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83話 決戦(1)

 作戦としては単純なものだ。

 自警団の戦力は、あのローブ姿――竜殺しの英雄(仮)に大きく頼っている。

 なので引き付けて足止めし、その間に別働隊が牢の獣人兵を解放、戦力に加えつつ、ゲルトを助け出す。

 そして成功したら即座に引きあげる。

 これが基本線。


 敵の打倒が目的ではないこと、不確定要素を抱える俺はあくまで囮役に徹するというのがポイントである。

 とはいえ、課題は幾つか存在する。

 もっとも重要なのは、俺たちに同行している護衛隊をどうやって動かすかだ。


 自警団を抑え込むには絶対的に人数が足りないので、是が非でも彼らには協力してもらわなければならない。

 しかし現在護衛隊に与えられている命令は『援軍が到着するまで待つ』こと。


 人質の奪還を手伝えと命ずる権利は俺にもイレーネにもないし、おまけに指揮権を持つ隊長と副隊長はすでに死んでいる。

 『実は副隊長は裏切り者であり、隊長を殺してファリンに殺された』などと正直に説明したところで、兵たちを納得させるのは難しいだろう。

 物的証拠は残っていないのだ。


 援軍が来れば主導権はそちらの指揮官に移り、俺たちが小細工をする余地はなくなってしまう。

 どうしてもそれまでにことを終わらせる必要があった。


 そこでまず兵たちを集め、ディトマールとロイの死を明かして埋葬させるところから始めた。

 特にディトマールには意外な人望があったらしく、兵士たちの嘆きは相当なものだった。

 弔いの儀式が一段落したところで、俺は護衛兵たちの前に進み出た。

 ディトマールと(不本意ながら)ロイに対する追悼の言葉を述べた後、本題に入る。


「実は先日、ゲルトに続き妻のイレーネを拉致しようと、カツィカの自警団が襲撃を仕掛けてきた。居合わせたディトマール、ロイ両名の活躍により阻止されたが、残念ながら二人は傷を負い、命を落とすことになった」

「お二人には心より感謝し、また、お悔やみを申し上げます」


 隣に立ったイレーネが言葉を添えた。


「自己紹介が遅れたな。俺はリーン。客分として今回の旅に同行しているが、実は第三皇子レオポルト殿下の密命を受け、カツィカ問題への対処を担当する立場にある者だ」


 もちろん大嘘である。


「殿下はあらかじめこのような事態を懸念し、俺をこの商隊に送り込んだというわけだ。これがその命令書である」


 俺は一通の書状を高く掲げた。

 間違いなくレオの直筆で、捺された紋章も本物。

 ただし、中身はカツィカに市の開設を認めるという、ただの許可証だ。

 字が読める者はそう多くないし、どうせこの距離では文章まで確認できはしないと踏んでのハッタリである。


「以上のことはディトマールとロイも承知していた。ゲルトが行方不明になった際、俺が両名とともに捜査にあたっていたことを覚えている者もいるだろう。このような状況になった以上、諸君らの指揮権は俺が引き継ぐことになる。異論のあるものはいるか?」


