表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/92

84話 決戦(2)

 勇ましい雄叫びや悲鳴が、こちらの方まで聞こえてきました。

 正門の方では戦闘が始まっているようですね。


 マイヤたちは今、カツィカの街東側の小さな森の中で待機しています。

 こちらの隊の役目は、ファリンさんの部下である獣人隊とゲルト様を救出すること。


 リーン様たちが自警団と『竜殺しの英雄』を引きつけている間に街の中へと入り込む手はずになっています。

 目的地と侵入経路はリーン様に教わり、頭の中に入れました。

 おそらくもう少しすれば、行動開始のご命令がくると思いますが――


「マイヤ殿」

「は、はい」


 いきなり声を掛けられ、マイヤは飛び上がりそうになるのをこらえて振り向きました。

 兵士さんの一人がかしこまった顔で立っています。


「報告します。一五名全員、変装を終えました。いつでも行動開始できます」


 リーン様たちが捕虜にした自警団員の装備はこちらに運ばれ、潜入役の兵士さんが身に着けることになっています。

 街に入った後、目立たずに移動するためです。


「わ、わかりました。そのまましばらく待っていてください、です」


 マイヤは上ずった声で言うと、兵士さんは敬礼して下がりました。

 どうにも慣れませんですね……


 別働隊の指揮官(?)は、なぜかマイヤが務めています。

 特にゲルト様は詳しい居場所まで判明しているわけではないので、マイヤの嗅覚を利用して探さなければなりません。

 敵地の真ん中でのんびりはできませんから、マイヤの指示を最優先に動いてもらう必要があり、そのための措置、だそうです。


 マイヤ、見ての通り子供ですし、獣人ですし、やっぱり最初は兵士さんたちも不満や不安を抱いていたようです。

 しかしリーン様の発案により、一度皆さんの見ている前でお稽古(毎朝やるような軽い組手です)をしてみたところ、なぜだか全員が顔色をなくして、以降否定的な声は聞かれなくなりました。


