい、どれだけ稼いだとしても墓の中までは持って行けねえだろ。金ってそこまで大切なもんかねえ」

「わたしにとっては。何せ、家にはお腹を空かせた弟や妹が……」

「待ってるのか」

「うん。多分二〇人から三〇人……くらい?」


 かくんと首をかしげるミルシュカ。

 適当だな。ってか、ご両親がんばりすぎだろ、それ。


「わかったら、命を置いていって」

「理由になってねえよ」


 ちなみに周囲ではすでに戦闘が始まっており、俺もミルシュカも繰り注ぐ矢の雨を打ち払いながら無駄口を叩いている。

 自警団が人数を割き、別働隊の方を押さえ込みに来たのだ。


 とはいえ、これはこちらにとっても悪くない展開。

 その分正門側が手薄になるから、ファリンたちが正面突破に成功する目も出てくる。

 どうあれ、俺の果たすべき役目はこいつの相手だ。


「……で、マイヤとゲルトは無事なのか?」

「それは、あなたの目で確かめるべき。がんばって」

「お互い、話し合いの余地はねえわけだな〝炎獄の王〟」

「うん、ないのよ〝千竜殺〟。だから――全力で抗って」


 その瞬間、俺は地面を蹴った。

 ミルシュカの腕がゆらりと持ち上がる。


「《焼けた礫は、彼の者の胸を射貫く》」


 不思議な響きの言葉だな、などと感想を抱く暇もなく、突然空中に現れた火炎弾が俺に襲い掛かってきた。


「《燃える雨は、一円に降り注ぐ。激しくそして激しく》」

「――っとぉ!」


 かわしたところに、炎の驟雨。

 一粒一粒は先ほどより小さいが、範囲が広い。

 たまらず俺は距離を取った。

 しかし、攻撃圏外に逃れたかと思ったそのとき。


「《灼熱の舌は、彼の者の身体を絡め取る》」


 大きな炎が俺の周囲に出現。包み焼きにしようと迫る。

 舌打ちして抜刀。

 横薙ぎにぐるりと円を描いて斬り払うと、炎は散り消えた。

 (つむじ)という、勁を放射状に発散させる型だ。


「……炎が斬れるんだ」


 ミルシュカの声には感嘆の響きがあった。


「ただの見世物芸だよ。お気に召したならご祝儀でも弾んでくれ」


 軽口を叩く。

 しかし、内心の方にはさほど余裕がない。

 軽い小手調べのつもりだったのだが、勁力を消費する羽目になってしまった。


 魔術の射程は不明。

 ただ、今のが限界ということはないだろう。

 それなりに連射も利く模様。

 直接刀の届く間合いに捉えるためには、少なくとも二、三度、あの火炎をかいくぐらなければならない。


 一方で武術のように虚実織り交ぜたり、予備動作を消して攻撃を読まれないようにするという発想はないようだ。

 体術に秀でたものは感じられず、身体能力もおそらく人間族とそこまで差はない。


 つまり遠距離戦ならミルシュカが、接近戦なら俺が圧倒できるということである。


(問題は、こっちの手札が少ないってことなんだよな)


 俺の身体は壊れかけている。勁の使用回数には限度があるのだ。

 四肢に勁を込めて運動能力を強化する飛身、あるいは先ほどの旋のように、瞬間的な使用であれば片手の指ほど。

 遠距離の敵を真っ二つにする白雷閃のような大技なら、おそらくはただ一度。

 それが一日あたりの限界となる。


「……視界の開けた場所じゃ、ちょっと厳しいか」


 俺は呟くとさらに後退し、森の中へと戦場を移すことにした。

 褒賞金を逃したくないミルシュカは追ってくるだろうから、場所に関しては俺に選択権がある。


 ひとまず茂みの奥、大木の陰に身を潜め、呼吸を鎮めた。

 こちらは動かず待ち伏せできるが、相手は動き回って俺を探さなければ仕留めることはできない。

 気配を捕捉できればこっちのものだ。


 しかし――次の瞬間、俺は全力で横に跳んでいた。

 さっきまで俺が隠れていた場所に火球が着弾し、轟音を響かせる。


「かくれんぼ、上手。……でも、無駄。わたしには通じない」


 声だけが聞こえ、そして続けざまに火炎弾が降ってきた。

 呪詛を吐き捨てながら、地面を転がる。


 気配を漏らすようなヘマはしていないはずだ。

 しかし、ならばミルシュカはどうやってこちらを発見したのだ?

 これも魔術なのか?


 思考しつつ、脚力を勁で強化、全速力でその場を離れる。

 どんな能力であるにせよ、有効距離はあるはずだ。

 まずはその範囲から逃れなければ。


 駆けて駆けて、追撃が途絶えてもまだ駆けて、ようやく俺は足を緩めた。


「……相手の手の内がわからねえってのは、どうにも座りが悪いもんだな」


 まるで目隠しながら殴り合っているような気分だ。

 相手もそう感じていてくれればまだ救いがあるが……現状、俺の方が不利な立場にあるのは否めない。


「さて、あの女、どうやって標的を判別しているのか……」


 そういえば牢を偵察したとき、視線が通っていない場所にいたはずのファリンも同じように攻撃を受けていた。

 俺の狙われ方も併せて考えると、おそらく『気配を感じた』という程度の漠然とした感覚ではない。

 ミルシュカは明らかに何かを感知している。


 しかし火炎弾の狙いがやや甘いことを考えると、視覚に匹敵するほど明瞭なものでもなさそうだ。

 どれかが致命傷になるのを期待しつつ複数まとめて撃ち込んでいる、という印象。


 ミルシュカの細身は勁の攻撃に耐えられないだろう。

 一撃入れれば俺の勝ち。

 だが『当たれば勝てる』では足りないのだ。

 おそらく今回については、『外せば負ける』と同義である。


 大技を繰り出せるのは、一度だけ。

 確実に当てなければならない。


「あいつは何を見ている? 音か、においか、あるいは風の動きか――」


 そこがある程度わかれば、突破口が開けそうなのだが。


 と、そのとき、街の方から慌しい気配がこちらに近づいてくるのを感じた。

 ミルシュカか? と身構えかけたが、どうやら違うようだった。

 気配は複数。かなりの人数である。


 やがてその姿が木々の隙間からちらちらと見え始め――俺は目を剥いた。

 マイヤとゲルトが、敵兵に追われながら必死に駆けていた。

土日も更新します。多分。

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