 少々ざわついたものの、声は上がらなかった。内心で胸をなでおろす。

 レオには借りを作ることになるし、後で何を要求されるかわかったものではないが……まあ、今は考えないでおこう。


 その後、ダメ押しとしてイレーネが兵士一人一人に謝礼金を出すことを約束したので、話はすぐにまとまった。

 天幕へ戻り、ファリン、マイヤを加えて打ち合わせをする。


「残る問題は、敵のローブ女への対処だ。まず第一に、どうやって誘い出して引きつけるか。第二に、どうやって全滅させられずに持ちこたえるか」

「そ、そんなに強い方なのです?」


 マイヤが気後れしたように言った。


「仮にも竜殺しを名乗るんだから、弱いわけはねえだろ」


 ただ、俺としては『強い』というよりは『厄介だ』という印象だ。

 魔術師ってのは手の内が読めないので、作戦が立てづらい。

 魔術の使い手自体もともと多くないのだが、竜を殺すほどの攻撃魔術を使いこなす相手となると、これはもう極上の宝石よりも希少な存在である。


「基本的には俺が相手するけど、もう一枚手札が欲しいな。――ファリン」

「はい」

「お前、アレと戦えるか? というか、立ち向かう勇気は残ってるか?」

「…………」


 深く記憶に刻まれた恐怖は、ときとして平常心を失わせ、判断や行動を縛る。

 ファリンは貴重な戦力ではあるが、不安要素が消せないのなら配置と役割は慎重に考えないといけないだろう。


「あ、あの、ファリンさんがむつかしいなら、代わりにマイヤが――」

「それはダメ」


 ファリンは強い声で遮った。


「マイヤにあんなのの相手は任せられない。私がやります」

「なら、あてにしておく。――そんな顔すんなよ、マイヤ。お前にも別の重要な役目があるんだからな」


 さほど時間に余裕はない。準備が整い次第、作戦を開始しよう。


     ◆◇◆◇◆


「――これは理不尽に殺害された、我が同胞たちの復讐戦である!」


 朗々としたファリンの声が、平原に響き渡った。


「失われた魂一つにつき、百の命をもって償わせることを、ここに宣言しよう! 辺境警備軍獣人隊はカツィカ自警団による暴虐を許さぬ! 永久に忘れぬ! そのことを恐怖とともに、刻み込めッ!」


 口上を終えたファリンはこちらの陣に戻り、先ほどとはうってかわって不安そうな口調で尋ねた。


「……こんな感じでよかったのでしょうか」

「上出来だ。ちゃんと復讐に狂った凶暴な女戦士に見えたぞ」


 褒めたつもりだったが、なぜか虎族の少女は複雑な表情を浮かべた。

 カツィカの街の正門前。

 門を挟んで自警団と俺の率いる護衛隊が向き合っている。


 俺たちの役割は、可能な限り多くの兵を釘付けにして時間を稼ぐこと、そして敵方の『竜殺しの英雄』を確実に戦場へ引っ張り出すこと。

 そのために『こちらは苛烈な殺し合いを望んでおり、交渉の余地はまったくない』と表明してみせたのである。


 戦闘が避けられず自分たちの命が危険にさらされるとなれば、自警団は持てる全力を投入して応じてくれるはずだ。


「どんどん増援されていますね」


 街の方を見やってファリンは言った。


「良い感じだな。こっちの本気を疑われないよう、まずは一戦仕掛けてみるか」


 ――突撃を敢行するが、目的は邪魔な弓兵を退がらせて白兵戦に持ち込むことである。達成した後は無理に殺し合う必要はない。

 ――怪我をしたり、まずいと思えば退いて良い。


 俺は兵たちにそう指示を出した。

 その後は俺とファリンが担当する。


 急ごしらえの柵や土塁はあるが、もともとは砦などではなく無防備な田舎街だ。

 防衛機能はさほどでもない。


「やああああああぁッ!」


 気合いとともに、槍斧で木柵を吹っ飛ばすファリン。

 俺はその後に続いて突入、適当に刀の峰で叩いて敵兵を気絶させ、捕らえて後方に連れて行った。


「身ぐるみ剥いで、手はず通りに」


 指示して、また前線に戻る。

 それを何度か繰り返していると、やがて敵が前に出てこなくなった。

 後退して、門の内側に閉じこもるつもりのようだ。

 俺たちもそれに合わせて退き、一息いれることにした。


「容易に追い返せないことを悟ったのでしょうね」


 ファリンが言った。

 重い槍斧を振り回して多くの障害物を破壊し、多くの兵を叩きのめしたというのに、ほとんど呼吸も乱れていない。


「そろそろ慌ててくれると嬉しいんだがな」


 奴らにしてみれば、本格的に事態が動くのは皇都からの援軍が到着してからだという目算だったはず。

 この段階での消耗は避けたいところだろう。

 となれば、最大戦力を投入して一気に叩き潰しにくる確率は高いと思うのだが……


「確認しました! ローブ姿が間もなく前線に出てこようとしています!」


 斥候からの報告が入ってきた。きたか。


「よし。前座は終わりだ。予定通り別働隊に伝令を出せ。以降の目的は、できるだけ戦闘を長引かせること。皆、死ぬなよ」


 そしてファリンにだけ聞こえるよう、声を落として言った。


「状況に応じて指示を出すが、もし俺が殺されたら総員撤退だ。余計なことを考えず、全力で逃げろ」

「死ぬ気、なのですか?」

「まさか」


 俺は意識して笑みを作った。


「ただ、死ぬ気がねえなら確実に生き延びられるってもんでもない。万が一は常に起こりうる。そうなったとき、的確に判断しろってこった」


 ファリンは素直にこくんとうなずいた。


「ご武運を」

「お互いにな」


 さて、と俺は刀に手を掛け顔を上げる。

 ここからは少々きつい仕事になりそうだ。


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