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80話 内通者(1)

「――というわけで、街を襲った赤竜はリーン様によって見事に退治されたのです」


 マイヤの話が終わると、イレーネ様とエッダさんはそろって拍手をしました。


「誰かに倒されたらしいとしか伝わってこなかったけど、そんな事があったのね」

「ほんとにすごいひとなんだねー! リーンさん」


 はい、リーン様はすごいのです!

 とはいえ、そのお体のことを思うと、マイヤとしては手放しで感心するわけにもいかないのですけど。

 今回も獣人隊を壊滅させるような相手がいますし……心配なのです。


 現在リーン様とファリンさんは、カツィカの偵察中。

 マイヤはある役目をおおせつかって、ここに残っています。


「イレーネから離れず、その身を護れ」


 出かける前に、リーン様はそうおっしゃいました。


「この商隊に内通者がいるのは確実だ。そして俺の想像が当たってれば、次はイレーネが狙われ、さらわれる可能性は高い。今すぐとは限らねえがな」

「で、でも、それならリーン様がついていた方がよろしいのでは?」

「敵情も自分の目で確認する必要がある。早めに戻るつもりだが、万一その間に行動を起こされるとまずい。ファリンが一緒に来るとなると、あと信用できるのがお前しか残ってねえんだよ」

「――――!」


 マイヤ、信用されました! これはご期待にお応えしなければいけません!

 というわけで、イレーネ様の護衛を務めているのでした。

 もっとも、お側にいてお手伝いしたりお話し相手になったりと、特に変わったことをするわけではないのですけどね。

 まあ、何も起こらなければ、それが一番良いのです。


 と、そのとき、天幕の外から声がしました。


「すみません、護衛隊のロイです。イレーネさん、少しよろしいですか?」


 どうぞ、とイレーネ様が言うと、ひょいとおなじみの気弱そうな顔がのぞきます。


「ちょっと御報告が――って、あれ、マイヤさん、こっちに居たのか。リーンさん、姿が見えないけど、どこに行ったか知らない?」


 マイヤは背中に冷や汗が流れるのを感じました。

 ロイさんはともかく、もし護衛隊隊長のディトマールさんが偵察のことを知ったら、きっとものすごく怒るでしょう。


「マ、マイヤは、ここにいろと命令されただけですので……」


 ぎりぎり嘘にはならないよう、ごまかします。

 不器用なマイヤが嘘なんてついたら、多分一瞬でばれるでしょうから。


「うーん、そうか。あのさ……君とリーンさん、敵の内通者とかじゃないよね?」

「は、い?」


 一呼吸置いて質問の意味を理解し、マイヤは全力で目を見張りました。


「と、と、とんでもないのです! 絶対にちがいますですよ!」

「そうか、まあそうだよな。リーンさんにしても、小さい女の子連れてそんな真似するわけもないだろうし……」


 少し硬い微笑を浮かべるロイさん。


「い、いや、妙なこと訊いてごめんね? ただ君たちはこの商隊のなかで一番身分が不確かだし、それにほら、村でリーンさんと隊長が内通者の存在について口喧嘩してただろう? あれも今思うと、お互い疑われないようにするための小芝居だったんじゃないかとか思っちゃって、もう頭の中がぐちゃぐちゃで――」


 そこで口を閉じ、首をぶんぶんと振りました。


「違うそうじゃない、まずイレーネさんに報告しないといけませんでした」

「何かありましたか?」

「その、ですね、実は……」


 一度口ごもり、そして覚悟を決めたようにロイさんはその言葉を口にします。


「護衛隊隊長ディトマールが、内通者であることが明らかになりました」


 マイヤたちはそろって、声を失いました。


「――いえ、判明したのは、ほんとに偶然も偶然、意図しない幸運だか不運だかに見舞われた結果だったんですけどね」


 そのとき、ロイさんは見張り番に割り当てられていました。

 しかし、ただ立って周辺を見回しているだけというのは、実に退屈な仕事です。

 次第に彼の意識は眠気に襲われるようになりました。


「ほら、いざ敵が攻めてきたとき眠くて全力を発揮できないと困りますし、見張り番も他に何人もいますい、一人くらい抜けたところで影響はないかと思いまして」


 ロイさんは少しばかり持ち場を離れ、英気を養うことにしました。

 つまりまあ、お昼寝ですね。


 お仕事をさぼっている以上、天幕で休むわけにはいかないですから、ロイさんは人目につかない場所をもとめ、森の方へと足を進めました。


 そこで、目撃したのだそうです。

 ディトマールさんと見知らぬ兵士が密談を交わしているのを。


 切れ切れに聞こえてくる会話に耳を澄ませたところ、情報交換をしている模様。

 やがて必要なことを話し終えたらしく、二人はうなずき交わして別れます。


「相手はカツィカの方へ向かってたから、アレが例の自警団だったのかな? とにかくこれは大変だと思って、僕は急いで野営地に戻ろうと思ったんですけど、うっかり物音を立てて、隊長に発見されてしまいまして」