 それだけでなく敬語で指示を仰がれるようになったりして、非常に居心地悪い思いをしているのです。

 いえ、そんなことを気にしている場合ではないのはわかっているのですけど。


 しばらくすると、リーン様の隊から兵士さんが遣わされてきました。


「伝令です。正門にローブ姿が確認されました。潜入を開始せよと、リーン殿から」

「わかりました、です」


 そしてマイヤは付け加えました。


「どうか、皆さんもご無事で、とお伝えください」


 は、と短い返事を残し、伝令さんは戻っていきました。


「――で、では、出発しましょう」


 緊張しながら、マイヤは兵士さんたちに宣言しました。


 街の中は激しく混乱していました。

 自警団の人たちが慌ただしく行き来し、ときおり、一般人は外に出てくるな、家にこもっていろなどという怒鳴り声が聞こえます。


 自警団は基本的に五人一組で動いているとのこと。

 なので、変装したこちらの兵士さんは五人ずつ三組に分かれ、それぞれ別行動をしていると見せかけつつ詰所にある牢屋を目指します。


 ちなみにマイヤは袋に入って、兵士さんの背中に担がれていました。

 メイド姿の子供がうろうろしてたら目立つですからね。


 幸いほとんど見咎められることもなく、全員牢屋前に集まることができました。


「お、何だお前ら? 捕虜についてなにか命令でも――ひぃ!?」


 見張りの自警団員さんが袋叩きにあって拘束されたところで、マイヤは袋から出してもらいます。


「マイヤ殿、見張りは鍵を持っていませんでしたが――」

「あ、だいじょうぶなのです」


 今回は時間が貴重ですから、鍵を探すより手っ取り早い方法でいきましょう。

 マイヤはリーン様からお借りした短剣を抜き、勁をまとった刃で牢屋入口の扉をバターのように二つに切り分けました。


「中の人たちを解放してきますから、見張りをお願いしますですね」


 なぜかぽかんと口を開けて固まってしまった兵士さんに言い、奥へと足を進めます。


「おお、なんかちびっこいメイドが来たぞおい」

「こいつが今日の夕飯とか言わねえだろうな?」

「なあ、外が賑やかだが、何かあったのか?」


 入ったとたん、わっと大声の波が押し寄せてきました。

 閉じ込められているのは、間違いなく獣人兵の皆さんですね。

 三〇人と少しというところでしょうか? 牢屋の造りが想定している以上の人数を押し込んでいるようで、窮屈そうです。


「え、えっと、あの……」


 何から説明しようかと迷いながらマイヤが口を開きかけたとき。


「お前、折れ耳じゃねえか」

「あ、本当だよ兄貴、折れ耳だ。なんでお前がここに居るんだよ」


 マイヤの昔のあだ名を呼ぶ声がしました。

 虎族の男の人――ファリンさんのお兄さん、ルアンさんとクオンさんです。

 知っている顔を見つけたことで、少し気持ちが落ち着きました。


「そ、その、ファリンさんの代理で……皆さんを助けにきたのですけど」


 ああ? 隊長の? 生きてたのかあの小娘。しぶてえな。なかなかやるじゃん。

 などと、またザワザワガヤガヤ騒がしくなります。


「皆さんにファリンさんからの命令をお伝えします。牢から解放されから、人質の奪還に協力しなさい、とのことです」


 そしてマイヤは、ゲルト様がさらわれて街の奥のお屋敷に囚われていること、敵を引き付け時間を稼ぐために別の部隊が正門前で戦っていることを説明しました。


「何? また暴れられるのか?」

「やるやる。あの自称自警団連中をぶっ殺せるならなんでもやる」

「よーし、雪辱戦だぜ、てめえら!」


 興奮した会話が飛び交います。

 マイヤはそれに負けないよう、さらに声を張り上げました。


「で、では、今から鍵を切りますですね! 牢の出口に味方の兵士さんがいるので、武器を受け取って指示に従って下さーい!」


 そして、扉に取り付けられた鉄の錠前をすぱんすぱんと切り落としていきます。


「お前さ……なんか、ちょっと人間離れしてきてるよな」


 喜び勇んで出口に殺到する兵士さんたちのなか、ルアンさんがマイヤのそばに来てそんなことを言いました。


「? コツをつかめば、別に難しくないのですよ?」

「いやまあ、良いけどよ……」


 ルアンさんは一つため息をつきました。

 全員が解放されたのを確認してマイヤも牢屋から出ると、すでに大乱戦が始まっていました。

 人間族の自警団では獣人兵を止めきれず、こちらが優勢のようです。


「んで、お前がここに居るってことは、あのいけ好かねえ男も来てんのか?」

「今はファリンさんと一緒に正門前で戦っておられます。あとリーン様はいけ好かなくないです。素敵な方です」


 マイヤは少しむっとしてお答えしました。


「わかったわかった。来てんだな」


 あしらう感じでひらひらと手を振り、ルアンさんは声音を改めて続けます。


「ファリンから聞いてるだろうが、相手に一人とんでもなくやべぇのがいる。お前のご主人、あいつは、その……竜殺しの英雄なんだろ? あの人の力がないと、ちょっと勝てねえぞ?」

「はい、それについては大丈夫です。正門の方でリーン様が引きつけておくと連絡がありましたから。こちらの隊が心配する必要は何も――」


 と、そこで言葉を飲み込みました。

 突然上から人影が降ってきて、マイヤの前に着地したのです。

 その場にいる全員が、戦うことも忘れあっけにとられたように動きを止めました。


「…………」


 ローブ姿で、フードを深く被っています。

 背はそれほど高くありません。

 フードの奥から、左右色違いの目がじっとマイヤを見つめていました。


「……違う」


 やがて、ぼそりと声がしました。


「あの人じゃない」


 言葉が耳に届くと同時に、マイヤの頭の中に警報が鳴り響きます。

 背筋がぞくりとして冷や汗が吹き出します。


 ファリンさんのお話にあった『怪物』。

 いまルアンさんが言った『やべぇの』。


 リーン様がお相手していたはずなのでは? どうしてここに?

 ――などと疑問を覚える前に、本能が理解していました。

 これは、絶対に絶対に、戦ってはダメな種類の人なのです。


「ルアンさん」


 正面から目を逸らさず、マイヤは隣に声を掛けました。


「あ、ああ?」

「皆さんを連れて逃げてください。正門の外にファリンさんがいるはずですから」

「わ、わかった……って、お、お前はどうするんだよ?」

「時間を稼ぐです。――早く、逃げて!」


 その瞬間、ローブ姿を中心に炎が渦を巻き、一気に吹き上がりました。


新年は1/2の夜から一気に更新していく予定です。

それでは皆様、よいお年を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