 助けを呼ぶには野営地から離れており、またディトマールさんが逃がしてくれるわけもなく――斬り合いとなりました。


「戦うのは苦手だけど僕も必死だったから、剣振り回して手傷を負わせて、その隙にどうにか走って逃げてきました。いや、恐ろしかった」


 ロイさんは身震いし、話を締めくくりました。

 ……確かに彼から血とディトマールさんのにおいがしますですね。


「その後、ディトマールは?」


 イレーネ様が尋ねます。


「さすがに野営地まで追いかけるとまずいと思ったのか、途中で方向転換してどこかへ消えました。多分、カツィカへ行って自警団と合流したんじゃないかと」


 そしてロイさんは姿勢を正しました。


「で、えっと……こうなった以上、護衛隊は僕が指揮を執ることになります。まずその点、ご了承ください」

「わかりました。他の兵士たちにはもう事情を伝えたのですか?」

「これから集合をかけて説明します。あと、敵が動いてくるかもですし、さらなる内通者がいる可能性も否定できないので、今からイレーネさんの警護態勢も変えようと思っています。この目立つ天幕を離れて護衛隊の近くに場所を移していただこうかと」

「いいでしょう」


 そして、イレーネ様はエッダさんとマイヤの方に視線を向けます。


「この子たちも一緒で良いわよね?」

「ええ、もちろん。では、移動しましょう」


 それにしても、ディトマールさんが裏切っていたなんて、まだ信じられません。

 いつも機嫌悪そうだし、すぐ怒鳴るし、怖い人でしたけど……お仕事に対しては真面目な方に見えたのです。

 もちろん、マイヤなんかよりお付き合いの長いロイさんの方が、衝撃を受けておられるのでしょうけど――


 と、そこでマイヤは小さく眉をひそめました。

 ロイさんが、ディトマールさんを、斬った。

 においからも、ご本人の証言からも、その点は間違いないのです。

 でも、それは本当にディトマールさんが内通者であった証拠になるでしょうか?


 例えば、逆――ロイさんがディトマールさんに裏切りを見られ、斬り捨てたのだとしても、この状況は成立してしまうのでは……?


「…………」


 マイヤの足が止まりました。

 リーン様のお言いつけがなかったら、おそらく疑いもしなかったでしょう。

 でも、疑問を持ってしまった以上、なかったことにはできません。


 急いで頭を回転させます。

 旅立ちから今この瞬間まで、ロイさんに何か不審な行動はあったでしょうか?

 顔を合わせる機会もそんなになかったですし、大抵はディトマールさんの陰に隠れていて、あまり目立った印象もありません。

 村の調査に行ったときが、多分、一番長く一緒にいたと思うですけど……


「マイヤ? 行くよー?」


 天幕を出るところで振り返り、エッダさんは怪訝そうな声を上げます。


「あ、すみません、ちょっと考えごとをしていたので……」

「考えごとって?」


 イレーネ様を天幕の外に先導しながら、ロイさんが言いました。


「あ、い、いえ、その……護っていただくだけではなく、マイヤでも何かお役に立てることがないかなと思ったのです」


 どうにか時間を稼ごうと、マイヤは思いついた言葉を並べます。


「えっと、そう、もしかしたら、においでディトマールさんの逃げた先を突き止められるかもしれないですね。昨日、無人の村でゲルト様のにおいを探ったときのように――」


 そこで、マイヤは口を閉じました。

 一つだけ、おかしな部分があることに気付いたのです。


「……そう、ゲルト様のにおいはわかったのですよね。村の中で一番新しくて、はっきり残っていたですし」


 呟きながら、マイヤはあのときに聞いた事件のあらましを思い出していました。


「交代の部隊が遅れていることを連絡しに村へ向かい、ゲルト様含め人っ子一人居ない状態になっているのを発見したのは、ロイさんでした。――ですよね?」

「ん? そうだけど?」


 それがどうしたんだろう、という顔。


「では……どうして、村にロイさんのにおいがなかったのです?」


 村に入ってすぐ、マイヤたちは二手に分かれました。

 ディトマールさんとロイさんは村の外周へ、リーン様とマイヤは村の中へ。


 ロイさんの話が本当なら、これより前に彼は一度村へ立ち入っているはず。つまりゲルト様より新しいものとして、ロイさんのにおいが残っていないとおかしいのです。


「それは、村の入口で異常に気付いて、早く報告しなきゃと引き返したから……」

「村の入口から『村に人っ子一人いない』ことがわかったのですか? 奥の方やお家の中を確認もせずに?」

「…………」

「つまり、あの……」


 マイヤは、思い切って結論を口にしました。


「ロイさんは最初から村がどういう状態か知っていたので、村の中まで見に行かなかったのではないのですか?」


 言い終えるのと、ロイさんが動くのは同時でした。

 袖口から引き抜かれ投じられた短刀が、稲妻のようにマイヤの胸へ飛んできます。


「――――!」


 マイヤは手を伸ばし、ギリギリのところで短刀の柄をつかむのに成功。

 しかしその隙にロイさんはイレーネ様を引き寄せ、その喉元に新たな短刀を突きつけていました。


「抵抗しないで一緒に来てくださいね、奥方。声を出すのも禁止。変な真似したら、喉を掻き切らないといけなくなりますんで。お嬢ちゃんたちも、そこを動くなよ」


 ロイさんは冷たい声で言いました。

 少し気弱そうな、でも親しみやすかった笑顔は、もうそこにはありませんでした。


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